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このアマはプリーステス  作者: 川口大介
第三章 魔術師も、覚悟を決めて、戦う。
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 とりあえず、どうせ他に打つ手はないので、ジュンはエイユンの言った通りにしてみた。

 すると、ジェスビィがあからさまな動揺を見せた。

「き、貴様! 今すぐソウキから離れろ! その薄汚い手で髪の毛一本ほどの傷でも付け、あ、ま、待て! 早まるな! とりあえず、そのナイフを下ろせ!」

「……え?」

「……え?」

「……え?」

 ソウキにナイフを突きつけているジュンが、突きつけられているソウキが、その中にいるアルヴェダーユが、揃ってマヌケな声を出す。

 滑稽なほど取り乱すジェスビィ、それを見て困惑する三人。

 今この時、全力で戦闘行為をできたのは、この場に一人しかいなかった。

「隙ありいいいいぃぃぃぃっ!」

 確かな隙を確認し、落ち着いて呼吸を整え気を練り込んで、強く眩しく真っ白に輝かせた拳を、エイユンはジェスビィの無防備な背中に叩き込んだ。 

 大きな爆破音と共に、ジェスビィの背中で生じた衝撃の波紋が周囲を薙ぐ。豪快に吹っ飛ばされるとはいかないまでも、弓のように背を反らせたジェスビィが、苦悶の悲鳴を上げてたたらを踏む。

 打たれた背からもうもうと煙を上げながら、ジェスビィが悪鬼の形相で振り向き、エイユンを睨む。と同時に、その煙の真っ只中に、背後から飛んで来た火の玉が命中、爆発!

「幼児でも、裏口から忍び込んで放火すれば火事を起こせるってか!」

「ソウキ、今です! あなたは全力で気を高めて、私にその身を預けて下さい!」

「はいっ!」

「ジュン、やるぞ!」

「おおっ!」

 ジュンは、ここを先途と火の玉を撃ちまくる。ジェスビィは、目の前から襲ってくる気光の拳の連打を防ぎながら、反対側から来るジュンの術も弾かねばならなくなった。

「こ、小癪なっ……!」

 エイユンの渾身の気光で受けた背中のダメージは、流石に浅くはない。さしものジェスビィも、今は二人の攻撃に対して余裕綽々ではいられない。その為、背中の傷がなかなか回復しない。

 それでもやはり古代魔王、少しずつだが立ち上る煙が減っていく。これが回復しきれば、またジュンもエイユンもあっさり弾き飛ばされるだろう。そうなれば、怒りを買った今度は、さっきのように放ってはおかれず、すぐトドメを刺されるに違いない。

 そうはさせまいと、ジュンもエイユンも攻撃の手を緩めない。そこに、無念無想で気を高め、内から来るアルヴェダーユの法力に全てを委ねたソウキの攻撃が加わる。

「ジェスビィ、覚悟おおおおぉぉぉぉっ!」

 ソウキの、迸るような気光の弾が、一直線に撃ち放たれた。

 喰らってたまるかとばかりに、ジェスビィはジュンとエイユンの攻撃を弾きながらも、ソウキの攻撃に対して防御をするべく待ち構える。が、

「! な、何だとぉぉ!?」 

 ソウキの放った気光は、ジェスビィの横をすり抜けて違う標的……炎のドームを貫いた。

 それは、【従属】状態にいるジェスビィより明らかに劣る、【契約】状態のアルヴェダーユには壊せぬもの。だがそのアルヴェダーユの助力を受けた、気光の達人なら壊せるもの。

 それは、ジェスビィが何よりも優先して守っていたもの。だがそのジェスビィとて、多重に裏をかかれて怒りや焦りやダメージがあっては、守りきれぬこともあるもの。

 それは、ジェスビィの創った炎の結界。その中にはシャンジルがいる。

「……が、がふっ……ぐぁ……ぐ……!」

 結界は、強い風を受けたロウソクの火のようにゆらめき、そして消えた。

 その後に残されたのは、倒れているシャンジルのみ。ジェスビィの手によって重傷を負わされていたが、明らかにそれとは違う、丸く大きな穴が胴体に一つある。そしてその穴から幾筋かの湯気が、と思ったらその湯気はどんどん増えて全身から立ち上り、皮膚が肉がまるでシチューのようにグツグツと煮立っていく。

 あっという間に、シャンジルの体は溶け、煮沸され、跡形なく蒸発した。

「えっ……ぼ、僕が……?」

 アルヴェダーユに預けていた肉体の操作を返されたソウキが、自分の手をじっと見る。

 今、ソウキはアルヴェダーユに言われた通りただただ気を高め、そしてアルヴェダーユに身を預けた。アルヴェダーユに操られるまま、アルヴェダーユの力を借りて極限まで高められた気光の弾を撃ち放った。その標的は、てっきりジェスビィだと思っていたが、違っていた。シャンジルだったのだ。

 そう。身を預けた、操られた、と言っても、撃ったのはソウキだ。ソウキがシャンジルを、人間を殺したのだ。それも、常軌を逸した凄惨な殺し方で。

「ほら、御覧なさいソウキ!」

 困惑し愕然としていたソウキの意識を、アルヴェダーユの声が揺さぶり起こした。起こされたソウキが、俯いていた姿勢を戻して正面を見ると、

「ううううぅぅああああああああぁぁぁぁっっ!」

 ジェスビィが吼えていた。天を仰ぎ、宙を掻き、窒息しているかのように苦しんでいる。

 だが実際には、彼女の周囲から空気がなくなったわけではない。目に見える変化といえば、水中で漂っているかのように波打っていた髪が、今は降りてしまっている。重力に従って下を向き、普通の人間のように背中に沿って垂らされている。

