1話:落第の末の転落
「お前は落第だ」
今でも鮮明に思い出せる。それはよく晴れた正午のことだった。
世界的権威のあるバーウィック魔法学校の生徒が一同に介した卒業式、そこで俺は学園長から直々に言い渡されたのだった。
その呪詛のように重い言葉を。
「……えっ? え、まってください! どういうことですか!? 話が違うじゃないですか!?」
突然のことに理解が追いつかなかった。
公開処刑を受けるあわれな学友にざわつくギャラリーたち。学園長は嘲るように俺を見下し。
「クレオ・ルージュ。まさかお前は自分が落第するに足るほど成績が悪いことを、自覚していないのかね?」
「いやでも、卒業できるかは自己研究の論文の成果次第で評価するって言ってたじゃないですか! それで学年主任に提出した論文は十分な評価を受けていたはずです! なのに、なぜ……!?」
俺は学年主任の方に目を向ける。主任はバツの悪そうに縮こまっていた。
そこで俺は悟った。俺はハメられたんだと。全てはこの場で俺を吊るし上げるために……。
「論文とは『状態異常魔法』の研究のことかね。わしが判断したのだ。実に幼稚な空想の羅列にすぎないとな」
「ああ、あの生徒思い出した! なんの役にも立たない『状態異常魔法』を専攻していた変人だ!」
「あのハズレ教科、専攻してるやついたんだ……」
「今どき『状態異常魔法』とか(笑)」
「成功率低いし、効果大したことないし、弱らせる暇あったら攻撃しろって話だよね♪」
在校生たちがざわざわと囃し立てる。1年生でさえ知っている常識だった。状態異常魔法というのがいかに実践に向かない魔法なのかを。
相手への妨害は決まればやっかいだろう。
しかし、呪文の習得が難しい割に状態異常の付与は安定せず、そもそも魔法への耐性が強い相手には効かないことだってある。
装備とレベルによっては効果がいまいち効かなかったりする。
実際の戦闘では魔法で直接攻撃したり、味方を強化するほうが好まれる。
だから魔法使いの間では見向きもされない、日陰の魔法。
「『理論上、何重にも防御力を下げれば、素手でも竜を倒せる』、『忘却やスキル封印を付与されれば魔法使いは何もできない』だと? バカバカしい! 君は我が校の、いや、魔法使い(メイジ)の品位を貶めたのだ」
「『状態異常魔法』だけをずっと勉強していたみたいだけど……。それで他の単位落としちゃ世話ないわな」
「卒業式で落第を言い渡すとかエゲツねぇ……」
「でもあいつ、普通に魔法使うの下手くそだったし。落第は自業自得だろ」
今度は同期、卒業生の席から声が大きくなる。
「我が校は高名な魔法使いを多く世に送り出してきた名門校だ。バーウィック卒業生の肩書を背負うからには、魔法使いとしての尊厳を持ち、社会に貢献できる者でなくてはならない。だからお前のような正当な魔法を使えない者を卒業させるわけには行かない」
学園長はこの言葉を言いたいがためだけに、この場で俺を落第させるのか。
文字通り見せしめだ。俺は「魔法使いとしての道を踏み外した落伍者」。
「改めて言おう。お前は落第だ。もう1年学び直すことだな、『正しき魔術の道』を」
こうして俺は全校生徒の目の前で『落第生』の刻印を押し付けられたのだ。
そのときの生徒たちに漂うじっとりとした空気も覚えている。
決して憐憫なんてものはなく、嘲笑、軽蔑、嫌悪。
これは厳しい学園生活の中で溜まった鬱憤を発散させる見世物だ。
そこから俺のスクールカースト最下位が始まったんだ。
ベッドから跳ね起きる。寝汗をぐっしょりかいていて、まだ悪寒がしていた。
「まただ。どうしていつも夢に見ちまうかなぁ」
俺が夢見るのは人生最悪の日だ。もうあれから1ヶ月経っているのに。
卒業に必要な単位は去年全部取っているから今年の授業スケジュールはスカスカ。
だから今日も今日とて俺はバーウィックを少し離れた街で冒険者ギルドへ赴いて仕事を貰いに行く。
これは俺の食い扶持のための副業、親からの仕送りに期待できそうにない俺は自力で稼がなくてはならなかった。
「おら! とっとと歩けノロマ! カスみたいな魔法しか使えないんだから、せめて戦闘以外で役に立てや!」
Fランク冒険者パーティで魔法支援担当と言う名の荷物持ちになって尻を叩かれる日々。
「しかし、ほんっと何もねぇなぁ、ベルホフ低級迷宮。いいかげん雑魚モンスター狩りも飽きちまったぜ」
先頭を行く大柄の男、タンク役の物理職である盾使いがあくび混じりに言った。
「そういや風のうわさで聞いたんスけど……。この迷宮、難易度こそ低級スけど最下層に隠しエリアがあるって話っスよ。そこは未回収のレアアイテムがたっぷり眠ってて高レベルモンスターがうじゃうじゃいるらしいんスよ」
お宝やトラップを目ざとく発見する物理職、盗賊が言う。
いつもホラばかり吹いている男だが、その目はいつもより幾分か真剣に見えた。
「贅沢言うな。俺たちは低ラン冒険者、食ってくためには低級迷宮周回しかねぇ。このパーティで一攫千金狙う余裕なんざありゃしねぇよ」
リーダーの戦士の一言で迷宮に入って何度目かもわからない不毛な会話は再び終わる。
