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19話:クズ冒険者パーティの末路

 遡ること2時間前。

 転送陣はベルホフ低級迷宮の浅い階層の何処かと続いていた。

 使用後の転送陣は輝きを失い、地底の月へと戻ることは出来ない一方通行の仕様になっているようだ。

 

 もはや敵ではないビートワームを退けながら、1年ぶりの地上へと帰還する。

 眩しすぎる陽光に目をつぶる。

 思えば地底生活が長かった。

 自分の肌が白くなっていたことにようやく気づくくらいには。

 

「ここが地上……! 地平線の先まで広がる大地に草が生え、風が吹き、水が流れる。太陽の下、生物が繁栄するあなた様の世界、ですか」

 

 明るすぎる世界に目がなれると、金色に色づいた踊る草原と、それを横切るようにキラキラと星を流す小川があった。

 遠くに見えるすすき野が揺れると、心地よい風が肌を撫でる。

 大地が俺たちを歓迎するかのようだった。

 

「俺はこの世界のホストじゃないが、たしかに今のレーネはゲストだな。その新鮮な反応、見れて嬉しいぜ」

「お恥ずかしい限りですが、この世界ちじょうでは、私は幼子のようなものです。このクオリアは知らないものばかり。特にこの暖かな陽射しは良いものです」


「そういや、レーネは吸血種をもとにした機械人形なのに、陽の光とか大丈夫なのか?」

「私は血をエネルギーとしますが、あくまで機械人形ですので。私を創造した吸血種も地上に戻ったときを考えて、日照時間でも行動できるよう私を設計されております」

 

 レーネはスゥと息を吸い込む。

 俺もつられて同じことをする。

 青臭い土の匂いがした。

 きっと昨日は雨が降ったのだろう。

 

 久々の(レーネには初めての)大地を堪能し一息ついたら、レーネが問う。

 

「これからどうなされますか?」

 

 その質問にはいくつもの意味があるのだろう。

 だがとりあえずは。

 

「俺にはやり残したことがある。魔法学校バーウィックを卒業したい」

 

 理屈じゃない。

 俺の長年続けてきたデバフ理論がやっと実現したんだ。

 それを否定してきた学校の連中に、俺の研究の正しさを認めさせた上で、卒業証書を渡さざる得なくさせる。

 それが俺の復讐だ。

 

「では学校に行くと?」

「その前に冒険者ギルドだ。色々と金が入用だ。復学にも生活費にも、それに」

「それに?」

 

「それにレーネの入学にも、な」

「そんな! 私のために無理をなさらなくてもいいのに」

「無理ではないさ。地底の月から土産を持ってきただろ。それをギルドで換金する」

 

 吸血種の作ったオーパーツの一つ・空間圧縮箱に収納された、山のようなレア鉱石と高レベル魔物素材、それに伝説の怪物ムーンワームの首、これだけの手土産が揃っていれば、たとえとっくに冒険者ライセンスが停止されていたとしても、実力を証明できる。

 

「それにな、俺はレーネと学びたいんだ。一緒の学校で一緒に学びながら、この世界の事を知ってほしい。そう思う気持ちも理屈じゃない」

「主様……」

「ただ、俺が地底の月に行ったこととか、レーネの正体とかは隠しておきたい。バレるとなにかと面倒だからな。学園生活どころじゃなくなる」

「なるほど、偽装カモフラージュですね。では私は主様の従者ということにしましょう」

 

「あれ、今までの関係と変わって無くない?」

「魔法学校には貴族のご子息が多く通われている都合、従者も一緒に通われるケースが多いという話、ならば従者として入学するのが自然でしょう」

「貴族でもない俺に従者なんて不自然だ」

 

「ふむ、ではこういうのはいかがでしょうか? 主様は迷宮攻略で巨万の富を手に入れ、かねてより対抗意識を燃やしていた貴族の子たちと対等に渡り合うべく、従者を雇うに至る。それが品行方正・清廉潔白・完全無欠の従者である私ことレーネでございます!」

「お、おう……。まあ、それでいいんじゃないか?」

 

 レーネはよくわからないところで情熱的というか、自信過剰にあるきらいがある。

 

 彼女の熱意は一体どこから来るんだ?