 そしてもう一つ。ジュンとエイユンの体を包んでいた、淡い光が消えた。これはアルヴェダーユが、二人を内から支える為にかけていた法術の光だ。それが消えた。アルヴェダーユが、もう必要ないと判断して消したのだ。

 その、アルヴェダーユの支えがなくなっても、二人は何ともない。むしろ体が軽い。背負わされていた重荷が、綺麗さっぱりなくなってしまったような。いや、「ような」ではない。実際に消えたのだ。

 ジェスビィの、現に目の当たりにして尚、想像もつかないほど絶望的に膨大だった魔力が、縮小されている。間違いない、シャンジルの死により【従属】が解除されたのだ。

「よぉし! これならやれるぞ! エイユン、ひとまずソウキのことは後にしろ!」

「っ、わ、わかった!」 

 シャンジルを、つまり人間を殺した事実に愕然となっていたソウキに、エイユンは何か言葉をかけようとしていた。その気持ちはジュンにもわかる。 

 だが今は、ソウキには悪いがそれどころではない。万が一、何か特別な手段でまたジェスビィが【従属】状態になってしまわない内に。今、千載一遇のこの時、古代魔王ジェスビィを倒せるかもしれないチャンスを、逃してはならない!

「なめるなああああぁぁ! 少しばかり力を封じられようとも、それでも私は古代魔王だ! 貴様ら人間如きが、私に敵うと思うてか!」

 激昂したジェスビィが、両手を振るって風と炎の嵐を放つ。確かに凄まじい威力だが、以前に比べれば格段に弱っている。無論、弱っているとはいえ人間の域は遥かに超えている。余裕がなくなり手加減していない分、ヘタをすると以前のこれより強いかもしれない。

 が、【従属】状態ではなくなり、魔力の圧力がなくなったことで、ジュンたちには大きなプラスがある。

「人間が敵わずとも、私ならば!」

 ソウキの体から、純白の髪をなびかせ薄く透ける衣を纏った、女神のような美女が飛び出した。いや、彼女は文字通りそのものの女神、古代神アルヴェダーユだ。

 アルヴェダーユもジェスビィ同様に両腕を振り、こちらは風と光の嵐を撃ち出した。ジェスビィの炎とアルヴェダーユの光が、ジェスビィの魔力とアルヴェダーユの法力が正面衝突する。

 二つの力がぶつかった瞬間、猛烈な竜巻がジュン、エイユン、ソウキを吹き飛ばしかけたが、それは一瞬のこと。すぐに、二つの力は見事に相殺しあって、周囲にはそよ風一つ吹かなくなった。炎と光が吐き出されてはぶつかって消滅、ぶつかって消滅、を繰り返す為、この地下空洞内に、まるで太陽がいくつもできたかのような眩しさだ。が、それだけ。眩しいだけだ。

 ジェスビィの全ての攻撃を、アルヴェダーユが受け止め防ぎきっている。二人は全くの互角、天秤は釣り合っている。つまり、

「今だいくぞおおおおぉぉ!」

「覚悟しろ、欲に溺れた悪霊め!」

「ジェスビィ! お前との因縁、ここで絶つ!」

 ジュンの魔術が、灼熱の竜となって飛ぶ。エイユンとソウキの気光が、輝く怒涛となって放たれる。渾身の一撃が三人分、アルヴェダーユとの戦いで手一杯のジェスビィに殺到し、命中!

 それでもまだ、古代魔王ジェスビィにとっては致命傷ではなかった。だが渾身の一撃、いや三撃によって魔術への集中が乱れてしまう。その隙を古代神アルヴェダーユは逃しはしない。

「終わりです、ジェスビィ!」

 アルヴェダーユの全身から法力が溢れ出し、それが集約され、一本の槍となって、炎と光が渦巻く空間を貫いて飛び、ジェスビィの胸に深々と突き立った。

 それで完全に術を途絶えさせてしまったジェスビイを、更なるアルヴェダーユの追撃が捕らえる。濁流の中の木の葉の如く、あるいは波に洗われる砂の城の如く。ジェスビィはその肉体も魔力も、アルヴェダーユによって押し流され吹き飛ばされた。

「ァァアアアアアアアアァァァァァァァァ……!」 

 恐ろしくも美しかったジェスビィの姿が干からび、崩れ去り、灰になったかと思うとそのまま、溶けるように跡形なく消え失せていく。

 筆舌に尽くしがたい、莫大膨大な魔力を持っていることを除けば、人間の美女の姿をしていたジェスビィ。それが、瞬く間にミイラとなり粉砕され消滅した。

 その過程の中、ジュンは見た。ジェスビィの目に宿っていた、アルヴェダーユへの強い憎悪と、ソウキへの……何と言えばいいのかわからないが、とにかく深い思念を。憎悪でも怨念でも親愛でも慕情でもない、それらのどれでもないが確かに底知れぬ何かを、ジェスビィはソウキに向けていた。


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