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このアマはプリーステス  作者: 川口大介
第四章 黒幕が、とうとう、牙を剥く。
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「……! ……っ……」

「口も麻痺してきたみたいだな。指なんかもう全然動かないだろ。秘伝の万能解毒剤なんかを持ってても、それを飲むこともできない。我ながら卑怯だと思うけど、勘弁してくれ」

 ジュンは立ち上がった。

「契約に成功したら、戻ってきて解毒剤をやるよ。古代魔王ガルナスと、それを従えた俺と、気光を使えるアンタとの三人なら、アルヴェダーユ一人には勝てるだろう。だけど、契約に失敗したら……朝日が昇る頃には、その薬の効き目は消えるから。逃げてくれ」

 ジュンが部屋の出口に向かう。エイユンは、声も出せず寝返り一つ打てず、歯を食いしばって何とか首を捻り、視線をジュンの背中に突き刺すことしかできない。

 その視線も、濡れて歪んで、ジュンの後ろ姿がゆらゆら揺れている。よく見えない。

「しっかし、何でこんなことになったのかね、我ながら。そりゃまあ正義の味方にも憧れはするけれど、財宝や美少女なんかの方をメインに追及してるつもりだったのにな」

 振り向かず、頭を掻きながら、ジュンは肩をすくめた。

「でもやっぱりほら、ここで逃げるのは流石にカッコ悪すぎるし。アンタは好きなんだろ? こういう、男の子らしい意地ってやつ。だったらここは大人しく、護られるお姫様しててくれ。今、俺主演の物語の中で、アンタは間違いなくヒロインなんだからさ」  

「……っ! ……っ!」

「さんざんいろいろ振り回されて。迷惑だと本気で思いつつも、同時に心のどこかで楽しんでもいた、と思う。アンタにカッコ悪い姿を見せたくないって気持ちが、その証拠かな」

「……」

「じゃあな、クソ真面目だけど煩悩まみれな尼さん。再会できたら、一服盛った卑怯者の俺のこと、足蹴にしてくれていいよ」

 ドアが閉じられ、濡れて揺れていたエイユンの視界から、ジュンの姿が完全に消えた。


 シャンジルの館跡の台地とは別方向にある、街外れの空き地。

 今、街のほぼ全員が台地の方を向いている為、こちらは誰の注目も受けていない。

 その場所で、魔法陣が一つ、土の上に描かれていた。シャンジルの館の地下にあった、ジェスビィのものと比べると遥かに小さい。十分の一にも満たないだろう。

 そんな小さなものだから、ジュン一人でも簡単に描けた。魔力の込められた宝石や短剣などの儀式用品を定められた位置に設置して、準備完了だ。

『儀式は簡単、費用も安く済む。挑戦者をできるだけ多く集めたいから、古代魔王である自分が努力して、人間側の負担を減らしたってことなんだろうが……』

 だったら契約条件をもっと楽にしろ、とは言えない。もしそれで、先に誰かが契約できていたら、今ジュンにチャンスはなかったのだ。魂を永遠に捧げる、というのだから。

 条件が厳しいから誰も達成できなかった。だから今、ジュンに僅かながら可能性が残されている。そんな、命を賭けたギャンブルに勝てば、古代魔王の永遠の助力が得られる。ハイリスクハイリターンの極みである。  

 長い歴史の中、無謀にもこの契約に挑戦して敗れ、死んだ者もいると伝えられている。そしてその中に、ジュンの名が加わるか。あるいは、史上初の快挙を成し遂げるか。

『もし、この契約に成功すれば、ほぼ確実に古代神アルヴェダーユの打倒もついてくる。歴史的大英雄、伝説的大魔術師になれる未曾有のチャンスだぜ、なあ俺?』

 普段のジュンなら絶対に考えないような大それたことを考えて、ムリヤリに気分を引きずり上げる。

 そうでもしないと、恐怖で全身から力が抜け、立っていられなくなるから。

「さて、いくぞ……!」

 深呼吸をして、魔法陣の中央に立ち、ジュンは呪文の詠唱を始めた。魔力を高め、魔術へと練り上げ、魔法陣に注いでいく。魔法陣は光を帯び、満月のように辺りを照らした。

 魔法陣そのものの形で地面から空へ、光の柱が立ち昇る。それが回転を始め、みるみる内に速度を上げていく。やがて竜巻さながらの勢いを得たところで、柱は一瞬にして絞られ、細く凝縮されて消えた。それと入れ違いに、夜空に巨大な人影が立っている。

