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このアマはプリーステス  作者: 川口大介
第五章 みんなで、力を合わせて……!
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『……っ……っっ!』

 ジュンは、心の底から理解させられていた。アルヴェダーユの言ったこと、やってのけたことは、ハッタリでも何でもなく完全にその通りであることを。結界を局地的に打ち消して、古代神としての本来の力を取り戻していることを。

 その証拠に、アルヴェダーユは何の術も使わずただそこに居るだけなのに、ジュンは今、苦しんでいる。まるで、鉄の鎧を着て泥沼に立っているかのように、足が地面にずぶずぶと地中に沈んでいく……と錯覚してしまうほどに、重圧感が凄まじい。 

 そしてその重さは、肩や背中などにとどまらず、体の中にまで浸透している。心臓が直接、石のように硬い手で握り締められているような。肺が直接、太い腕で強く締めつけられているような。呼吸や鼓動など生命活動の全てに対して、強烈な圧迫を感じる。空気を吸って吐くことが、まるで重い荷物を上げ下ろししているかのような重労働に思える。

 あの、【従属】状態のジェスビィを相手にした時と同じだ。但し、アルヴェダーユからの援護を受けていなかった時の。援護を受けている間は、こんな圧力は受けずに済んでいた。

 そして当然、今そんな援護は絶対に来ない。

「く、くそぉっ……!」

 ジュンは、鉛どころか大岩のように重い両腕を上げ、剣をまっすぐ垂直に立てた。すると、正面に立つアルヴェダーユから押し寄せてきている重圧、すなわち法力が、ガルナスの剣によって斬り裂かれて自分の左右へと流れ、少し楽になった。

 これでどうにか、呼吸ぐらいは不自由なくできる。だが体の重さは相変わらずだ。

 隣に立っているエイユンを見れば、その全身が鈍い光に包まれている。エイユンの体から発する強い光が、黒い僧衣を貫通して見えているのだ。

 もう見慣れたのでジュンにも解るが、これは気光だ。エイユンが以前説明していたように、気光を外敵に対してぶつけるのではなく、自分の内部に対して使用し、筋肉や神経、おそらく臓器なども強化して、何とか耐えているのだろう。

 だがやはり、エイユンの力をもってしても今のアルヴェダーユに抗するのは困難らしく、眉間に皺、頬に汗、顔全体に苦痛が浮かんでいる。

『あのエイユンが気光を振り絞って、俺は古代魔王の武器で防いで、何とかこのザマ、か……くそ、これでどうやって戦えってんだ……って、そうだソウキとルークス!』

 ジュンは振り向き、後ろを見た。

「……ぅっ、ぐ……!」

「な、ナリナリー様、お力をっっ!」

 ソウキとルークスは支えあって、というより抱き合って耐えていた。ソウキがエイユンと同じように気光を振り絞って重圧に抵抗し、それをルークスにも分け与え、そのソウキをルークスが法術で回復させている。 

 だがジェスビィと戦った時には、古代神アルヴェダーユが直々にソウキを支えて何とかしていたのだ。その代わりを務めるのがルークス一人、しかも守るべき対象は二人、とあっては何もかも足りない。

 しかし、どうしようもない。ここはエイユンと二人で何とか戦うしかない、とジュンが思い、そのことを口にするより早く、エイユンが動いた。

「ソウキ、これを使え! 気光を高める効果がある!」

 エイユンはまるで一枚のマントのように、自分の着ていた僧衣をバサリと脱ぎ捨ててソウキに被せ、着せた。そしてそのまま、二人に何やら耳打ちをする。

 確かにエイユンの言う通りソウキの気光が強化されたらしく、ソウキ自身も、ソウキの気光に守られているルークスも、苦しさに歪みきっていた顔が少し緩やかになっている。

 エイユンに何事か言われた二人は頷き、ふらつきながら走り出した。まだお互いの術による支えは必要らしく、肩を貸し合うような形でくっついたまま、街へと駆けていく。

「エイユン、あの二人を逃がしたのか……ってえぇえぇ!?」

 ジュンの声がひっくり返った。 

 黒い僧衣を脱ぎ捨てたエイユンは今、その脱いだ僧衣と同じ、黒一色の出で立ちになっている。但し今身につけているのは、もちろん僧衣ではない。

 では何かというと。薄くて薄い、紙より薄い、全身にぴったりと張り付く黒いタイツだ。僧衣を着ていた時でさえ目立っていた、並大抵でない量感を誇りつつも重力に逆らって上を向いていた胸が、黒一色のシルエットとなって極端に際立っている。

 強く鍛え抜かれ、それでいて女性らしく細く引き絞られた腕、一片の贅肉もなく締まった腹部、そこから一転して豊かにまん丸く盛り上がる臀部、針でつつけばはちきれそうな太ももなどなど。黒一色のタイツ姿となったエイユンは、女性の体の丸さと柔らかさと弾力を、形としての美しさを、これ以上ないくらいに強調し見せつけている。

