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このアマはプリーステス  作者: 川口大介
第二章 宗教団体が、いろいろと、企んでる。
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 街外れにあるアルヴェダーユ教団の館。小高い丘の上に位置しているが、元々神殿でもなんでもない、ただの豪邸を教団が買い取ったものだ。だから外観はどこかの金持ちの別荘といった風で、特に宗教的な臭いはない。

 が、一歩中に入ると宗教的な臭いがプンプンしている。そう、お香を焚いているのだ。

 もちろんそれは毒ではない。むしろ心が落ち着いてくるような、涼やかな香りである。

 そんな中で、患者は寝台にうつ伏せに横たわる。そして教祖様の祈りを聞きながら、精神をアルヴェダーユの元へと一時的に預け……帰ってきた時には呪いが解かれている。これがここで行われている、解呪の儀式だ。

 が、その儀式や護符販売などでいつも賑わっているこの館が、今日は静まり返っている。

 白い神官衣に黄金の冠を被った、四十代半ばと見える男――教祖シャンジルは、豪華絢爛な装飾の施された椅子の肘掛けをトントンとつつきながら、苛立たしげに言った。

「カズートスよ。その尼僧の仲間らしいという、魔術師の要求は何だったのだ?」

 シャンジルの前に立つ、シャンジルとよく似た服を着た男が、苦々しい顔をして答える。

「治療をやめて欲しくば、今治療をしている広場に、今夜、誠意を込めた金額を持って来い。そうすれば街から出て行ってやる、と。先程、それだけを喚いて去って行きました」

 シャンジルは眉に皺を寄せて唸った。

「汚らわしいチンピラめが。しかし、治療ができるとなると、ただのチンピラとは思えんな。その魔術師はともかく、実際に治療をしているという尼僧は只者ではない」

「いかが致しましょうか」

「街の者どもの目があるからな。今は何もできまい。今夜、その魔術師を取引の場で捕らえるのだ。それから奴らの素性と目的を吐かせ、今後の方針を考える」

「はっ。では、そのように」

 シャンジルの側近、カズートスは退室した。

 一人になったシャンジルは、忌々しげに腕組みをして呟く。

「どこのどいつか知らんが、忌々しい。どうせわしのことを、古代神などとは無縁な、インチキ新興宗教家だとでも思っておるのだろう。ふん、愚かなことよ」


 公園でのエイユンの治療は、盛況を極めた。なにしろ、今まで人々を苦しめていた強力凶悪な奇病が、まるで風を浴びたススキ野原のように、バタバタと倒されていくのだから。

 簡易寝台に患者を座らせあるいは寝かせ、症状を聞いて体を撫で回し、原因を見つけたら、ひと捻り。それだけだ。何人かは完治に至らず、続けて後日の治療も必要であったが、少なくとも症状の緩和はされている。

 しかも無料だ。特に、ルークスと同じような貧しい人々は涙を流してエイユンを、そして行列整理に走り回るジュンを拝んでいた。二人がルークスと共に街に来た時には、うさん臭げに見ていたというのに。

 が、それをわざわざ謝罪する者も何人かいた。するとエイユンはこう答える。

「お気になさらず。偉大なる古代神アルヴェダーユ様よりお力を授かった、我が神ナリナリー様の愛は、人々を等しく包むのです」

 そう言って慈愛の微笑みを浮かべる女神のような尼僧に、疑いを抱く者はいなかった。

 やがて日が傾き、長く長く続いていた行列も途絶えて、公園から人気が引いていく頃。

 エイユンは肩を回して、息をついていた。

「ふうっ。流石にちょっと、疲れたな」

「お疲れさん。なんなら、肩を揉もうか?」

「ありがとう。では頼もうか」

 寝台に腰掛けたエイユンの後ろに、ジュンが立った。きっちりと襟元の締まった僧衣が目の前にある。

「えっと……」

「ああ、心配せずとも大丈夫だ。服の上からでも効果はある。まさかここで、私が肩をはだけるわけにもいかないだろう」

 ジュンはちょっと想像してしまって、

「あ、それは、それも、そうだな」

「そうとも」

 そんなジュンの反応を楽しみながら、エイユンはジュンの肩揉みに身を委ねた。

 ジュンがエイユンの、細い肩に手をかけて、親指の腹を首の付け根に当てて、自分がされた時のことを思い出しながら螺旋の力を流し込んでいく。

「ふむ、ふむ。初めてにしては上手いな。なかなか素質があるぞ、君は」

「そうか? けど、魔術師の俺に肩揉みの素質があると言われてもなぁ」

「何を言う。今この時、それは充分役立っているだろう。これから先も、どこでどう役に立つか……ん……気持ちいい……ああ、そう、そこを……もう少し強く……」

 何だか悩ましげな声でリクエストしてくるエイユンに、ジュンは言われずとも力を込めてしまう。お世辞でなく本当に上手いらしく、エイユンは痛がることなく受け入れていた。

 しばらくして、指が疲労と痛みを感じてきたので、ジュンは手を放した。

 エイユンは満足げな笑顔で振り向く。

「ありがとう。疲れがすっかり抜けたようだ」

「ど、どういたしまして」

 夕日を浴びて、一日の労働に少し汗を浮かべ、心地よい刺激に弛緩したエイユンの笑顔は、何だか妙に可愛らしい。

 凛々しい美人だとは思っていたが、こんな顔もするんだなと思いながら、ジュンが少し、夕日以外の理由で赤くなる。

「ところでジュン。昼間、一時姿が見えなくなったようだが」

「そりゃあ、だって、一日がかりの仕事だったんだから。俺だって生理現象というものが」

「……」

「な、何だよ。言いたくないけど、エイユンだって何度か行っただろ? 生理現象ぐらい」

「うむ。そこで「言いたくないけど」であるのは褒めよう。しかしな」

 エイユンが、ジュンをじーっと見つめる。

 ジュンは何とか話を逸らそうと記憶を掘り起こして、

「そ、そういえばエイユン、ほら、あの、何か一人だけ、治療に時間をかけてなかったか? あの、ルークスとちょっと似てるというか、ぱっと見た感じ女の子みたいな」

「ああ、いたな。そんな子が」

「あの子だけ随分長いこと、あっちこっち触ってたみたいだけど、それはどうなんだ? 尼僧として。立場を利用して美少年をべたべたと触ることについて」

「む……」

 エイユンは少し考えて、辺りを見渡した。

「……いや、ここで言うのはやめておこう。いずれ君にも解るだろうから」

「そんなもんかね。まあいいや、とにかく今日のところは終わったんだから、ルークスの家に帰ろう」

「そうだな」

 二人は治療に使った簡易寝台を分解し、手分けして持つと、ルークスの家に向かった。

『ふ~、何とかゴマかせたか。教団と取引したなんてバレたら、この不埒者っ! とか言われてボコられるだろうからなぁ。このお堅い尼さんに』

「何か言ったか?」

「い、いや、何も」


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