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10話:ハントレス・ギャンビット

 下のフロアは大きな研究室になっていた。

 他のフロアと違い、照明はついておらず、機材が乱雑に散らかっていた。

 その暗がりの奥で、吐息を立てる大きな影があった。


「これはこれは、私と主様の棲家に随分と大きなネズミが粗相を働いてくれたものですね」


 俺たちの接近に気づいた狼のような姿の魔物がその赤目を見開き、久々に飢えを満たさせる機会に喚起してか、開いた口からよだれを垂らす。


 しかしその口は、4つに開いており、犬歯の代わりに虫のような小さな歯がびっしりと並んでいた。


「主様はお下がりください。私が主様の盾となり刃となりましょう」


 レーネはそう言って腰のサーベルに手をかける。


 彼女の能力が如何ほどかわからないが、生まれたてのレベル1同然の彼女には、このエリアの魔物を相手に初陣というのは荷が重いのではないだろうか。


「お見せしましょう、主様。これが吸血種の編み出した究極の抜刀術でございます」


 そんな俺の不安ごと快刀乱麻、一瞬で魔物との間合いを詰め――。


「吸血種式抜刀術奥義・『斬月クレセント・ギャンビット』」


 剣閃が弧を描く。

 部屋に埃が舞い、魔物の四肢は輪切りにされ、切断面から鮮血を吹き出していた。

 当のレーネは腰のサーベルに手をかけたまま抜刀すらしていない。


 否――抜刀から斬撃までのアクションを知覚できないほどの速さで済ませたのだ。


 斬られた魔物は横倒しになり、そのまま事切れた。

 思わず息を呑む。彼女の戦闘能力の高さがこれほどまでだったとは。


「目に見えないほど速い斬撃だな。それにすごい出血量だ」


「吸血種式抜刀術の極意は先手必勝。初撃の速さに全力を賭すことで切っ先を制するものなれば。更に言うならば私は吸血種にして『月狩人かりゅうど』。生き物のどの部位に血が臓物が集うか把握できるのでございます」


