17話:さらば地底、そして地上へ
「『麻痺毒』!」
先手を打つ。
初手は安定の麻痺毒をかける。
大半の相手はそのまま倒れるまで、なぶり殺しにできる凶悪な魔法だ。
ワームは麻痺によって動きを硬直させ、その隙にレーネが数発剣戟を叩き込む。
ワームに何度か攻撃を加えて、手応えを得たレーネが俺の傍まで引き下がる。
「主様、ムーンワームは回復力が非常に高く、傷口がすぐに塞がるため、手数の多さや出血によるダメージを狙うのが難しい相手です。
そもそもこの虫に血は流れていません。吸血種が敗北したのは偶然ではないということです」
レーネと相性が悪い敵ということなのだろう。
レーネの言う通り、ワームにつけた切り傷が塞がっていく。
「ですがご安心を――私はすべての魔物を屠るべく創り出された狩人。かの虫を両断してみせましょう」
しかし、ただ相性が悪いというだけの相手なら何度も倒してきた。
「無理はするな。弱点がないなら、弱点を作るまで。俺がヤツの体を脆くする」
いつものコンボだ。
どんなに硬い敵だろうと、際限なく柔らかくすればいい。
毒や出血が効かない相手でも、倒れるまで切り刻めばいい。
「『腐敗せよ』、その肉腐り落ちろよ。切りやすくするためにな」
回復するような厄介な相手ならこれだ。
「今ので回復阻止と防御力低下を追加した。あとは攻撃を躱しつつ、攻撃を当て続ければ勝てる――といきたかったんだが……」
ワームは比較的早くに麻痺から立ち直り、再び動きだす。
「流石にこれだけで倒せる相手ではありませんね」
「想定内だ。むしろ毒が効いているだけ上々」
文明の破壊者は俺たちを飲み込もうと、捕食するためだけの器官と化した頭で突っ込んでくる。
「俺に考えがある。合わせてくれ」
「かしこまりました」
ワームの仕掛けてきたのは塔でも散々見せたような単調な攻撃方法だ。
しかし、警戒すべきはその質量と、ここが月面であるということだ。
回避しても軽い砂嵐と地震を引き起こす。
それがこちらの攻撃を困難にさせる。
かつてコイツに挑んだ吸血種たちのログはそう残している。
俺たちも同じ目に合うだろう。
『まともに戦おうとすれば』の話だが。
「デカブツ相手は慣れている。むしろ強敵であればあるほど、俺の魔法は効くからな。『鈍化しろ』」
ワームの体を重くする魔法をかけると、その頭が地についた。
「お前の頭は口だけだ。目も耳もない怪物に、幻覚や感覚遮断系のデバフは効かない。だがその図体を支えるものはなんだ?」
ワームは眼の前でその巨体を起こそうともがく。
俺たちを月面へと縛る力が弱まっていくのを感じる。
これを狙っていた!
「そうだ、重力を弱めろ。俺がお前に重しをつけたのは、重力操作をさせるためだ」
「おお! この身軽さ! 今なら一秒に4回くらい斬れる気がします。
感謝します、主様」
「よし、行って来い、レーネ! あの虫にありったけを叩き込んでやれ」
レーネがこの虫の回復速度を超える連撃を行うに足る俊敏性を得るために、ワームの体を重くし、重力が弱くなるよう仕向けた。
尤も回復を封じた時点でその策も不要なのだが……。
目論見通り、レーネは軽快な動きで何十という斬撃を叩き込む。
それでもなおワームはしぶとく生きているが、流石に不利を理解したようで、地中へと頭を引っ込めようとする。
だが――。
ワームの体をぐるりと囲む魔法陣が展開し、傷口をより深くすべく斬撃が降りかかる。
ワームは痛みにのけぞり、動くことができなくなった。
「『狩猟の仕上げ』。幾重にも斬りつけたのはこの術式を仕込むためです。残留した傷跡に主様の魔力を注ぎ、これを繋げることで、主様の描いた行動を束縛する魔法陣を体に刻んだのです。もう潜ることは出来ません」
全てはワームを再び月の内側へと潜らせないための作戦だった。
いかに優位に戦闘を進めても、月内部に逃げられると、月のコアまで移動するのに時間がかかる。
結果として相手に回復の隙を与えてしまう。
俺の杖のデバフ解除不可効果は戦闘中に限定されるからだ。
再び、重力が重くのしかかる。
どうやらワームが月の重力を強くする方に操作したようだ。
少しでも俺たちの動きを鈍くするつもりなのだろう。
「今更、私達の行動を妨害しようと無駄ですよ。私達の懸念は、強大な敵を相手に如何にいつも通りの狩り――即ち、獲物を徹底的に弱らせるか行動を縛り、安全に倒せるかにありましたゆえ。主様が回復封じと鈍化を掛けた時点で勝負は決したということです」
他にもムーンワームを討伐する術がないわけではなかったが、一番堅実な作戦を取った。
月寄生虫を倒せるかに、地上へ帰還できるかが懸かっている。
大事な一戦だ。
石橋を叩きすぎるということはないはずだ。
「そろそろトドメを刺してやろう。任せたぞ、レーネ」
「私としたことが、こんなに長々講釈してしまうなんて、獲物を前に舌なめずりするような狩人らしかぬ真似でした。仇敵を討つ機会が巡って、気が昂ぶってしまったみたいです。それでは仕舞にしましょう」
レーネは紅月――透き通った殺意を宿した刃の切っ先を、ワームに向けて構える。
「この一刀は昏き底に眠る創造種様方へ捧ぐ鎮魂歌……」
居合の要領でワームを抜き去る。
強い重力がかかっていると思えない素早さだ。
「その首を以て亡き同胞へ手向ける徒花とせん。『致命一閃』!」
一太刀でムーンワームの肉厚な巨体をふたつに割いてしまった。
レーネは残心とともに刀の血を振り落とす所作ののち、納刀。
実にまったく恐ろしいほど型通りのサマになる見事天晴な緩慢なようでいてどこか鋭く力強さがありつつも優雅な美しくなめらかな動きである。
レーネがかつて話していたが、この儀式じみた仕草が吸血種式抜刀術の正式な型であるようだ。
それは狩りで失った仲間を悼み、獲物への敬意を示す行為なのだという。
さて、彼女は今一体何を想っているのだろうか?
