8.初仕事、護衛任務
帝国軍の部隊、胡桃隊に入隊した俺。
翌日、俺は胡桃隊の詰め所へと訪れていた。
「おーう、ガンマ。早いじゃあねえか」
「マリク隊長。おはようございます」
壁際には、1匹のリスが座っている。
この人が胡桃隊の隊長、マリク・ウォールナット隊長だ。
サングラスをかけたリスが、テーブル上に広げていた新聞から目を上げて、にかっと笑う。
「軍服、似合ってるぜ。サイズはどうだ?」
「はい、ばっちしでした。寮といい、隊服といい、用意してくれてありがとうございます」
「気にするな。それらは軍人ならもらって当然の権利だ。いちいち礼なんていらねえよ」
俺が袖を通しているのは、濃いめの青色の軍服だ。
ズボンにジャケット。黒い軍靴。
そして黒いコートというもの。
「もっと着崩しても、アレンジしてもいいんだぜ?」
「そういえばメイベルもシャーロットさんも、それぞれ色違いのマントだったり、少し改造してたりしますよね」
メイベルは赤いマント、シャーロットさんはスカートにタイツを着てる(女子はズボンとスカートどちらでもいいらしい)。
ちなみに、我が隊の隊長は、ジャケット+マント、そして軍帽という格好だ。
……これ、下半身まるだし……いや、深く考えるのはやめとこ。
「ほかの連中が来るまでまだちょい時間があるな」
「え、今8時ですけど」
「うちは出勤9時だ。まあ1時間くらいの遅刻はOKとしてる。実質10時スタートだな」
「おそ……。朝そんなゆっくりでいいんですね」
「おうよ。ちゃんと伝えてなくって悪かったな」
しかし9時出勤、遅刻オッケーって……。
最高じゃないか。朝ゆっくりできるのうれしすぎる。
前の職場だと、遅刻厳禁。誰よりも早く集合しないといけなかったからなぁ。
「ほかの連中が来る前に、軽く仕事の説明しとくか。まあ、座れや。自分のデスクに」
胡桃隊には隊員ごとにデスクが置かれている。
まだ何も置かれていない、きれいな机だ。
ぴょんっ、とマリク隊長がデスクの上に乗っかる。
「胡桃隊の仕事を説明するぜ? つっても、うちの仕事は大きく3種類だ。①皇女からの依頼、②住民からの依頼、③討伐任務」
「アルテミスから、住民からの依頼……。討伐っていうのは?」
「ま、文字通り敵の討伐。簡単な【害虫駆除】さ。そこはおいおい説明するよ」
「がいちゅうくじょ……?」
虫なんて出るんだろうか。
田舎町って感じじゃないのに。
「①皇女からの依頼は、文字通りアルテミス関連の依頼だな。公務で出かける時の護衛が大半だ」
「皇女のボディガードみたいなもんですかね」
「そうだ。続いて②住民からの依頼。アルテミスは皇族だが、住民からの相談をよく受ける。あいつかわいいし愛想がいいし優しいから、ま、当然っちゃ当然だわな」
アルテミス様を経由して、住民から来た苦情に対処するって感じだろうか。
「②には帝都の巡回も含まれる。シフト制だ。あとでスケジュールに目を通しておけよ」
「わかりました。……結構、軍人っぽくないですね」
「ま、皇女直属、私設部隊だからな。組織に向かない、細々とした仕事が多いんだよ。例外である③討伐依頼もあるけどな」
討伐依頼……何を倒すのだろうか。
単純に考えるとモンスターだろう。
だがそれなら冒険者がやるだろうし、わざわざ軍人がやる仕事じゃないような……。
「ガンマ、今回の任務は①皇女の護衛任務だ。王国で開催されるパーティに彼女が参加する。そこに俺ら胡桃隊は護衛として全員参加する」
「六人全員で参加ですか?」
「ああ、他国からも大勢参加する大きなパーティだ。当然もめ事は起きるだろう。テロリストがくるかもしれん」
「て、テロリストですか……」
「ま、滅多にないことだからそこまで気張らなくていいが、念のためそういうケースもあることは頭に入れておけよ」
「初仕事でそんな大事絶対起きないでほしいんですが……」
「大丈夫大大丈夫、滅多にないから。こねえってテロリストなんて。だから緊張すんなって」
だといいんだけど……。
★
朝のミーティングを終えて、俺は初仕事、パーティに参加する皇女の護衛任務につくことになった。
帝都から、俺が元いた王都へと、馬車に乗って移動する。
馬車のなかには、アルテミスがいて、その護衛として銃手オスカーと軍医リフィル先生がそばについてる。
残りのメンツは、馬車を囲うようにして付き従う。
「どう、ガンマ? きんちょーしてる?」
「メイベル……。まあ、多少」
かぽかぽと馬を操ってメイベルが近づいてきた。
俺たちの乗っているのは、普通の馬じゃない。
錬金の天才、メイベルが作った魔導人形の馬だ。
こちらが手綱を握ってあやつらずとも、自動運転してくれるらしい。なんと楽。
「大丈夫! だって、ガンマがいるもん!」
「いや俺がいても、トラブルは起きるだろ?」
パシュッ。
「でもでも、ガンマがいれば敵の不意打ちぜーんぶ防げるし!」
「そりゃまあ多少目がいいから、不意打ちには気づけるけど……護衛任務なんて初めてだからなぁ」
パシュッ。パシュッ。
「そうなの? 冒険者時代は護衛とかしなかったの?」
「そうだな。リーダーの方針で目立つ仕事優先しててさ、誰かを守ることに専念する仕事ってやったことなくってさぁ」
パパパパパパパパパパッ……!
