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「っっ!」
エイユンの拳二つ分くらいの太さの、光の柱がソウキの上体を捕らえて突き上げた。拳を打ち込むべく前傾していたソウキの胸に、天空へと向かう光の滝が命中する。
その圧力に、ソウキはあっという間に高く高く打ち上げられてしまった。……やがて光が消え、うつ伏せのまま落ちてきたところを、エイユンに受け止められる。
エイユンはソウキの体を返し、仰向けにして抱きかかえた。ソウキは四肢に力なく、ぐったりとしている。どうやら気絶しているようだ。
「うん、どうやら大丈夫のようだな。なにしろこれほどの相手だ、うまく加減できるかどうか不安だったが……」
「加減、ね」
ジュンはエイユンが杖を叩き付けたところを見た。そこには今の光の柱と同じ太さの、きれいな円形の穴が開いている。穴というか、これはもう細いとはいえ殆ど井戸だ。暗いせいもあるが、底が全く見えない。
ジュンには気光とやらの知識はないが、とりあえず魔術に近いものだというのは解った。杖の先端に爆破の魔術を宿らせて地面に放ち、吹き上がった爆圧を浴びせたということか。
しかも威力が拡散しないよう、この井戸と同程度の直径に凝縮させてのことだ。いわば、決して壊れぬ煙突の中での爆発事故のようなもの。その威力は、底の見えない細めの井戸で証明済み。そんなものをまともに胸に受けて突き上げられた……考えるだけで恐ろしい。
「大丈夫なのか、その子」
「加減したと言っただろう。それにこの子は、絶え間なく全身に気光の防御壁を張って戦っていた。君には見えなかっただろうが、いわば鎧を着ていたようなものだ」
「気光の鎧、か。つまりアンタの今の技を、丸ごと全部食らったわけではないんだな」
丸ごと全部食らってたら死んでてもおかしくないなと思いながら、ジュンはその一方、ソウキの力量にも感服していた。あんな形でカウンターを受けながら、しっかりと防御できていたとは。拳の破壊力のみならず、防御においてもそこまでのことができるとは。
エイユンはソウキを地面にそっと横たわらせながら、呟くように言った。
「この子は今の強さに至るのに、血を吐くような修行を重ねてきたはずだ。私を見据えた眼光の鋭さと、真っ直ぐな拳筋を見ても、真摯な武術家であることはよく解る。だから私は、この子が金だけの為にこんな悪事に加担するとは思えない」
「……なあ、エイユン」
エイユンは気絶したソウキの傍で、ソウキを見守るように片膝を着いている。
その背中を見下ろして、ジュンはずっと考えていたことを口にした。
「本当の古代神が、こんな金儲け事件に関係してるはずはないって説明したよな。実は、一つだけ例外がなくもないんだ。世界中に知られている伝説を否定すれば、の話になるが」
「ほう。それは?」
エイユンは片膝を着いた姿勢のまま振り向いた。
「前に言った通り、極々稀なことではあるけど、大昔の僧侶や魔術師は古代神・魔王と契約を結び、地上界に降ろし、その力を直接借りることができた。で契約した人間が、より具体的に直接の指示命令をするためには、【契約】から続いて【従属】という段階に進む必要があるんだ」
「【契約】だけでは不足なのか? 力は貸してくれるのだろう?」
「同盟国と従属国の違いってとこだな。同盟国は援軍をよこしてくれるが、自国の指揮下には入ってくれない。だが従属国なら、部下扱いで言うことを聞かせられる」
「なるほど。だが、小国が大国に従属するのは、第三国の侵略から守ってもらうというメリットがあるが、古代神・魔王が人間に従属するメリットなどあるのか?」
「これも前に言ったけど、地上界には結界が張られてる。この結界は連中が地上界に入ってしまってからも有効で、その力を大幅に弱める効果があるんだ。古代神・魔王の力による地上界の破滅を防ぐのが目的の結界だから、こういう効果があるってのは当然だな」
「ということは……もしや、【従属】になればその弱体化効果を消せるのか?」
ジュンは頷いた。
「完全にゼロにはならないけど、そうだ。ほんと、大昔の僧侶や魔術師は凄いよ。世界の創造に関わった古代神・魔王が寄ってたかって作った結界だぞ? それを局地的にとはいえ破ってしまう術を、人間の身で作ってしまうんだから。今じゃ考えられない話だ」
つまり古代神・魔王が地上界で存分に力を振るいたければ、【従属】するしかない。だが【従属】してしまうと、術の効果により契約相手の人間の命令には逆らえなくなる。
