18話:冒険者ギルドへの生還報告
「これの換金を頼む」
「あ、あなたは……!?」
冒険者ギルドへ入るなり、受付嬢のカウンターの前に鉱石を一つ置き、開口一番にそう告げる。
「1年前……、ここでベルホフ低級迷宮のビートワームの討伐任務を受注した4人組のパーティがいただろ?」
「え? ええ……」
「その行方不明になった魔法使いだよ」
「はぁ、そうですか……?」
ボロボロのローブを纏った異質な来訪者に、ギルド内はにわかに不穏な空気をまとう。
そんな中、カード遊びを止めて俺をじっと見ていた一団が、「ハッ!」と思い出したように声を上げる。
「おいおい、やっぱりテメェ、あのときの魔法使いじゃねぇか!? 生きてやがったのかよ、しぶてぇなぁ!」
「一年間もどこにいたんだよテメェ? 蛇に怯えるネズミみたく穴蔵に隠れて、ビビりちらしてたのかぁ? それともおっぱい恋しくて、ママのところ逃げ帰ってたのかよぉ!? ヒャハハ!」
このニヤついた顔、下卑た笑い方、間違いない。
俺をハメた3人組だ。
かつての俺は復讐心を糧に地底で生き残ってきた。
今でもその復讐心が消えたわけではない。
それでも、実際にこうして対峙すると、「俺はどうしてこんな矮小な奴らにムカついていたのか」とくだらなく思える。
何より今の俺にはもっと大事な存在がいて、目的がある。
「(無視)俺の過去は今重要じゃない。要はF級冒険者クレオ・ルージュという人物の冒険者ライセンスを復活させてほしいってことだ。過去のデータを見ればわかるだろう?」
「おい、無視してんじゃねぇぞ、カス!」
自分たちを無視して話を続けられたのが、よほど気に触ったらしい。
リーダーの戦士の男が俺の肩に手をおいて、俺の耳に唾が飛ぶほど怒鳴る。
うっとおしい奴らだ。
「あ、あのギルド内で揉め事は困りますって、何度も注意してるじゃないですか!」
「おい、受付嬢さんを困らせてんじゃねぇぞタコ! F級のカス魔法使い風情がそんなちっぽけな箱の換金にいちいち身の上話してんじゃねぇ!」
「いえ、あなた方のことなんですけど……」
「アァ!!?」
「ひっ……!」
ささくれ立った冒険者が受付嬢にもガンつける。
1年前の俺ならこの男の形相を見るだけで萎縮していただろうが、死線を越えてきた今となっては、可愛く見える。
「受付の人怖がっちゃうでしょ。俺は受付に話しているんだから、割り込まないでくれ」
「なっ! てめっ!」
俺は肩を掴みながら怒鳴り散らす男が不愉快に思えて、耳元を掠める蚊を払うがごとく、何気なくその手を振り払う。
「痛ぇ……! 何だこの力……!」
大げさだなぁ。
男は顔色まで青くして痛がって見せているが、軽く払っただけで抵抗もなく振り払えたのだ。
どうせわざと痛がって、因縁をつけてくるつもりだろう。
めんどくさいからさっさと要件を済ませよう。
「ちっぽけな箱、か。そうだな、これだとそうとしか見えないよな。ちょっと量が多いから箱ごと引き取ってから中身を確認してほしかったけど、仕方ない」
そう言って俺は箱――吸血種の作ったオーパーツの一つである空間圧縮箱を開いて見せる。
レア鉱石や魔物の素材で、カウンターがたちまち溢れ返る。
その異様な光景にギルド内がどよめく――。
「これ、全部換金するといくらになる? 結構な数だから鑑定急いでくれ」
「え? ええ!? ちょっと待ってくださいよ! 何なんですかこの量! これってまさか……!?」
「お、おい! まさかこの箱って空間圧縮箱じゃないのか!?」
「空間圧縮箱だと!? 迷宮最下層で出土するオーパーツの類だぞ! なんでこのウスノロ魔法使いがそんなもん持ってんだ!?」
「しかもなんだ、この量のドロップアイテムは!? まだ溢れてくるぞ!」
受付嬢の一人が鉱石を一つ拾い、モノクルをかざす。
「ただいま鑑定します! ……………(鑑定中)。こ、これはっ!? 限られた上級ダンジョンの最深部でしか採れないような最高級の鉱石です!」