「おいガンマ、なにやってるんだおまえ?」
「あ、マリク隊長」
気づけば俺の肩の上にリスが座っていた。いつの間に……。
「なんかさっきから変な音しねえか?」
「あ、すみません。うるさかったですか?」
「別にうるさくはないんだが、何の音だ」
「弓での狙撃音です」
ぽかん……とマリク隊長が口を開く。
「そ、狙撃……? 弓なんて、おまえ撃ってるのか?」
「ええ」
「で、でもこう……弦を弾いて、矢を放つみたいな動作してなくないか?」
「してますよ」
パシュッ!
「ね?」
「いや、ねって……。そうか。おまえの得意技は早撃ちだったな。銃弾よりも早く矢を撃つんだ。目で追えなくても当然か。やるじゃねえか」
「どうもです」
やっぱりひとから褒められるとうれしいな。
メイベルは俺を見てニコニコしている。
「うんうん、ガンマが褒められると、あたしも嬉しい!」
「スカウトしたのおまえだもんな。自分の評価に繋がるだろうし」
「そういうことじゃなくて。あたしはガンマがうれしそうなのが、うれしいの!」
「そ、そうか」
「うん!」
メイベルの笑顔を見てると、ドキドキした。
いや、いかんな。うん。向こうは単なる隊員と思ってるのに、俺だけ意識するのはキモイよな。うん、自重しよう。
そんなこんなあって、その後も馬車は順調に進んでいき、王都にはあっさりと到着した。
「って、ちょっと待てや!!!」
肩の上のマリク隊長がツッコミを入れてくる。
「めちゃくちゃあっさり到着してるじゃあないか! どうなってるんだ!」
「いや、どうなってるって言われましても……」
「外はモンスターがうろついてるのが当たり前なんだぞ。 馬車での移動とはすなわち、敵との遭遇とイコールだ。だのに! 今日は一度も敵と出会わなかった!」
「まあ、俺が倒してたからな。馬の上から、狙撃して」
「全部?」
「はい、全部。弓を使った狙撃に加えて、俺には【鳳の矢】って言って、自動で敵を迎撃する魔法矢がありますし。射程に入った敵は全部倒しました」
「な、なるほど……改めておまえの狙撃、すごすぎるってことがわかったよ……」
と、そのときである。
ずずぅうん……ずずぅうん……と規則正しい地面の揺れが発生する。
「隊長、これ……地震かな?」
「いや、生き物の足音くさいな。ガンマ、鷹の目で見れるか?」
隊長からの命令で、俺はスキル鷹の目を発動。
離れたところの景色が俺の脳内に入ってくる。
「確認できました。山のように大きな亀が、王都へと進撃してます」
「火山亀だなそりゃ……Sランクのやっかいな敵だ」
馬の頭の上で、マリク隊長がううむとうなる。
「早めに対処した方がいいな。みな、集合! これより敵・火山亀を迎撃するぞ」
「いや、必要ないよ。ね、ガンマ?」
メイベルに言われて、俺はうなずく。
俺は馬の上にたち、弓を構える。
ごごお……と赤い光の矢が出現。
「なっ!? なんだよこの高出力の魔力は!」
「【竜の矢】!」
矢を放つと同時に、前方めがけて熱線が照射される。
地面をえぐりながら超スピードで、レーザーの矢が飛んでいく。
ぼっ……! と矢は火山亀の体の中央をくりぬいた。
そのまま大きな音を立てて火山亀が倒れる。
「ふぅ……」
きちんと射線上には誰もいないことは確認してたし、竜の矢による被害もゼロ。
「お、おまえ……何したんだ……今の?」
隊長が馬の上で腰を抜かしていた。
俺は彼を手のひらにのせて説明する。
「こっから狙撃して倒しました」
「か、火山亀を? Sランクを、矢の一発で!?」
俺がうなずいてみせると、隊長は愕然とした表情になる。
馬車から降りてきたメンツには、メイベルがそのことを説明した。
皇女アルテミスが微笑むと、俺のそばまでやってきて、頭を下げる。
「ありがとう、ガンマ。あなたのおかげで快適な旅程でした。やはり……あなたは素晴らしい狙撃手ですね」
「いやほんと、たいしたやつだ。すげえよ、ガンマ」
隊長と皇女、そして隊のみんなからほめられて、俺はうれしかったのだった。