だから、その人間の目的と古代神・魔王の目的とが一致した場合は、【従属】してしまってもいいというか、した方が得なわけだ。
例えば、「地上界で暴れるジェスビィを討伐する」という条件で僧侶に【従属】したのであろう、アルヴェダーユのように。これならば、その条件に反する命令は元々されない(命令しても契約外なので無効)。ジェスビィを討ちたいという自分の意思の元、地上界で全力を振るえることになる。
「で、長くなったけどこれが最後のポイント。契約目的を完遂しない限り、契約した人間が死んでも、弟子やら子孫やらが引き継ぐ形で継続は可能なんだ。但し、その場合【従属】は解消されるので、新たに儀式を行う必要がある。だがそれには金がかかる。といっても相手の神や魔王に払うわけじゃなくて、儀式に必要な道具類なんかが高価ってこと」
「つまり、かつてアルヴェダーユと契約した者の子孫か何かがいて、その者の身には【契約】が継続されており、これから【従属】の儀式を行おうとして金を集めていると?」
「ああ。それなら筋が通る。けどアルヴェダーユの契約が継続しているとしたら、今この時にもジェスビィが健在であることになる。かつて地上界を滅ぼしかけた大魔王がだ」
「ふぅむ。君がさっき言った、伝説の否定というのはそういうことか。確かに、アルヴェダーユとジェスビィの伝説が丸ごと全部ウソであるか、あるいはジェスビィがアルヴェダーユに倒されたというのがウソであるか、はたまたアルヴェダーユの契約内容がジェスビィと関係のないものか。そういうことでなければおかしいな」
「この伝説は世界中に伝わっていて、民間伝承も公式文献も山ほどある。それがウソだなんてことはまず考えられない。だから俺は、アルヴェダーユの使徒だと名乗るこいつらはニセモノだ、と言ったんだ」
ジュンの説明を聞き、エイユンも納得した。いや、ジュンの説明には納得したが、やはりソウキのことについてはまだ納得しきっていない。この子に、一体どんな事情があるのだろうか。
エイユンが考え込んでいると、その目の前で横たわっているソウキが、呻き声を上げた。
「ぅ……っ」
目を開けたソウキは、自分を見下ろしているエイユンとジュンの存在を確認する。
そして自分が倒れていること、自分が敗れたことを理解した。
「気がついたようだな。深刻なケガはしていないと思うが、具合はどうだ?」
ソウキは無言で体を起こす。エイユンが語りかけた。
「アルヴェダーユとジェスビィの話、ここにいるジュンから詳しく聞いた。ソウキ、君はその腕を見込まれ、教団に騙されて働かされているのではないか? 私はそう思うのだが」
「……もしそうなら、みんなに謝ってお金を返して、シャンジル様やカズートス様と一緒に僕も刑に服せば、それで万事めでたしだね。けど、そうはならない。なってくれたらどんなにいいかと思うけど、残念ながら全て真実だから」
なにやら自嘲気味に語るソウキに、エイユンの後ろからジュンが言った。
「いや、だからだな。お前が「本物のジェスビィやアルヴェダーユと関わってる」と思い込んでること自体、シャンジルたちに騙されてるんじゃないかってことだよ。連中に何を吹き込まれたか知らないけど、ジェスビィが今もこの地上に存在するなんて考えられない」
「吹き込まれた? とんでもない。僕はシャンジル様に出会うよりずっと前から、ジェスビィとは長い付き合いだよ。とくにこういう、手痛い目に遭った時には……僕、が、弱ってしまうせいか……離れろっ!」
突然、ソウキはエイユンを突き飛ばした。離れろ、と言いながら自分も、まだ足腰は立たないのか手だけで這うようにして、エイユンたちから離れていこうとする。
何が何だかわからないエイユンはソウキを追おうとする。が、その前進は止められてしまった。のみならず、ずるずると押し返されてしまった。
風? 違う。気光? 違う。だが抗い難い何かの力が、ソウキからどんどん溢れ出してエイユンを押している。その後ろに立つジュンも。
「何だ? 魔力、なのか? エイユン、とにかく下がれ! 何だか解らんがこれは異常だ! どう考えても、人間のものじゃない!」
片膝立ちだったエイユンの肩を後ろから掴んで、ジュンが強引に後ろへ引っ張った。
エイユンも混乱があったので、大人しく引っ張られて後退する。いや後退するまでもなく、エイユンが自分から後退したくなるほどの圧力が、息苦しさが、押し寄せてくる。
ソウキが先ほど言っていた言葉。あれから考えられることが一つある。
そのことにジュンとエイユンは同時に思い至り、そして目の前でそれは証明された。




