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11話:腹を下す一分前

 休憩室まで戻り、浴室を(「一緒に洗いませんか?」というレーネの誘いを断って)交互に使った。


 廃墟同然なのに温かいお湯が瞬時に出てきたのは驚いた。

 服も魔法により一瞬で洗浄・乾燥されていたことにはもっと驚いた。


 古代文明の超技術すごすぎる。


 その後はレーネに案内されるままに、再び光の灯る(レーネ曰く「電気が点いている」)エリアにつく。


 そこには非常に小さいながらも食堂と厨房があった。

 レーネは俺を食堂に座らせ、近くあった布をテーブルクロス代わりに敷いた。


 自らは厨房に入り、先程倒した魔物の肉を火にかけ、よく火を通したウェルダンステーキを俺の前に差し出す。


「魔物の肉を食べさせる無礼をお許しください」

「いや、味は二の次だ。調理してくれただけでもありがたい」


 よく焼いても素材は魔物、エグみが抜けていない。

 繊維が筋肉質で噛みごたえがありすぎる。

 レーネは元の味が気にならいように調味料をふんだんに使用したと言っていたが、それでもなお一口食むごとに顔をしかめてしまう。


「吸血種には食事の習慣がないのになんで厨房があるんだ?」


 一人黙々と、不味いステーキを食べるのに嫌気が差して、横に待機するレーネに尋ねる。


「基本的に食事を不要とする吸血種にも嗜好として食事を嗜む者もいたそうです。ここもそういった者たちのために用意されていたのでしょう」


「へぇ、レーネは食事そういうのに興味ないのか?」

「主様の血液によって生かされる我が身なれば。それ以上の贅沢は望みません」

「そう固く考えなくていいのに……」


 再びの無言。


 鉄製のフォークとナイフが陶磁器の皿と擦れるカチャカチャという音だけが響く。

 だがしばらくしてまた、フォークが止まる。

 食にありつけるのはよいのだが、不味いモノを胃に詰め込むのは苦行にほかならない。


「他になにか食べ物はあった?」


「残念ながら、厨房に食料は残っておりませんでした。おそらくこのエリア全体で同様でしょう。恐れながら主様には魔物の肉しか食べて頂くものがないかと……」


「マジか……、キツイな」


 とはいったもののダンジョン最深部に遭難した時点でそうなることは想定していた。

 むしろ、レーネという頼もしい味方と調理器具が一式あるだけだいぶマシである。


 けれどもレーネは申し訳無さそうに顔を伏せる。その表情を苦虫を噛み潰したように歪めていた。


「どうしたんだ?」


「主様は魔物の肉を食べるより他にないのに、私はその主様の血を飲んで生きながらえる。そんな己の不甲斐なさを恥じているのです」

「レーネ……」


 そこまで俺のことを気にしてくれているのか……。


「まあ、なんだ……。今は魔物肉を食べるしかないなら、俺がそれに慣れればいいだけだ。そこはレーネが気負うことじゃない。むしろ、感謝しているよ」

「しかし……!」


 レーネは未だに納得しない様子だった。

 皮算用だろうが、明るい話をしよう。現状を憂うだけでは精神が参ってしまう。

 辛気臭い雰囲気をなんとかしたくて、俺はステーキの残りを一気に飲み込む。


「もがが」


 臭気が口いっぱいに広がりとてもまずい。

 それでも繊維も噛み切らぬまま喉に無理やり押し込んだ。

 おかげで若干むせる。水筒の水を一気飲みする。施設から自動で出る水を入れておいたのだ。


「そうだ、ここを脱出したらレーネと一緒に美食を堪能しよう! 前々から海千山千の美食を味わうのは夢だったんだ。それをお前とも共有したい! どうだ?」


「嬉しい……。嬉しいのですが、よろしいのですか? 私も主様と食卓を共にして」


 地上にいたころも美食とは縁がない生活だった。


 岩塩を細々と使った味の薄いスープ、固く細いビーツしか具のないシチューは冷めてるし、おがくずとじゃがいも粉の混ざったライ麦パンはボソボソとした食感だ。


 思い出すのはそんなメニューばかりだった。思い出したらなんか涙が出てきた。


「ああ、いいに決まってる! むしろ『いや』と言ってもレーネにも食べさせると決めたぞ。レーネが食べさせてくれたおかげだ。不味い魔物ステーキを食べさせてくれたおかげだ。おかげでああ、俄然湧いてきたんだ! 絶対生きて帰ろうってな! 生きて帰って地上のありとあらゆる美味しいものを食らってやる! どうせ地底のここにいるうちは魔物肉しか食うものがないんだ! それくらいの贅沢がないとモチベにならんさ!」


 一息に捲し立てたせいで息が上がる。

 辛い食生活を思い返すと、フタしてきた気持ちが口をついて溢れてきたのだ。

 今までこんなふうに自分の願望を他人にさらけ出したことないのに。


 不思議とレーネにはすべて吐き出してしまえる。

 そのレーネは俺の熱量に圧倒されてか、感慨深そうに頷く。


「では私はせめて、主様を飽きさせないために料理の腕を磨いておきましょう。ステーキ、串焼き、煮込み、ソーセージ、干し肉――レパートリーは限られますね……」


 二人して苦笑いするのだった。


「現状を整理しよう。俺たちには魔鉱石を加工する自動鍛冶があり、採掘区と直通する魔導列車がある。これからの方針として、研究所ココと採掘区を往復することでレベリングと武器精錬をしようと思う」


「上策かと」


「あの地域の魔物は強力だが鈍重で魔法耐性が低い。よって魔物と遭遇した場合はなるべく一撃離脱ヒット・アンド・アウェイに徹し、こちらから接近戦をしかけるのは相手が弱ってとどめを刺すときだけに留める。戦闘は一回でも行ったら、すぐに帰還する。それでいいか?」


「なるべく消耗を避けようという方針ですか。少々物足りない気がしますね。狩人として獲物に背を向けるのも不本意ではありますが、主様の安全が大事ですので従いましょう」


「もちろん、俺たちのレベルが上がって余裕が増えたら、その限りじゃないが、今は不測の事態には備えたい」


「今しがたの辛抱、ですね。主様と二人、万全となって刃を振るうのが待ち遠しいですね」

「ああ、そうだな」

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