「行きましょう、主様。地底の月にはもう狩るべき獲物がいません」
「そうだな……」
月のコアの中は月寄生虫の棲家として長かったらしく、機械的な部屋の大部分がヤツの死骸であるところの肉で埋められており、その腸内にいるようで居心地が良くない。
「よかった、転送陣はちゃんと起動している!」
部屋の中央には魔法陣が光っていた。
それは転送陣と呼ばれる迷宮でもおなじみの、対応した転送陣同士で瞬時に行き来できるという優れた代物だ。
これが現状確認されている唯一の空間魔法ということだが、まさか吸血種の努力の結晶だったとは。
やっと帰れる……!
俺の知っている元の世界へ。
鉱石の星と人工の月の君臨する地底世界から離れられる。
悲願を達成し、歓喜に震えていると、レーネが俺のローブの袖を掴み、今まで見せたことない不安げな表情で尋ねる。
「主様、地上とはどのような場所なのでしょうか?」
「いつも血を吸うときに俺の記憶から見ているじゃないか?」
「そうなのですが……。私は地底の者です。私なぞが受け入れられるのか不安なのです」
俺はレーネの質問の意図を理解する。
「なんだ、そんなことが不安だったのか? レーネも可愛いことで悩むんだな」
いつも俺を補佐、時にはリードしてくれて、魔物相手にも恐れ知らずのレーネが意外にも外の世界に出ていくことを恐れている。
この地底で異物の俺を主と仰いでくれたくせに、自分が地上でうまくやっていけるか気にするなんて愛いやつめ。
「主様には些細に聞こえるかもしれませんが、私には切実なのです! 私は人でもなく、まして吸血種ですらない、ただの機械人形です。私が地上で受け入れられるのでしょうか?」
「当たり前じゃないか。エルフだって、ドワーフだって、魔物だって、それら全て世界の一部として受け入れられているんだから、レーネだって受け入れられるさ。それくらいには世界は広いんだからな」
「私の知る世界はひたすら暗い、偽りの夜空が覆う閉ざされた場所です! 陽の光を知らない! 大地の広さを知らない! 私はあなた様の世界を知らない……!」
そうか、怖いんだな。
俺と同じ世界にいて、同じ世界を見れないことを。
知らないものに圧倒されることを。
「俺ですらまだ知らないことがこの世にはいっぱいある。怖いものだけじゃない。面白いものがたくさんあるから、きっとレーネも楽しめるよ。少しずつ知っていけばいい」
「ですがっ……!」
「俺も学ぶ身だから、教えることは難しいかもしれないけど、一緒に学ぶことはできる。学ぶ楽しさを知れば、俺の知る世界を気に入ってくれると信じているよ」
知ってほしい。
知るのは怖いことじゃないことを。
未知を既知に変える行為の楽しさを。
「そうだ! 地上に帰ったら一緒に魔法学校に通わないか?」
「そんな! 私が主様と同じ学徒の立場なんて、そのようなおこがましい……!」
あくまで立場が一緒であるというところに、引っ掛かりを覚えるだけなあたり、はじめから学校についてくるつもりなのは変わらないようだ。
そこらへんはレーネらしい。
「それに、だ。万が一、君の存在を受け入れないって人達がいても、俺がなんとかするよ」
「なぜ主様が私のためにそこまでするのですか!?」
「だって、俺は君の主人だよ? 従者に主人を守る義務があるのなら、主人が従者を守るのも義務だ。貴族の努めとか詳しくないけど、俺はそう思うんだ」
「無茶苦茶ですよ、主様……」
「無茶苦茶だったかな……」
「……ですが、そんなあなた様だから、私は命を捧げていいと思えるのかもしれません」
そう言ってレーネは俺の隣に来て、手を握る。
熱を感じない手だった。
それでも俺は僅かでも温かさが欲しくて、握り返す。
やはり熱がなくとも強く、離さないように。
「行こうか、地上へ。そしてさようなら、地底の月。俺は確かにここで強くなったよ」
そして、俺たちは踏み出した。転送陣へと、地上へと、元いた世界へと、それまで地底の月で過ごした日々に別れを告げて、吸血種も魔物も居なくなった暗闇を後にする。
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