 こんな状況でなければ、ジュンは唾を飲み込むことさえ忘れて、ぼうっと見惚れていただろう。いや、こんな状況であるにも関わらず、実際にそうなりかけたのだが、

「そうやって、熱い眼差しを向けてくれるのは嬉しくないわけではないが、」 

 とエイユンに言われて、意識を戻した。

 よく見ればエイユンは、気光を高める効果がある僧衣を脱いだせいか、額、いや顔全体に浮かぶ汗の粒の量が一気に増え、呼吸も荒くなってきている。

「今は残念ながら、嬉しがっている場合ではない。あの二人には現状打破の策を託したから、私たちはここで時を稼ぐぞ」

「えっ?」

 エイユンの言葉に、ジュンは我が耳を疑った。

 おぞましい姿の神獣アルヴェダーユが、美しい声で笑う。

「あっはっはっはっはっ。何ですって? 現状打破? この私を、今更どうこうできると思っているのですか? 一体どうやって?」

「敵を倒す為の策を、敵に説明してやる馬鹿はおるまい」

「なるほど、これは愚問でしたね。まぁいいですよ、説明して下さらなくても。どうせあなたたちの死に変わりはありませんから」

 アルヴェダーユは、爬虫類の肌に猛獣の筋肉を備えた手をジュンたちに向けた。

 それを見てジュンが、

「ええいくっそおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」 

 ガルナスの剣を振りかざして、アルヴェダーユに跳びかかった。アルヴェダーユは掌に法力を宿らせて刃を叩き、弾き返す。

 弾かれ、体勢を崩したジュンは再度挑み、また弾かれ、また挑む。

「エイユンっ! 賭けたぞ、アンタの策に! 時間を稼げば勝てるんだな? ならやってやる! いくら人間用になって弱体化してるといっても、古代魔王の剣でまともに斬られれば、こいつだって無事なはずはない!」

 激しく繰り出されるジュンの攻撃を弾き返すアルヴェダーユの掌は、法力で白く眩しく輝き、刃が激突する度に火花を散らしている。

 ジュンの振るうガルナスの剣は、アルヴェダーユの法力を突き破り、掌を焼き斬って、火傷のような傷をつけていた。が、瞬く間に治癒されてしまって跡形も残らない。法術使いの最高峰であり、治癒術の権化といえる存在なのだから、それも当然だ。

 だが傷をつけることはできるのだから、手や足ではなく首や胸などにザックリといけば、かなりのダメージになるであろうことも確かだ。アルヴェダーユ自身が、余裕をかまして胸を張って斬らせたりはせずに、こうして弾いていることが証拠といえる。

「ふん。確かに、今やこの剣だけが、私に傷を負わせ得る唯一のもの。つまり、私としては注意すべき対象が一つに絞られたということ」

 ジュンの攻撃を弾きながら、アルヴェダーユは己が優位を語る。

「この剣だけに集中して防御し、遠からずあなたの体力が尽きたところで、あなたを殺す。それで終わりですよ。時間稼ぎなんていくらしたところで、この状況を覆すことは」

「伏せろジュンっっ!」

 突然聞こえたエイユンの、切羽詰った叫び声に、ジュンは反射的に言われた通りにした。剣を握ったまま伏せ、伏せたまま振り向く。 

 エイユンが、両脚を大きく左右に広げ、両腕は大きく上下に広げて立っていた。 

 足の裏で地面を掴み取るかのようにしっかりと踏ん張っているエイユンの目の前に、輝く光の円ができている。両腕を縦に一杯に伸ばした、その直径の円だ。

 前にソウキと戦った時、杖の先端に灯した光。ジェスビィと戦った時、拳に宿していた光。それらよりもずっと強く眩しく熱い光が、それらとは比較にならぬ大きさで、エイユンの目の前に展開されている。 

 間違いない、気光だ。 

「光おおおおおおおおぉぉぉぉ!」

 エイユンは気合と共に、

「破ああああああああぁぁぁぁっっ!」

 気光を撃ち放った。エイユンの脚力をもってしても抑えきれない反動が、しっかりと前傾して両脚を踏ん張っているエイユンの体を、後方へ押し流して地面に二本の溝を刻む。

 極太の光の帯、輝く怒涛が、地面に伏せたジュンの上を越えてアルヴェダーユを襲った。

「ぐっっっっ!」

 アルヴェダーユは法力を帯びた両掌を突き出して盾とした。が、圧力に耐え切れずにどんどん押されてしまい、受けきれなくなって体勢変更、両腕を交差させてそこに法力を集中させ、どうにか受け止めた。

 それでもまだエイユンの気光は止まらない。自身の身長とほぼ同じ直径の気光の滝を、絶え間なく放ち続けている。その力は、確実にアルヴェダーユを押している。 

 アルヴェダーユの顔に、明らかな焦りが浮かぶ。余裕がない。


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