「嘘だろ!? この量、十年以上周回しないとこれだけ採掘できないぞ!」
「こちらの魔物の素材は……推定レベル70のダイアハウンドの毛皮です!」
「ダイアハウンドって上級冒険者パーティが複数がかりでやっと討伐できるって話だぞ!? それを何体倒してきたんだ!?」
ようやくドロップアイテムの大氾濫が止まった頃には、カウンターを埋めるほどの山となっていた。
冒険者たち(ギャラリー)はいまだ狂騒の中だが、受付嬢が恐る恐る尋ねる。
「あの~、ルージュ様……。大変申し訳無いのですが、ウチでは換金に応じることは出来ないです~」
「俺の持ってきたアイテムがどれも換金するに値しないってことか?」
「いえ、違います! 違います! 言葉足らずですみませんでした! この量を全部鑑定するとなると、当支部の者だけでは1ヶ月以上かかりまして、また当支部では全額を現金で換金することは不可能ですので、一度本部の方に預からせて頂くことになります。それでも換金までに1週間以上はかかることになりますが……、よろしいですか?」
これは予想していなかった。
地底の月では拾ったアイテムは空間圧縮箱にとりあえずで全部突っ込んでいたから、中身を正確に数えたことはなかったが、そんなに量があったのか。
即金がほしいのに困ったものだな。
そこでひとつ分かりやすく大きな物があったことを思い出した。
「そうか、それならこれだけ換金してもらえるか」
俺は未だに月の土産を吐き出す空間圧縮箱へと手を伸ばし、確かな手応えを感じるとそれを引っ張り出す。
「わっ! え? えええっ!?」「おいおいおいおい、何だよあれ!?」「何だこのデカさは……!?」「す、すげぇ……!」「でか過ぎんだろ……!」「信じられねぇ……。こんなもん見たことねぇよ……」
ギルドの天井へぶつけながら、俺は自分の体の倍ほどある月寄生虫の頭を引っ張り出す。
他に置き場所がなかったので、仕方なくギルドの床にドサッと置く。
「ムーンワームの頭部だ、聞いたことないか? 記録になくても、このデカさの魔物なら相当な値打ちになるはずだ」
「ムーンワーム……!?」「聞いたことある……。古代文明を滅ぼしたと言われる、伝説の魔物だ!?」「マジ……!? 実物!?」「正体が何であれ、この巨大さの魔物を倒すなんて相当だぞ!」
見たこともない大型魔物の首級に色めき立つ冒険者たち。
しかし、動揺する者が二人と、異議を唱えるものが一人いた。
「嘘だ! 俺ぁ信じねぇぞ! こいつが! このカス魔法使いがそんな大物討伐出来るはずねぇ!」
あの3人組だ。
俺を捨て駒にし、奈落へ落ちる原因となったクズ冒険者パーティーだ。
しかし、ギルド内の称賛ムードをしらけさせ、彼らは他の冒険者から冷ややかな目で見られ、孤立する。
「大体、こいつF級冒険者だっただろ!? それもデバフとかいうクソの役にも立たねぇ魔法しか使えねぇクソみたいな――」
「『クソの役にも立たない』……?」
実に錯誤も甚だしい。
聞き捨てならないセリフだ。
だからといって、こいつらのそんな戯言にいちいち目くじら立てていたのでは角が立つ。
世間一般の認識はコレだからな。
そう、俺は我慢していたはずだった。
ではこの声は――。
「レーネ!? なぜここにいる。外で待機していろといったはずだぞ!」
「誰だ、お前は!」
「中が騒がしかったので、なにかトラブルが起こったのかと思い、駆けつけました」
レーネが俺と男たちの間に割って入っていた。
しかも紅月の柄に手を掛けていた。
「そしたらそこな下衆が主様を貶しているではありませんか! そしてあろうことかそれがかつて主様を裏切った痴れ者だったではありませんか! これはもう私が手をくださねばなりません。そう思い立ったら、自然と体が動いていました」
レーネは珍しく大仰に高圧的だ。
「怒ってる?」
そう問えば、レーネは少し考えるように顎に手を当てては、肩をすくめる。
「さぁ、それは、私にもわかりかねますね」
やはり妖しげなアルカイックスマイルだ。




