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このアマはプリーステス  作者: 川口大介
第三章 魔術師も、覚悟を決めて、戦う。
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「ジュン?」

 ジュンは疑念ではなく確信を込めた声を上げた。

 エイユンが、どうしたと聞くより早くジュンが言う。

「あいつが唱えている呪文、最初は俺の全然知らない、古代法術のものだと思った。だったら、俺には理解できない内容だ。けど今、少しだが理解できてしまった。となるとあれは、【俺の全然知らない古代法術】のはずがない。【俺でも少しは知ってる古代魔術】だ!」

 シャンジルのやっている儀式が、法術ではなくて魔術。つまり、古代神に関するものではなくて古代魔王に関するもの。そんなことができるシャンジルが、僧侶であるはずがない。間違いなく魔術師であり、古代魔王の関係者だ。

 この状況で、古代魔王の関係者、ということは!

「じょっ、冗談じゃないっ! ソウキ、そいつから離れろ!」

 ジュンは、両掌から火の玉を乱射した。それらはバラバラに渦を巻きながら、シャンジルへと殺到する。全弾命中すれば、シャンジル自身より大きな岩でも粉々になる、つまり重傷では済まない術だ。だが、手加減する余裕は今のジュンにはなかった。自分の推測が正しければ、いや間違いなく正しいその推測によれば、シャンジルの術を完成させたらとんでもないことになるからだ。

 ソウキは、ジュンの叫びと、ジュンの放った術とに反応して、逃げるように後退した。シャンジルは呪文を途切れさせることなく、懐から折りたたんだ紙を取り出す。

 一見、ただの古びた紙に見えたそれは、一瞬にして広げられると異様な大きさになった。まるでシャンジルの体をすっぽりと覆うマントだ、と見えたと同時にジュンの放った火の玉がそこに次々と着弾、爆発爆発爆発爆発した。

 近くにいたソウキはもちろん、離れていたジュンとエイユンにも届いた爆風、爆煙が治まってみると……シャンジルは、全く変わらぬ様子でそこにいた。

 あの、大きく広がった紙が、ジュンの術を防いでしまったらしい。ジュンから見るとシャンジルの体を完全に隠しているそれには、焦げ目一つ付いていない。複雑な紋様、細かな文字が書き込まれたその紙が何なのか、ジュンには解っている。

『そりゃあ、古代魔王との契約書だもんな。連中が簡単に破り捨ててしまえるような、ヤワな物ではない。俺なんかの力でどうこうできるはずが……知ってるよ、くそっ!』

 ジュンは走った。魔法陣に入り、シャンジルに向かっていく。魔術が通じないなら、力ずくで術を阻止するしかない。

「ソウキ! エイユン! 手伝え! こいつは……」

「古の契約に従い、今新たな主人たるこの我に従属し、我が元へと来たれ! 汝、古代魔王ジェスビィ!」

 そのシャンジルの声とともに、シャンジルが持つ紙=契約書を中心にして、凄まじい突風が吹き荒れた。

 ジュンもエイユンも、飛ばされないように両足でしっかりと踏ん張るが、前を見ることさえ苦しい。二人ともこの現象、そしてこの感覚には覚えがあった。

 ジェスビィが、ソウキの表に出てきた時と似ている。そして、あの時よりもずっと強い。 

「ぅあぅっ……く、ぐっ!」

 魔法陣の中のソウキは、吹き飛ばされそうな様子は全くなく、立っている。だが何やら苦しんでいる。謎の突風、いや、魔の圧力が吹き荒れているので判り辛いが、どうやらソウキもまた、シャンジルの契約書と同じく、圧力の中心となっているようだ。

 それも道理であろう。この膨大な魔力の源は、ソウキの中にいる古代魔王ジェスビィなのだから。そして、それが今、

「オオオオオオオオォォォォォォォォ……」

 ジュンたちの前に出てきた。だがあの時のようにソウキの頭上にではなく、真正面に。まるで、ソウキというドアをくぐったように、ソウキに背を向けて歩くように出現した。そして二本の足で、大地に降り立つ。

 血よりも紅い、真紅の髪。同じ色の瞳。同じ色の、薄く透けるドレスの下には、妖艶な肢体がある。

 冷たさが滲み出ている、どころか溢れ出ているが、それでも人間離れした美しさは認めざるを得ない、凄絶なまでの美女。唯一、素直に美しいと言えない点があるとすれば、髪の動きだ。まるで海中にいるかのように広がり、うねっている。

 自らの肉体から絶えず放射される、巨大過ぎる魔力に煽られているのだろうか。そんな髪を揺らして、ゆっくりと彼女は、周囲を睥睨した。

 従属の儀式により、地上の生物(人間)の姿となって降臨した古代魔王、ジェスビイだ。

「ソウキ……アルヴェダーユ……そして、人間ども……」

 ソウキを見、その中のアルヴェダーユを見、ジュンとエイユンを見て、最後にジェスビィは、振り向いてシャンジルを見た。

「口惜しいっ……結局、貴様らの思い通りになったというわけか……!」

 歯軋りしながら、ジェスビィは唸るように言った。だがどれほど表情を歪めても、いや、むしろ怒りの表情が似合うその鋭い美貌には、たとえ魔力がなかったとしても、周囲を圧するものがある。

