62.魔族
ガンマのチームメイト、リフィル・ベタリナリには魔族の血が流れてる。
魔族、かつて存在した高い魔法適性を持つ種族のこと。
人間と魔族は長い間、戦を繰り返していた。
しかし怪物と呼ばれた勇者が魔王を討伐したことにより、長きにわたる戦は終わりを迎える。
生き残った魔族たちは人間たちの前から姿を消し、以後、その存在は確認されなかった。
……しかし、別に種として滅んだのでは無かった。
彼らは生きていたのだ。
人に見つからないよう、ひっそりと息を潜めて。
リフィルたち淫魔もまた、生き残った魔族の一種だ。
人に快楽をもたらす淫魔たちは、精神操作、そして肉体を癒やす術に長ける。
特にリフィルの先祖には、世界最高の治癒術【神の手】を持つ男がいた。
彼の血を受け継いでいるリフィルは、神の手に匹敵するほどのすさまじい治癒術を会得していた。
……今までは弟を助けられなかったことがトラウマになって、その神の手を使えずにいた。
けれどリフィルは、ガンマの励ましによってトラウマを乗り越えたのだ。
「いくわよ、フェリサちゃん!」
リフィルは翼を広げる。
体から吹き出すのはすさまじい量の魔力だ。
その魔力は聖なる属性が付与されている。
神の手。世界最高の治癒術。
かつて歴史上で一人だけ、人間がその神の手を使っていたのが記録されている。
その記録によると、彼は死者すら蘇生して見せたという。
無論【今の】リフィルにそれほどの力は持ち合わせていない。
だが、彼女は神の手の男に匹敵するほどの力と、そしてその男の血を受け継いでいる。
「【全回復!】」
広げた両手から放たれるのは聖なる光。
それはフェリサの体を優しく包み込む。
壊れた細胞が瞬時に再生していく。
体細胞だけじゃない、脳細胞すらも元通りになっていくのだ。
あらゆる細胞を元に戻す術。
全回復。
今までのリフィルには使えなかった回復術を、リフィルは魔族としての力を解放することで、使えるようになったのだ。
「…………」
「フェリサちゃん!」
瀕死の重傷を負っていたフェリサが目を覚ます。
リフィルは目覚めたフェリサの体をぎゅっと抱きしめる。
自分の力を取り戻したことよりも、フェリサが無事であったことの方がうれしかった。
フェリサはすぐにこの人が助けてくれたのだと気づく。
「……り、が……と」
元々フェリサは無口だ。
耳がいいフェリサは、しゃべるだけで自分の耳に大ダメージが入る。だからしゃべらない……ということになってる。
でも本当は、しゃべるのが苦手なことを隠すための嘘だ。耳に詰め物をすれば、普通に会話することができる。でもそうしない。
彼女は兄と祖父以外の人間としゃべるのが、怖いからだ。
……でも、この人は違うとフェリサは思った。
命の恩人だからというものもある。けど、それ以上に、こんなふうに助かったことを心から喜んでくれるリフィルのことを……大好きになったのだ。
「ほんとによかった……」
ぎゅっ、とフェリサがリフィルを抱き返す。
だが……。
「感動のシーンが繰り広げられてるところ申し訳ないけどね、タイムアップだ」
にんまりとジョージ・ジョカリが笑う。
その瞬間、巨大蟲の卵の表面が、ばり……と割れたのだ。
卵から出てきたのは手だった。しかも、すさまじい大きさだ。
『な、なんやこれ!? 本体やなくて、手だけでこの大きさかい!?』
そこそこ広い実験施設を、あっという間にいっぱいにするほどの巨大な手。
リヒターはそれを見て戦慄する。
「細胞の成長速度が異次元です! このままこの部屋にいたらあの蟲に押しつぶされます! みなさん、脱出を!」
フェリサがうなずくと、近くの壁に向かって走り、そのまま拳を繰り出す。
爆発音とともに壁に穴が開いた。
リフィルとリヒター、そしてリコリスがその場から待避する。
「…………」
リヒターは一度だけ立ち止まり、兄を見やる。
自分もここにいたら圧死するというのに、彼は動かなかった。
それはそうだ。
彼はもう人間じゃない。これくらいじゃ、死なない。それでも……。
「早くお仲間のところへいきたまえ。私と君の道はもう永遠に違えたのだ」
「…………兄さん」
あっさりと家族の絆を捨てる兄とは違って、妹にはやはりどこか、兄を見捨てられない自分がいた。
「君の甘さはいずれ仲間を殺す。早々に人の心は捨てた方がいい」
「……ぼくは、兄さんとは違う」
「ああ、そうかい。じゃ、勝手にしたまえ」
椅子に座ってたばこを吹かすジョージ。
リヒターは一度だけ振り返った後、部屋から出て行く。
フェリサはリフィルとリヒターを抱きかかえて、超速で研究施設から脱出。
外に出るのとほぼ同時に……。
どがぁああん! という激しい爆発音とともに、研究施設のあった巨大樹が内側から破裂した。
壊れたはずの大樹が、しかし一瞬にして元通りになった……。
「いや、違うわ! あの大樹を超えるほどの……巨大な蟲よ!!!」
リフィルたちは戦慄する。
これから相手にするのは、巨大樹を遙かに超える……超巨大な化け物であることに。