「まあ、そんなわけだから、ギルドには俺一人で行くよ。レーネは外で待っていてくれ」

 

 流石に一年前に迷宮で行方不明になった人間が、もう一人素性の知れない人物を連れていたら怪しまれる。

 換金するだけなんだ。

 なるべく、スムーズに物事を運びたい。

 

「私はずっと主様の隣についていたいのですが……。主様の仰せとあれば、従うまでです」


 ――そして今に至る。


「だってそうだろう? 効いているのかもわかんないし、そもそも無くてもいいだろ、そんな魔法――」

「撤回してください。主様が役立たずだという発言を、撤回してください」

 

「もういい、レーネ」

「ですが許せますか?」

 

 「許す」と言おうとしたら、「あなた様が許しても私が許せませんが」と先手を取られてしまった。

 

「私の知る主様は尊敬に値する人です。主様の魔法は幾度となく私を救いました。それを貶されては引き下がるわけには参りません」

「なんでそう感情的になるんだ! やめやめ、ステイ! 一旦落ち着いて引き下がろう、な?」

 

 レーネの乱入に狼狽していた3人組だったが、俺たちが内輪もめをしていると見て、次第に調子に乗り始める。


「そいついつもトロいしよぉ、荷運びも出来ねぇゴミだったぜ! そんなヤツになんであんたみたいなベッピンさんがくっついてるのかわかんねぇな」

「そもそもあんた何なんだ? 冒険者にしちゃ見ない顔だし、えらくキレーな顔してんじゃねぇか。コイツとどういう関係だ?」


 この流れはまずいな。

 レーネのことにはなるべく言及してほしくなかった。

 3人の男はレーネににじり寄り、レーネも顔をうつむかせて後ずさる。

 

「スタイルもいいしよぉ。どっかの娼婦だったりするのかぁ? これから俺たちとネンゴロしないか~?」

 

 下卑た本性を隠さない3人に、レーネは俯いたまま沈黙を貫く。その体は震えているように見える。他の冒険者たちも面白がってか、混乱してか、傍観を決め込んでいる。


「なあ、聞いてんのかよぉ!」

「だから……、主様を切り捨てたというのですか」

 

 レーネは震え声だ。

 

「あ?」

「先程の発言……、『主様が役立たず』と言っていましたね」

「なんだよ、怒ってんのかよ?」

 

 男共はケラケラと笑う。

 だがレーネも嘲りを込めたように口元にシワを寄せる。

 

「憤怒? いえ、これは憐憫です」

 

 なんでこう、煽るのだろうか。

 レーネには引くことも大事だって知ってほしい。

 

「あなた方のような主様の能力を理解出来ず、消費することしか考えない凡愚がよく言えたものだと。可笑しくて可笑しくて」

 

 レーネ、それ憐憫違う。

 軽蔑だ。

 

「ッスゾ、アマァ!」

 

 一触即発。

 3人の内一人がナイフを抜き、今にも襲いかかりそうだ。

 そんな状況でもレーネは笑いを必死に堪えるように体を震わす仕草だが、俺にはわかる。

 彼女には殺意がある。


 一見無防備なように見えて、手はずっと刀を抜けるところにある。

 さっきまでのも演技だ。

 怯えるふりをして警戒を解き、そして煽ることで攻撃を誘発させる。

 反撃を装い3人を一振りで確実に斬り伏せる――そんな間合いを計算していたのだ。

 

「不本意なんだがな……」

 

 そんなことをされては角が立つどころの話ではなくなる。俺は、布を巻いて隠していた魔杖を振るう。

 

 時同じくしてレーネに襲いかかる3人組、受付嬢の悲鳴がギルドにこだます。

 だが――。

 

「な、なんだ……? 体が……動かない!?」

 

 これから起こる惨劇に備えていた冒険者一同が、呆気にとられる。

 そして先程のようなどよめきがギルドを包む。

 今日は不思議なことが立て続けに起こる日だ。

 そんな中、俺とレーネだけは状況を正しく把握していた。

 

「お優しいんですね、主様」

「お前なぁ……レーネ、殺しちゃダメだってわかってるなら、やるなよ」


「すみません。主様を試すつもりはございませんでした。ただただ、かつて主様に仇なした者をこの手で罰したかったのです」

 「今後、俺たちの身の危険が迫ったとき以外に、必要以上の攻撃を禁ずる」

 

 一応、コレが俺の意志だ。


「出過ぎたマネをいたしました」

「さっきから何を言ってやがる!? まさかこれもテメェの仕業なのか!」

「あら、そこに気づけるとは、猿並みには知能があるみたいですね。評価を上方修正しなくては」

 

 だからなんでそう攻撃的なんだ。

 

「おい、俺さっき見たぞ! そこの魔法使いが杖を振るった途端にあいつらが止まったんだ!」

「一体何をしたんだ!?」

 

 ギャラリーが俺に注目する。

 ほらやっぱりこうなった。

 こうなった以上シラを通すことは難しい。

 大人しく白状するよりほかないだろう。

 

「何って『麻痺』を掛けただけだが」

 

 至ってぶっきらぼうに、今日が何曜日か答えるように、何でもなく答えたはずだった。

 

「『麻痺』だって!?」「そんな、たかが数秒程度ちょっと動けなくする程度の魔法だろ!? あんな、人間を無力化するような代物じゃなかったはずだ!」「それをしかも、無詠唱だぞ!」


「そ、そんなのって……」


 そしてみんな口を揃えて。

 

「「「あ、ありえねぇ!!!」」」


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