 その呪縛を最初に破り、動いたのはジュンだった。ソウキの肩を掴んで振り向かせると、その胸の奥に向かって怒鳴りつけた。

「おい、アルヴェダーユ! これはどういうことだっ! アンタは俺たちを、そしてソウキまでをも騙したのかっ? この状況は、どう考えたってそれしかないぞ!」

 ソウキの中から、姿は見せずにアルヴェダーユの声だけが聞こえてくる。

「そう、騙したのです。シャンジルはかつてジェスビィと【契約】した魔術師の子孫。そしてソウキは、カレーゾと共に戦った者ではなく、カレーゾ本人の末裔なのです」

 やはり本当に知らなかったらしく、ソウキは声もなく(自分の中のアルヴェダーユに向かって)目を丸くしている。

「封印の術はカレーゾが、ジェスビィを何としても己が魂の檻に留めんとしたもの。永い年月で弱っているとはいえ、まだまだ私にもジェスビィにも解けない、強力な術です。それを解き、ジェスビィをソウキから完全に追い出す手段は、一つしかありませんでした」

 続く言葉が解っているので、ソウキもジュンも言葉を失っている。そんな二人の後ろから、エイユンがぽつりと言った。

「シャンジルにジェスビィを【従属】させて、ジェスビィの力を増し、シャンジルの命令でジェスビィに術を破らせる、か」

「はい。シャンジルの教団経営も、私の儀式ではなくジェスビィの儀式の為でした。しかし、それを説明していたら、あなたたちはこの戦いに協力してくれましたか?」

 その言葉に押し出されるように、ジュンの口から言葉が出る。

「んなわけねぇだろ! 【従属】状態のジェスビィっていったら、もう完全に伝説そのもの、世界を崩壊させかけた存在! それに対してアンタは、当時より弱い【契約】状態! これじゃ話が違う、違い過ぎる! どう考えても俺らの方が圧倒的に不利だぞ!」

 エイユンが少しだけ考えて、言った。

「……ソウキを傷つけずにジェスビィを倒し、ソウキを救う手段がそれしかないのなら、仕方ないな。それに、ここでジェスビィを倒せば教団の息の根も止まるだろう」

「ありがとうございます、エイユン」

 エイユンの言葉に、アルヴェダーユが謝意を返す。

「って、ちょっと待て!」

 もちろん、ジュンは納得しない。

「アンタはジェスビィのこと、古代魔王のことを、何も解ってないから、そう軽々しく考えられるんだっっ!」

「そうだな、解っていない。解っていないから、君に言わせれば無謀なのだろうが、戦うぞ」

 いつもと変わらぬ穏やかな表情に、揺るがぬ闘志を浮かべてエイユンは言う。

 ジュンはしかし、ジェスビィのことをよく知っているだけに、揺るがぬ闘志を浮かべるわけにはいかない。頭を抱えるジュンを、アルヴェダーユが励ました。

「あなたたちなら勝てます。現に、【従属】状態ではなかったとはいえ、私の力を借りずにジェスビィに打撃を与えていたではないですか。あの力があれば、きっと!」

「それは気光の技で、エイユン一人の手柄だ! 俺にはそんな術は使えない、一介の魔術師に過ぎな……いや、その……ああもう、わかった! 俺も戦えばいいんだろ!」

 うっすらと涙さえ浮かべて、ヤケクソそのものの顔でジュンが吼える。

 エイユンは、そんなジュンを見てにっこりと笑った。

「自分は一介の魔術師に過ぎないんだから逃げさせろ! という言葉を飲み込んだのだな。今ここから逃げ出すというのはカッコ悪すぎるから。私やアルヴェダーユが何を言おうと、もう逃げる気なんてないのだろう? 君らしい、意地っ張りで」

「……」

 ジュンは、笑顔で見つめてくるエイユンから目を逸らした。その足が、少し震えているのは決してエイユンに対する照れによるものではない。本当にジェスビィが怖いのだ。

「無論、「愛するエイユンを護る為に戦う!」ではないと推測、いや確信してはいるぞ。私は、そこまで自惚れた女ではないつもりだ。つまり君がここに残る理由は、本当に純然たる、ただの意地っ張り」

「だから、何だってんだっ?」

 ジュンは怖いのを押し殺して、精一杯強がった顔をエイユンに向けた。

 するとエイユンの、それはそれは嬉しそうな顔がジュンを迎える。

「そんな、理想的過ぎる男の子を、この私が死なせると思うか。君は、私が絶対に護ってみせる」


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