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このアマはプリーステス  作者: 川口大介
第一章 尼僧は、男の子が好きだから、頑張る。
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 しかし、英雄がどうの正義がどうのという話はともかく。山賊団のアジトを壊滅させた後、お宝を全て騎士団に届けてしまうというのは非常識だ。いくら聖職者でも、そう、一般的な冒険者パーティーに参加している僧侶だって、普通こういう場合は自分たちの懐に入れるだろう。が、今更それを言っても仕方ないので言わないことにして、ジュンは再び遠慮なくがつがつと食べ始めた。エイユンもペースこそ遅いが、ジュンに劣らぬ量を食べていく。

 野菜を肉を魚をデザートを食べて、ふう、と二人は一息ついた。

「さてと。じゃあ約束通り勘定は任せるぜ」

「ああ。だが待て、別れる前にもう一つ。無報酬だったのだし、もう少し礼をさせてくれ」

「ん? 礼って何を……お、おいっ?」

 エイユンは立ち上がって、ジュンの後ろに廻った。そしてジュンの肩当てを外し、首の付け根辺りから指を這わせ入れる。エイユンの細くしなやかな指が、襟元から入り込んでジュンの素肌を這った。

『お、おいおいっ! ままままさか、こんなところでっ?』

 確かにエイユンは美人だし色っぽいし、大歓迎ではあるけどいくらなんでも大胆すぎ……とジュンがどぎまぎしていると、

「ほら、力を抜いて。深呼吸をしてみろ」

 エイユンの両手は、ジュンの両肩に置かれたところで止まっている。ジュンはまだ緊張しているが、言われるままに一つ二つと深呼吸をして、力を抜いてみた。

 そうして下がったジュンの肩を、エイユンは両手でぐっと掴んだ。親指の腹をジュンの首の付け根に当てて力を込め、左右同時に外から内へと円を描くようにして、他の四本は軽く添える程度にして。

 するとジュンの首、肩、そして背中の上部に、エイユンの親指が送り込む力が、ぐるぐると螺旋を描いて入り込んでいった。その力は、ジュンの首、肩、背中に凝り固まっていた何かをゆっくりと溶かしていく。

 親指の力は徐々に増していき、通常なら痛みを感じる程に強くなっていった。だがジュンに触れているエイユンの掌が、ジュンの肩全体を人肌の温度で暖め、まるで湯に浸かっているような感覚を与えている。それが痛みを痛みと感じさせず、逆に心地よさとなってジュンの肩から背中へと広がり、下は腰、上は頭の中にまで、じんわりと伝わっていく。

 なんだか、このまま眠ってしまいたくなってきて……

「……どうだ?」

 唐突に、エイユンの手が離れた。あやうく、テーブルに突っ伏してイビキをかきそうになっていたジュンが意識を取り戻して、

「っ、と、あ、え、えと、」

「肩はまだ痛むか?」

 言われて、ジュンは両肩を上げ下げしてみた。完治とまでは言わないが、信じられないほど痛みは消えている。

 いや、痛みだけではない。筋肉が固まってしまったような感覚もあったのだが、見事に消え失せている。今、感じていた通り、エイユンの指と掌の暖かさと、あの螺旋状に伝わる何かで溶かされてしまったような。

「こ、これは?」

「この大陸の僧侶たちが使う、治癒の術とはちょっと違うだろう? これは【肩揉み】というものでな。遠い東の、私の国では一般的な治療術だ」

 エイユンが言うには、ジュンが感じていた痛みや固まった感覚は、肩こりという一種の病気で、無理に重い荷物を担いだりすると起こるものらしい。

 それを今の、親指を廻す運動で筋肉を解きほぐし、血の流れを整えて治したとのこと。

「これは力で揉むだけではなく、人の手で、人の体温で程よく暖めることによって得られる精神的な弛緩も重要なんだ。これを【手当て】という」

「へえ。手当て、か」

「少し驚かせたか。君が、あんまり辛そうにしていたので、放っておけなくてな」

「え?」

「ふふ。隠しているつもりだったようだが、私の目はごまかせないぞ。あ、いや、この場合、肩こりを隠すのはいいことだと思う。それはそれで、男の子らしい意地だからな」

 エイユンは、またしても嬉しそうに微笑んで言う。遠い東方から来たというこの尼さんは、どうもこの……いろんな意味で個性的だ。

 そうやってジュンが言葉を失っている間に、エイユンはウェイトレスを呼んで勘定を済ませてしまった。

「では、名残惜しいがここらで別れるとしようか。ジュン、今回の荷運びは本当に助かったぞ。縁があったらまた会おう」

「あ、ああ」

 ぼうっとした顔で座ったまま、ジュンは店を出て行くエイユンの後姿を見送る。

 肩にはエイユンの感触……親指が回る力の螺旋と、柔らかな掌の温もりが残っていた。


 夜。ジュンは、いろいろ亭三号店(五号店からは少し遠い)の二階、宿の部屋にいた。特に当てのない旅をしているジュンが、今拠点にしているのがここだ。

 マントを外し、ベッドの上に腰を下ろして、今回の仕事のことを思い出す。収入にはならなかったが、印象深い一件であった。

「エイユン、か」

 当分は忘れられそうにない、この名前。せっかく手にしたお宝を騎士団に届けてしまう真面目さといい、バケモノじみた強さといい、只者ではない。

 やたら男の子のことに拘る趣味(?)といい、別れ際のあの肩揉みといい……やっぱり只者ではない。

 ジュンは、あの美貌の尼僧を思い出す。そう、とりあえず彼女は並外れた美人なのだ。

『でも、並外れて真面目な尼さんだからな。あれじゃ何があっても、色っぽい展開にはならなさそうだよなあ。でも、案外俺に気があって追いかけて来たりして……なんてな』

 などと思いながら部屋のドアを見ると、そのドアが外からノックされた。

「ジュン、いるか?」

 ジュンは頭の中を沸騰させながら立ち上がり、だがすぐ腰が抜けて転んでしまった。

 今聞こえた女性の声は、その、つまり、ドアの向こうでノックしているのは、

「エ、エイユン? 何でここに!?」

「入っていいか」

「い、いいけど」

 ドアを開けて入ってきたのは、黒衣黒髪に長い杖を突いた尼僧。本当にエイユンだ。

 見れば、うっすらと汗をかいて頬を紅潮させている。僅かながら息も切らせている。

「やっと会えた……街中捜したぞ」

「え。捜したって、俺を?」

「もちろんだ」

 この広い街には、数えきれないほどの宿がある。この宿を突き止めるのはかなり大変だったはずだ。あのエイユンが汗をかいて息を切らせているというのも頷ける。

 そしてそれは、そうまでして一刻も早くジュンに会いたかった、という証拠でもある。

『もしかして本当に俺のことを? で追いかけて来たってのか?』

「いやあ、見つかって良かった。もう他の街へ行っているのではと、気が気でなかった」

「そ、そうか」

「では、ここで待っていてくれるか。すぐ連れて来るから」

 と言ってエイユンは、ジュンに背を向けた。

 へ? となったジュンが声をかけようとするとエイユンは振り向いて、

「おっと、すまない。説明してなかったな。実は君と別れてすぐ、君を捜して他の街から来たという子に会ってな。それでその子の為に、君を捜していたんだ」

「え? あ、ああ。そういうこと」

「そうだ。だから、ここで待っていてくれ。その子を連れて来る」

 エイユンは、ぱたぱたと宿の階段を駆け下りていった。


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