15話:塔、それは崩壊の序章
「主様、来ます! 上からです!」
「ああ、もう! 足場最悪だってのに!」
塔の奥、先の見えない闇から大きなものが落下していく気配がした。
臭気とともに歯のびっしり生えた大きな口腔が迫ってきた。
レーネは俺を背負ったまま、バックステップで螺旋階段の下へ跳んで回避する。
ムーンワームの捕食のためだけにある頭が俺たちのいた場所を粉々にし、そのまま塔の外壁を貫き、長大なチューブ状の肉が俺達の目の前を遮る。
「しっかり掴まっていてください、主様。これから激しく動きますので」
「え?」
聞き返すも返答が来る前に、今度は俺たちの真横の外壁が崩れ、ムーンワームの赤々とした口が目の前に迫る。
レーネは塔中心のエレベーターがなくなったのをいいことに、螺旋階段の反対側へと大きくジャンプする。
俺は落ちまいと必死にレーネの体をしっかり掴んだ。
無事反対側へ着地する頃には、ワームも俺たちを追い、筒状になった塔の直径を描くようにその大蛇の如き体躯を伸ばしてくる。
再び跳躍。
ワームは壁に激突――否。
壁を貫通して再び外壁を破って外側から俺たちを狙う。
それを月狩人の跳躍にて回避する。
そんなことを繰り返しているうちに、外壁全体にヒビが入る。
塔内部にはワームの長い肉体があちこちを腸のように張り巡らされ、まるで塔そのものが巨大な内蔵のようになっていた。
更に悪いことに、傾き始めている。
崩壊までもう長くはないだろう。
「埒が明かない――というのは私達に不利ですね。このままでは足場を失います。この塔諸共私達は破滅するでしょう」
「塔の崩壊か……。いや、それはこっちにとって好都合だ」
「主様には策があるのですか?」
「勿論、階段を登っている間ずっと考えていた。『ここで魔物に襲われたらどう戦おう?』、『この階段が崩落したらどう対処しよう?』ってな」
この思考法もレーネの教えてくれた通りだ。
いつかレーネはこう言っていた、
「優れた狩人とは、いついかなる時も油断しないものです。『いまここで敵と遭遇したらどんな対応ができるか?』というのを常に考えてみてください」
それを一年間毎日実践していた。
実際に魔物に不意に襲われることも多々あり、生存に必死だったからだ。
そうやって培われたものがこの場面でも活きていた。
「主様……、覚えていてくださったのですね。では主様の考えた策の通り動きましょう」
「ヒビがいっぱいになってる外壁を突き破って跳べ。そして跳んだら俺を離していい」
「主様の仰せのままに」
レーネは俺の言う事に疑問も挟まずにやってくれる。
俺を信じていることを前提としてなければ出来ない行動だ。
そうこうしているうちにワームの口が俺たちめがけて突進してきた。
「今だ、跳べぇぇ!!」
空間魔法――と呼ぶものを研究していた。
それは現代に生きるすべての魔術師たちの追い求め、そして挫折する未だに実現しない空想上の魔法。
実現すればその者は時空を操る力を操ることが可能となるのだ。
最も盛んに研究されている魔法理論と言っても過言ではない。
俺も魔学生の端くれとして、よく図書館で論文に目を通したものだ。
そして俺なりの理論を組み立てたが、全て机上の空論となって消えていった。
しかし今の俺には理論へ近づくための確かな道筋が見えていた。
外壁を突き破って空へ落ちる。
傲慢にも月を目指した罰として、このまま重力によって地底に叩きつけられるのか?
――いいや、そうはさせない。
レーネが言われた通り俺を支える手を離してくれたので、俺は魔杖を構えて詠唱を開始する。
「森羅万象これバイナリーなり。今一度、世界を0と1に戻さん。マクロをミクロに、アナログをデジタルに、飛んでいる矢は止まり、アキレスは亀を追い越せない。空間よ、静止せよ(ステイシスフィールド)!」
呪文を詠唱した次の瞬間、俺たちは空中に立っていた。
「主様、これは……!?」
「ああ、レーネにはこの魔法の完成形をまだ見せていなかったな。
停滞空間――時間を静止させ空間を固定する、所謂空間魔法の一種さ」
停滞空間――時空間そのものに『停滞』を何百にも渡って重ねがけすることで、限りなく時間の歩みを遅らせ、実質的に時間の静止した空間を生み出す空間魔法。
「様々な方法論があったが、俺はデバフを使うことで実現出来ないかと考えたんだ」
「しかし、時空間という概念を対象に、デバフを何百も重ねがけするのは不可能ではないですか?」
レーネはかつて俺が袋小路に陥ったのと同じ当然の疑問を口にして、そこで俺の持つ魔杖を見てはたと気づく。
「まさか……『月桂樹の杖』!?」
「そう、今レーネの言ってくれた問題をすべて解決できる鍵がこれだったんだ」
俺の作ったこの杖の性質として、①時空間を対象に取れて、②重ねがけがしやすく、③際限なく重ねがけできる。
まさにこの魔法を完成させるのにうってつけだった。
「そうとわかると俺は喜び勇んでこの魔法を研究したね。尤も、これだけの好条件があっても、停滞空間をカタチにするには半年かかったけどな」
これによって時空間を固定。
俺たちが立っている空間はいわば周りとは独立したいわばブロックだ。
「なるほど。主様がこの半年ずっと籠もっておられたのは、そのためでしたか」
月寄生虫を倒す切り札を手に入れたから、こうして挑むことができた。それも事実だが手放しでは喜べなかった。
「そういうことだ。デバフを以て時空間を止める魔法――これの習得こそ鍵だった」
「吸血種でも数百年掛けてやっといくつかの空間魔法を創り上げました。それをデバフによって全く新しい魔法を、それも半年で創るとは……流石です、主様!」
レーネは興奮気味に褒めそやす。
この魔法が実際に役立って、その上レーネから称賛の言葉をもらえると、半年の時間が報われたみたいで、最高に気分がいい。
でもまぁ――。
「結局、時間も空間も『一瞬』のツギハギでしかない」
その気付きが得られるかどうか……というだけな気がする。
俺はたまたま気づけて、理論を完成させる土台があった。
偶然、デバフという正しいアプローチを踏むことが出来ただけだ。
「俺がこの魔法を実現できたのだって、幸運でしかないよ」
それに――と続ける。
「この魔法も実用化にこぎつけたばかりで、まだまだ改良の余地があってな」
大空間の静止や逆にピンポイントでの静止もまだ難しい。
1立方メートルから100立方メートル程度でしか安定しない。
そしてなにより納得行かないのが、妥協してしまった問題があることだった。
「生命の持つ魔力が干渉を起こすという問題は解決できなかった。これのせいで生物を含めた空間を静止させることも、生物を停滞空間に入れることも出来ない」
「ですがそのおかげで、私達は空中でも立っていられます。結果的に助かっていますよ?」
「……確かにこれはこれでメリットはある。でも俺の作った魔法は未完成品だ。自分の目指すものを妥協した結果を褒められるのは、どうも釈然としなくてな」
「謙虚なんですね。もっと誇ってもいいんですよ。前代未聞の快挙ですよ。前人未到の発明ですよ。私は私の主様がすごい人なのだと誇らしい気持ちでいっぱいです」
「……そうだな。ありがとう、レーネ」
そんなやりとりをしていたら、頭上の月明かりが陰った。
ムーンワームだ。
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