 見上げるジュンの目には、全身黒ずくめのその姿ははっきりとは見えない。

「待ちかねたぞ。このガルナスに挑む、勇敢なる者よ」

 地から響くような、というより大地そのもののように重々しい、威厳に満ち溢れた声。

 黒い人影、ガルナスはゆっくりと降下してきた。そしてジュンの目の前、数歩の距離を置いた場所に音もなく立つ。 

 数歩、というのはジュン基準での話で、ガルナスならばせいぜい半歩であろう。なにしろガルナスは、ジュンの丸々二倍はある巨人なのだ。

 それが、漆黒の鎧に身を包み、ジュンの背丈よりも長い剣を腰に差して、ジュンを見下ろしている。流石に、威圧感が半端ではない。

 だが、やはり【従属】にはなっていないからか、ジェスビィのように重圧となるほどの魔力は感じられない。とはいえそれでも古代魔王、内包する魔力が人間の比ではないことは、向かい合っているだけで充分に伝わってくる。

 つまり、自分より遥かに格上の相手であると、ジュンは心の底から納得できている。

『……ま、それぐらいの力がないと、対アルヴェダーユ戦に希望が持てないってもんだ』

「我をこうして招いた以上、条件は解っていると思うが、確認しておくぞ。我はこの剣をもって、この剣のみで戦う。それを破り、お前がこの剣を手にできれば、お前の勝ちだ」

 ガルナスが腰の剣を抜いた。片刃で分厚い、鋭さよりも重さで叩き斬るタイプの、剣というより斧や鉈に近いシロモノだ。

 もっとも、この大きさでは刃物だろうと鈍器だろうと、一撃食らえばほぼ確実に死ぬ。刃側でも峰側でも、どうせガードなんかできないのだから、片刃であることに意味はない。ジュンとしては、剣が届かない距離を保って魔術で戦うしかないのだ。

 剣を奪う必要がある以上、幻術で惑わすなどの手段もほぼ無意味と言える。そんな術が仮に効いたとしても、ガルナスはただ、剣をしっかりと握り締めていればいいのだから。

『あの、握っている手に攻撃を集中させて、剣を落とさせる。それしかないな』   

 ジュンはガルナスの右手、指の一本一本をじっと睨んだ。一撃で決めるのはまず不可能だから、連撃の一点集中でダメージの蓄積を狙う。

 ガルナスも、ジュンがそうするしかないのは百も承知だろうが、それに賭けるしかない。

「勇敢なる者よ。名は何という?」

 ガルナスがジュンを見下ろして問いかける。

「ジュン。フィルドライ=ジュンだ」

 ぐっ、と握った拳に、ジュンは覚悟と魔力を込めた。

「覚えたぞ。さあ、来るがいい魔術師ジュンよ! この古代魔王ガルナスが、騎士として永遠に魂を捧げるに足る強き者であることを、己が命を賭して証明せよ!」

「解ってる! その、永遠に魂を捧げるって契約、忘れるなよ!」

 言いながら、ジュンは両手から電撃を奔らせた。右と左から、それぞれ無数に枝分かれした電撃が、長い糸のように、ガルナスの剣を持つ手に向かう。ガルナスの手、その指に、蚕の繭のように分厚く電撃を絡みつかせ、一気に炸裂させて大ダメージ! のつもりだったのだが、

「ふんっ!」 

 ガルナスの剣が左右に閃き、電撃の糸はバラバラにされて消滅した。

 古代魔王の持つ剣だけあって、やはり強大な魔力を帯びているらしい。

「この程度か? 我を失望させるでないぞ!」 

 星明りを遮るように上げられた漆黒の巨大な刃が、天から降ってきた。唸りと共にジュンの頭上に、殺気などという言葉では足りない威圧と、風圧をもって、振り下ろされる。

 ジュンは、どうせ一発二発では効かないだろうと構えていたので、何とか回避することができた。だがそれを追うように、土砂の雨、地面の破片が横殴りに浴びせられ、これはまともに受けてしまう。

 魔術による爆破ではなく、純粋に刃が地面に叩きつけられただけだ。が、その剣の巨大さとガルナスの腕力により、地面を叩くだけで事実上、爆発が起こるのである。

 追撃は来なかったので、ダメージを受け体勢を崩しつつも、ジュンは何とかその場に踏みとどまることができた。だが無数の石と重い土砂に打たれ、開始早々に痛手を負ってしまっている。

「こっちはか弱い人間なんだから、ちょっとは手加減してほしいな騎士様よ」

「何を言うか。戦いにおいて手加減をするのは、騎士らしからぬ無礼な行いぞ。よって我は全力を尽くす。さあ、ゆくぞ! 我が剣を受けてみよ!」


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