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このアマはプリーステス  作者: 川口大介
第一章 尼僧は、男の子が好きだから、頑張る。
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「こらこら、静かにしろ。こんな夜中に騒ぐな」

 月と星とに長い黒髪を照らされ、屋根の上に長い杖を突いて、エイユンが立っていた。夜空を背景に立つ彼女はまた一段と美しく、衣装さえ変えてしまえば、まるで淫魔のような妖艶さを魅せてくれそうだ。が、残念ながら胸も腰も腕も脚も完全に覆い隠す僧衣と、それが似合う清冽な美貌が、淫らなことは許さんぞと言っているようでもある。

 そんなエイユンの足元には、気絶している中年男が二人。

「君は冷淡な態度だったが、遠路はるばる追いかけてきてくれた美少年を悪く思う者などおるまい、と思ってな。据え膳食わぬは何とやらという言葉もあるし」

「で? すやすや眠っている可愛いルークスちゃんに、俺が何かするんじゃないかと?」

 ジト目でジュンが言うと、エイユンは力強く頷いた。

「その通りだ。そう思うと居ても立ってもいられなくなってな。そして来てみたら、この二人が君たちの部屋に忍び込もうとしていて」

 ジュンは頭を抱えた。音も立てず気配も感じさせずに二人を倒したエイユン……それは凄いと思う。思うが、しかし。

「訓練を積んだ暗殺者という風ではなかったから、ただの変質者かもしれんな。私が来なかったら、君とルークスの良からぬ場面を覗き見ていたかも。うむ、許せぬ」

「……もう、どこから突っ込んでいいんだか……とりあえずその二人を」

 捕らえて、と言いかけたジュンが振り向いた。ジュンが大騒ぎしたせいだろう、ルークスがいつの間にか起きていた。そして言葉もなく窓の外を見ている。

 ジュンは状況を理解させようと声をかけた。

「えっと。お前どこまで自分のこと覚えてる? 俺と会った後、すぐに眠ってしまって」

「八百屋のおじさん、金物屋のおじさん!」

 ルークスは窓の外、気絶している二人を見て声を上げた。


 ランプの明かりが灯されたジュンの部屋。ジュンがベッドに腰掛け、エイユンがその隣に立ち、ルークスは両膝をついて床を見下ろしている。

 その床に転がっているのは、縛り上げられた八百屋と金物屋のおじさんだ。

「ルークス、お前はまだ疑っているのか! お前だって知ってるだろ! 現に、街を覆う呪いを祓って下さっているではないか! 目を覚ませ!」

「今からでも遅くない! 偉大なるアルヴェダーユ様のご慈悲……」

 他の泊り客に迷惑だ、とエイユンが二人の首筋を親指でグッと押した。すると二人は声も無く気絶し、がくりと首を垂れる。おそらく、屋根の上でやったのもこの技なのだろう。

 静かになった部屋の中、ジュンは重い溜息をついてルークスに言った。

「なあ。お前の街が、妖しげなインチキ新興宗教に染まっちまったってのは解った。にしても、よりにもよってアルヴェダーユかよ。バカバカしい」

「ジュン、知っているのか? そのインチキ神様を」

「いや違う。インチキ神様じゃないから、インチキ宗教団体ってことになるんだ」

 ジュンはエイユンに説明した。

 ジュンのように、【魔力】によって魔術を行使する者は魔術師と呼ばれる。それに対し僧侶と呼ばれる者たちは、【法力】によって法術を行使する。黒い魔力の魔術と、白い法力の法術、黒い魔と白い法との総称が【魔法】だ。

 魔法はそれぞれ、地上界を挟んで位置する魔界・天界に住まう、魔王・神の力を借りるのが基本である。人間にはもともと魔力・法力の両方が微量ずつ備わっている為、それを修行で高めれば魔王や神と繋がることができ、力を借りられるのだ。

 だがそれは、人間から寄せられる信仰心や恐怖心によって誕生し、それらを力の源とする、現代の神や魔王の話。三つの世界そのものを創り上げた、古代の神と魔王は別だ。

 彼らは人間は元より、通常言われている神や魔王とも全く異なるモノであり、地上界でも魔界でも天界でもない、全くの別の次元に存在している。その力は現代の神や魔王とは比較にならぬほど強大で、だから人間の魔術師や僧侶などとは一切関わらない。もし彼らが、人間を通して間接的にでもぶつかり合えば、地上界のみならず魔界や天界さえも危険に晒されるからである。

 そのことは、古代神・古代魔王たち自身がよく解っている。だから彼らは、自分たちは地上界には決して関わらぬと掟を定めた。そして、自分たちが誤って(あるいは不心得者が勝手に)地上界に行ったりせぬよう、地上界を対自分たち用の結界で包んだのである。