 すでに二体目を斬り伏せながら、レーネは嬉しそうに語る。

 俺にも見えるスピードでサーベルを振るっているが、剣舞の如く滑らかな動きで次々と魔物をナマス切りにしていく。


「正確を期すなら『月狩人』の常時発動スキル『渇きの導き(ラビナス・インサイト)』によって急所に命中すると確実に出血するのです」


 そんなふうに解説する余裕もあるくらいだ。


 俺も隙を窺っている魔物の妨害をするくらいのアシストはしているが、正直この程度の魔物相手ならば俺の援護は不要なのではないか。そう思わせるほどに、彼女は強かった。


 あらかた片付けると、奥から一際大きい個体がノシノシと出てきた。

 この群れ(パック)のリーダーだろう。


 先程までの一方的な虐殺を見たら、レーネなら余裕かもしれないと一瞬考えてしまう。


 そんな甘い考えも次の瞬間には捨てられた。レーネが俺に目配せしてきたからだ。


「援護する。俺がヤツの防御を下げるから、レーネは切り刻んでいけ」


 スピード勝負ならレーネが上だろう。

 彼女に足りないのは攻撃力――レベル差によって攻撃が通らなければ、急所を斬ってもダメージにならない。


「感謝します、主様」

 俺は防御低下の魔法を詠唱し、レーネは魔物の脇へと回り込むように動く。

 このエリアの魔物の特徴なのか弱体化耐性が極端に低い魔物が多いおかげで一発で通った。

 割合効果なので、今ならレーネでも攻撃を通すことができるだろう。


「今だ! やれレーネ!」

「承知しました」


 レーネは足を大きく広げ腰を低く落とした状態でサーベルを抜き放つ。


「『宵の先触れ(ムーンシャドウ・オープニング)』」


 音速を超えるサーベルの衝撃波か、閃光が残像を生み出して魔物の前足を出血させる。

 噴血は魔物の顔を汚し、魔物は苦しそうに目をつぶる。


 その隙をついてレーネが魔物の側面に迂回する運動のまま、助走をつけて壁と垂直に走ったかと思うと、壁を蹴って天井スレスレへ跳ぶ。

 そのまま魔物の頭上から刃を垂直に付きたて魔物の首に突き刺す。


 血を吹き出して魔物はその巨体ごと倒れ伏す――かに思われた。


 サーベルが貫通した首から噴水にように血を迸らせてなお、その魔物は動いていた。

 灰色の体毛を赤黒く変色させて、より凶悪そうなオーラを放ちながら。


「ガァァァァ!」


凶暴化バーサーカー、ですか……。敵の能力を見誤りました」


 スタッと床に着地したレーネはその乱れぬ黒髪と同様、落ち着きを払っている。


「ここは一旦引いたほうがいいんじゃないか?」


 あの出血量ならほっといてもそのうち倒れる。


「いいえ、主様。仕留め損なったとはいえ相手は手負い、瀕死の獲物を前に逃げる狩人がおりましょうか?」


 徒手だというのに、どこにそれだけの余裕があるというのか。


「主様を危険に晒すような状況なら撤退しましょう。しかし、勝算なく言っているわけではございません。安心して私に任せてくださいませ」


 剣もないのに魔物と挑むなんて無謀だと抗議しようにも、眼前の魔物は俺たちを見据えて今にも飛びかかってきそうだった。


「……レーネがそう言うなら信じよう。俺がまた防御力を下げる。それでいいか?」

「ご理解に感謝します、主様」


 そう言って彼女は凶暴化した魔物へと駆ける。同時に魔物の薙ぎ払いが彼女を襲う。


「麻痺せよ!」


 俺はとっさに魔物めがけて麻痺をかける。


 一瞬止まった魔物の前脚を避け、首元に潜り込むと、首の下まで突き出たサーベルの切っ先を掴んで、それを引っ張った。魔物は痛みに叫び、レーネの怪力に引きずられて頭を垂れる。


 その4つに割れた顎の一つを手刀で貫き、3つにする。魔物は今度こそ沈黙した。


「刃がないなら爪で、爪がないなら牙で、持てるものすべてを使って相手の息の根を問える。それが吸血種式抜刀術でございます」


 返り血で赤くなったレーネが、魔物に刺さったサーベルを回収しながら言う。


「だからって無茶なことをするな! 手を見してみろ!」

「ご心配なく、素手は防刃ですので」


 といってレーネは両手を見せる。血だらけだが傷ひとつないキレイな手だった。


「そういう問題じゃないだろ!」


「はて? 戦闘人形ですので傷つきにくく、吸血種でもあるので傷を負っても回復も速い。なにより貴方様の従者として矢面に立つのは当然の努め。私には主様が何を問題にしているのかわかりません」


「その、なんだ……。人形とか吸血種とか従者とかそれ以前に女の子だろ? 女の子に体張らせるのは男として不甲斐ないっていうか?」


 レーネは要領を得ずキョトンとした顔をする。


 どのみちこの二人でパーティを組む以上、レーネが体を張るのは避けられない。

 俺のエゴというのは承知している。

 それでレーネにこんな事を言うのは、どうにも自分が情けなく思えた。


「ああ……だから! 自分の体をもっと大事にしてくれってことだ!」


 だから俺は不器用に締めくくるしかなかった。


「不思議ですね。そんなふうに言われるとは予想外でした……」

「…………」


「ですが悪い気はしませんね。主様に大切にされているというのは」


 レーネは血に濡れた顔に淡い微笑みを浮かべる。


「戦闘に絶対はなく、骨身に染みついた抜刀術ゆえ、主様の要望に応えられるかわかりませんが……善処しましょう」


「あ、ああ……いや。すまん、俺も我儘を言ったな」


「気にすることはありません、主様。それでは本来の目的である『主様の空腹を満たす』を果たしに行きましょう」


 そう言ってレーネは俺に手を差し伸べようとして、朱に染まった自分の手に気づいて、下げる。


「先に体をきれいにしてからにしよう。レーネも血だらけなのは嫌だろ?」

「いえ、私は平気なのですが、主様が不快なのでは思いましたので」


「別に不快じゃない。その返り血は俺を守った証だから」

「主様……」


 実際、彼女の戦いぶりは見事そのものだった。

 一体一体は採掘エリアで出会った装岩獣と比べればレベルの低い魔物ではあったが、俺一人では到底太刀打ちできなかっただろう。


「そうですね、休憩室には魔導式のシャワーがございます。しかし、主様の食事を優先しなくても平気でしょうか?」

「構わない」


「お心遣い感謝します、主様。では行きましょうか」


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