このどうしょうもない3人以外に俺を受け入れるパーティはなかった。
バーウィックの落第生――この烙印を隠しても、落ちこぼれの苦学生というのはみな察することができたのだろう。
しばらく歩いているともぞもぞと地中から1メートルほどのなにかが這いずり出てきた。
ビートワーム――ダンジョンの浅い階層に虫型の低級モンスターだ。
虫のくせに大きな牙で攻撃してくる。
その体液、皮や牙はアイテム素材としてギルドで交換してくれるが、得られる報酬は微々たるものだ。
戦闘自体は俺以外の3人があっさり片付けた。俺も一応、魔杖で殴る事はできるが、物理職3人に比べるとスピードが遅いから戦闘に参加する前に終わってしまう。
魔法支援も俺の魔力量の低さから頼りにされず、そして習得した魔法――弱体化・状態異常魔法は『不要』と言われ、使う機会は未だにない。
日課のビートワーム解体作業を進めていく。
「毎回薄暗い穴ん中をぐるぐるぐるぐる回って、気色悪い虫をさばいてアイテムにして売っぱらう……。こんなの炭鉱夫と一緒だぜ」
たしかに低ランク冒険者は肉体労働者同然だ。炭鉱夫と何ら変わりはない。
鉱山を掘って鉱石を宝石に変換するように、迷宮に潜ってモンスターをアイテムに変換する。
「ハッ、何を今更。冒険者なんてのは定職にも就けない社会不適合者の掃き溜めだろうが。お宝手に入れてウハウハ出来んのはほんの一握り、その他大勢は1年も経たずにくたばるバカか、ズルくセコく生きていくクソ野郎、だろう?」
「はぁ~~、相変わらずリーダーは夢がねぇ」
今日倒したのは6匹、まずまずの成果だ。1週間はおがくず入りのパンと岩塩のスープで食いつなげる。
そんな算段を立てながら開けた空洞を進んでいると、眼の前でボコボコと土が掘り返されていく。
地中から無数のビートワームが現れたのだ。
「チッ、数が多いな。一旦退くぞ!」
「そ、それがリーダー……。後ろからも湧いてきやがった」
踵を返すと、蠢くビートワームの群れが松明に照らされて光沢を放っていた。
「クソッ、モンスターハウスだ!」
「ツイてねぇなぁ、クソッタレ!」
いつの間にか、ビートワームの大群に囲まれていた。
一匹一匹は大したことはないが多勢に無勢、カチカチ音を立てる牙に追い立てられていく。
「完全に囲まれちまった!」
「落ち着け! 俺たちにはまだ切り札があるだろ!」
パーティはジリジリ後退し、崖まで追い詰められていた。
振り返ると真っ暗な空間が広がっていた。
どうするんだ!?
低級ダンジョンなのにこんなところで俺は終わりなのか?
いや、このパーティーはずっとこのダンジョンを周回しているんだ。
この事態にも対策はなにかあるはずだ。
もう一歩下がれば奈落に真っ逆さまという、進退窮まるときだった。
「オラ新入り! 出番だぞ!」
「えっ!?」
「てめぇが切り札だ」
不意に胸ぐらをつかまれたかと思うと、ビートワームの群れの中に放り込まれる。
すぐに鋭利な牙が体中を噛みついてくる。肉をえぐる痛みが全身に走った。
「うわぁぁぁ!!!」
「悪いな、魔法使い。俺たちがお前を入れたのはこういうときの囮としてなんだわ」
「な……、に……!?」
「だって『新米冒険者』の、『状態異常付与と弱体化しか使えない魔法使い』とか地雷だろ? そんなの雇うのは俺達みたいなクズくらいだってわかんねぇか?」
「じゃあな。恨むなら使えない魔法覚えた自分を恨むんだな」
格好の餌を得たビートワームは俺に群がり、そこに開いた道からパーティの3人は逃げていく。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!!!
数百を超えるビートワームが群がり、覆いかぶさり、俺はされるがままに肉を抉られる。
窒息しそうなほど覆われ、気絶しそうな痛みのなか、俺の思考は生命の危機を前にして加速する。
何で!?
何でこうなったんだ!?
俺が悪いのか?
…………俺が?
「ふざけるなよ……!」
気づけば困惑は憤怒に変わっていた。
なんで俺がこんな目に合わなきゃならないんだ!
俺はただ『状態異常魔法』の研究をしていただけだ。
他の魔法の才能がなかろうと、魔法使いとしての道がそれだけではないと信じて極めてきた。
その報いがこれか?
気持ちの悪い虫の餌食になって、ダンジョンに骨を晒す――。
そんな最期…………。
受け入れられるかよ!
何もなしてないまま、『落ちこぼれ』のままで終われるか!
こんなところで死んでたまるか……!
俺はこんなところで死ねない!
何もなしてないのに裏切られ続けて転落人生の末に死ぬなんてまっぴらごめんだ!
魔力の限り、ビートワームどもに衰弱の魔法をかけていく。
そしてビートワームの噛む力が弱まった僅かな隙をついて、ありったけの力を振り絞り、ビートワームどもを振りほどく。
「うおぉぉぉ!!!」
そのまま崖の先の虚空まで突進する。
噛まれた跡からどれだけ出血しようと、抉れた肉の合間から骨が見えようがお構いなしだ。
そして虫どもを振り切り。俺は深淵へと墜落。意識も闇へと落ちていく。
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