「その結界は、いわば目の大きいザルでな。大きいものは通れないが、小さいものは通れる。現代の僧侶や魔術師が、神や魔王を地上に召還したりできるのはそのおかげなんだ」

「異次元にいる古代神や古代魔王に比べれば、天界と魔界にいる現代の神や魔王の力は小さいもの、ということか」

「ああ。で、連中が張った結界がある限り、どんな強力な術者がいても、地上界からは何もできない。古代神・魔王に対しては、召還どころか力を少し借りるのも不可能。の、はずだったんだが」

 太古の伝説によれば、古代神・魔王と密かに契約を結び、結界の穴を潜らせ、力を借りるどころか地上に召還してしまった人間が、ごくごく僅かだがいたらしい。

「で大昔、ジェスビィっていう古代魔王が、地上界で暴れたことがあるんだ。そのジェスビィを鎮める為に、ある僧侶と契約を結んで地上界に降臨し、ジェスビィと戦って倒したとされるのが、古代神アルヴェダーユ」

「ふむ。力も実績も、神を越える神といったところか」

「そうだ。そんな神様が、一宗教団体の金儲け、お布施集めなんかするかっての。本物のバチが当たるぞ、と言いたいが、本物がこんなチャチな事件で地上界に関わるはずがない。つまりアルヴェダーユの名前を出してる時点で、その団体はインチキ確定だ」

 納得したエイユンは、ルークスの方に向き直って聞いた。

「では、その宗教団体のインチキを暴けば、街の皆も目を覚ましてくれる。ということか」

 エイユンの言葉にルークスは頷いて、

「そうです。これにはきっと、何か裏があるはずなんです!」

 ルークスの故郷、デタニの街では少し前から原因不明の奇病が発生しているという。どんな薬も術も効かず、多くの医者や僧侶や魔術師がこの病に挑んだが、何もできなかった。

 そこに現れたのが、アルヴェダーユに選ばれたという男、シャンジルの率いる宗教団体。彼らは祈祷や護符を用いて確かに病を治癒してみせた。高額なお布施と引き換えにだが。

 そして、この奇病は特殊な呪いによるもの、それは古代魔王ジェスビィの呪いであり、対抗できるのは伝説の通り、古代神アルヴェダーユだけだという。

 そしてアルヴェダーユの救いを得る為、高い金を払って入信せよというのだ。

「は。笑っちゃうほど典型的な、インチキ新興宗教の霊感商法だな」 

「……確かに、そやつらはインチキだな。真に偉大な神なら、信者とそれ以外とを差別して、苦しむ人を見捨てたりはするまいに」

 エイユンは静かに、だが怒りを込めた口調で言い切った。

「我が子、我が孫の幸せを願わぬ親などおらぬように。「子孫」の繁栄を願わぬ先祖など、いてたまるものか。先祖の祟りなどと言い出したらインチキ宗教の証明だが、神と人間とて同じことだ。自分を崇めているかどうかというような、浅ましい損得勘定をもって救う救わないと……どうした?」

 ジュンは呆けた顔でエイユンを見ている。

「いや、アンタが随分とまともなこと言ってるから、驚いてしまって」

「失敬な。私を何だと思っていたのだ」

「美少年好きの色ボケ尼僧」

 エイユンの裏拳がジュンの鼻先に叩き込まれた。仰向けにベッドに倒れたジュンの鼻から、たらりと血が出ている。

 その成果を確認しようともせず、エイユンはルークスに向かって力強く言った。

「そういうことなら私も放ってはおけない。人の生きる支えとなるべき宗教を、悪質な金儲けに利用するなど言語道断。そやつらの悪行、私とジュンが打ち砕いてくれよう」

「って、ちょっと待て! 霊感商法のイザコザなんて勘弁してくれ!」

 結構派手に流れ始めた鼻血には構わず、ジュンが体を起こした。

「俺はもっとこう、古代遺跡の禁断の秘術とか、本物の魔王の復活とか、それに絡んで財宝とか美少年とか、そういうのを……とでも言いたげな顔だな」

「何でそこまで具体的に読み取れるのかブキミだけど、あぁそうだよ! 「少年」を「少女」に変えれば大正解だ! 他は全部認めるから、そこだけはいい加減に理解してくれ!」

「考えておいてやろう」

「何で偉そうなんだっ!? とにかく俺は、新興宗教なんてうさん臭いものに関わるのは、」

「あの、ジュンさん。ちょっとすみません」

 ルークスは立ち上がり、ジュンの右手を両手で握った。そして目を閉じ、何やら小声で唱える。

 と、ルークスの全身が淡い光に包まれた。その光は、手を通してジュンの体にも流れていき、まるで水のように染み込んでいった。

「おっ? あ……」

 ジュンが鼻の下を拭うと、もうそれ以上血が出てこない。鼻血が止まったのだ。

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