61.覚醒
ガンマの妹フェリサは、手斧を持って敵に斬りかかる。
だが無限にも等しい数の改造人間たちが行く手を阻んでくる。
彼女の持つ怪力を持ってして、敵を払っても、わいて出てくる。
「フェリサちゃん! ザコをいくら倒してもだめよ!」
麻痺等の魔法を使ってリフィルが敵を倒しながら進む。
フェリサも彼女を習って、まっすぐに敵の指揮官であるリヒターの兄、ジョージを狙う。
「…………」
正直、迷いがないと言ったら嘘になる。
リヒターは、ここまで一緒に旅した仲である。
それになにより、友達であるリフィルの友達だ。
その兄を殺すことにかなり心理的な抵抗を覚える。
自分にも、兄がいる。
兄を大切に思う気持ちも、妹にとって兄が大切であることもわかってるつもりだ。
だから……いや、でも。
やらなければならない。
「学ばないね、君たちは。一斉掃射」
両腕を銃に改造された敵の兵隊たちが、フェリサを取り囲んで一気に銃弾を雨を浴びせてくる。
だが何度やろうと聴覚に優れるフェリサには通用しない……。
「だと思って、こんな小細工を弄してみようと思う」
ジョージのそばに控えていた改造人間が、右手を中空に向ける。
ぼしゅっ、と掃射されたのは大きめの砲丸だ。
いくら狙撃されようとも、自分にはこの自慢の耳がある。
回避は容易……。
パァアアアアアアアアアアアアアアアン!
すさまじい炸裂音が響き渡る。
離れた位置にいたリヒターすらも耳を塞ぐほど。
「これは……音爆弾ですかぁ……!」
「その通り。耳のいい敵がいると聞いたのでね。潰させてもらった」
音爆弾の直撃を受けて、フェリサはその場に倒れ込む。
「ふぇり……さちゃん……」
リフィルもまた今の爆撃によって三半規管をやられていた。
その場に崩れ落ち、動けないで居る。
「まずは補給線を潰す。戦の鉄則だね」
ちゃきっ、と改造人間たちが倒れ伏すリフィルに銃口を向ける。
女をよってたかって殺そうというのに、彼らの瞳にはなんの迷いも見られない。
……人間じゃ、ない。
こいつらも、そして平然と命じるあの男も。
「じゃ、殺したまえ」
どがががっ! とリフィルに銃弾の雨が浴びせられる。
……だが、銃口があさっての方向を向いていた。
「ほぅ、その体でまだ動けるのかい? 驚異だね」
フェリサは地面に這いつくばりながらも、手斧をぶん投げて、改造人間たちの胴体を切断していた。
打ち込まれるほんの一瞬の間に、斧を投げて敵を切断。
体がずれたことで銃弾が当たらずに済んだのである。
「フェリサちゃん!」
リフィルはなんとか立ち上がって駆け寄る。
フェリサの耳からは出血が見られた。
鼓膜、そして三半規管を完全にやられて、もう立ち上がれないほどの深いダメージを負ってる。
そんな中で、彼女はリフィルを助けたのだ。
「どうして……?」
「……だち、……から」
絞り出せたのは、そんな言葉だった。
友達だから。そう、狩人であるフェリサの周りには友とも呼べる同世代の女の子はいなかった。
フェリサの部族は男が狩りにいき、女は家を守るものだった。
だがフェリサは兄に憧れ、兄とともに荒野で獣を狩る狩人の道を選んだ。
兄のせいにするつもりは毛頭無い。
だがこの道を進んだことで、フェリサは村で、友達ができずにいたのだ。
そんななかで、兄が連れてきた友達。
リフィル、リヒター。どちらも優しい女性。
初めてできた、お友達。
そんな二人を守りたかった。
「いや! 駄目よフェリサちゃん! 死んじゃ駄目!!!!」
フェリサに治癒魔法を施すリフィル。
だが彼女が動くことはない。
「無駄だよ。そこのお嬢さんは人間離れした聴覚を持ってる。さっきの音爆弾の威力を君も聞いただろう。それを至近距離で受けたんだ。ダメージは脳の深いところまでいってる」
「そんな……」
脳が死ねば、さすがにフェリサがどれだけ頑丈だろうと死ぬ。
脳の蘇生。そんな、高度な治癒魔法……。
「…………」
昔は、使えた。まだ駆け出しだった頃。
リフィルは軍医として最前線に立っていた。
何十何百という重病患者を治していた。
彼女は天才だった。天狗になっていたのだ。
どんな怪我も病気も、自分の手にかかれば一瞬で治療できると。
それがおごりになった。
田舎から弟がモンスターに食われて重体を負ったと聞いた。
急いで駆けつけたとき、弟は瀕死だったがしかしまだ生きていた。
天才の自分ならば、絶対に直せる。
……だが大切な者の死を目の前にしてリフィルは、自分がどうやって治癒を行っていたのかわからなくなった。
怖かった。自分が一歩間違えれば、大事な弟を永遠に失ってしまうというプレッシャーに負けて……。
いつも通りの力を発揮できなかった。そして……弟を殺してしまった。
あのときのトラウマから、以前のような天才的な治癒術は使えなくなった。
「フェリサちゃん……」
リフィルの手が震えている。また、大事な人を失ってしまう。
彼女はガンマの……仲間の妹だ。
そして、リフィルもまたフェリサに仲間意識が芽生えていた。
仲間を……殺してしまうのではないか。そんな恐怖心が、リフィルから自信と平常心を奪う。
『先生……!!!!!』
「! ガンマちゃん……?」
どこからか、ガンマの声が聞こえた気がした。
見上げるとそこには、白いツバメが旋回している。
ガンマの矢文である。
『今そっちに仲間と向かってます!』
「! ガンマちゃん……生きてるのね……!」
剛剣のヴィクター。恐るべき敵を相手に、ガンマは生き残って見せたのだ。
ガンマは、すごい。どんな窮地も切り抜けてしまう。
自分とは……違う……。
『先生! すぐ行きます! だから……フェリサを、頼みます!』
「っ!」
妹を頼むと、ガンマから言われた。
状況を、彼は理解してるのだろうか。いや、してるんだ。
そのうえで、彼は励ましてきたのだ。
自信を失って、今、彼の大事な人の命を、助けられずに終わろうとしていた自分に……。
「でも……わ、私は……」
『できる! 先生ならできます! 俺は知ってる。あなたはすごい治癒術士だって!』
――おねえちゃんは、ぼくのじまんの、すごい治癒術士だよ!
……死んだ弟がいつもそう言って、褒めてくれていた。
弟が死んでから、自分を、そして弟の言葉を信じられなくなっていた。
でも……ガンマはそれを否定してくれた。
すごいって、信じてくれた。
「リフィルくん! ぼくが敵を引きつけてます! その間に……フェリサ君を!」
リヒターの言葉がようやく聞こえるようになった。
リフィルが絶望に沈んでいる間も、狙撃銃を使って、改造人間たちからリフィルらを守ってくれていたんだ。
リヒターも、そしてガンマも、自分を信じてくれる。
……自分を、まだ信じられない。
けれど、弟と同じことを言ってくれた、彼の言葉を信じたい。
「わかったわ、ガンマちゃん。リヒター……私、出すわ。本気を……!」
ごぉ! とリフィルの体から膨大な魔力が吹き出す。
彼女の側頭部から、黒い、悪魔のような角が出現。
尾てい骨のところからは、コウモリのような一対の翼。
そしてお尻から生えるのは、鏃のついた細長い尻尾。
「リフィルくん……君は、淫魔……魔族の生き残りだったのかい……?」