60.手加減
ガンマが敵を退けた、一方その頃。
大樹の中ではフェリサたちが、ジョージと戦いを繰り広げ居ていた。
といってもジョージは前に出て戦わない。
腰を下ろしたばこを吹かしている。
「余裕ですねぇ、兄さん」
ジョージの妹、リヒターは兄をにらみつけながら言う。
「まあね。君たちに勝つ必要は無いから。こちらはこの卵がふ化するまで守り切ればいい。さらに数で言えばこちらの方が有利だからね」
ジョージの周りには改造人間が立っている。
人間に無理矢理、蟲のパーツをくっつけたような異形のものたち。
「…………」
フェリサは手斧を、リフィルは杖を、そしてリヒターは狙撃銃を構える。
「先手必勝ですよぉ……!」
リヒターが魔法狙撃銃をぶっ放す。
だがそれに対して……。
どがん!
「なっ!? 狙撃……銃!?」
なんと改造人間の腕が、狙撃銃になっていたのだ。
装備したのではなく、腕を改造したようなフォルムである。
「妹の君が思いつくことを、兄である私が至らないとでも?」
「いや……それ以前に、銃はボクら帝国側の技術でしょう!」
「そうだよ。マネさせてもらった」
あまりに堂々と、ジョージが言い放つ。
リフィルは知ってる。この銃という技術は、リヒターが考案、開発したものであると。
ゆえに、簡単に模倣して自分のものとして使ってるジョージが許せなかった。
「開発者としてのプライドはないの、あなた?」
「プライド? もちろんあるさ。最強種を作り出すという、科学者としてのプライドがね。けれど、そのためにはどんな手段もいとわない。目的のためならいいと思ったものは貪欲に取りいれていく。それが技術者として有るべき姿だと思うけどね」
「そうは思わないわ! それを開発したリヒターの、努力を踏みにじる最低な行為よ!」
「やれやれ、意見の相違だね」
腕を銃にした改造人間たちが集まって、リフィルたちに一斉掃射を開始する。
どがががが! と絶え間なく銃弾の嵐が降り注ぎ、リフィルたちは距離をとるしかない。
「銃の強みは、これを装備することで一定水準以上の兵士を作り出すこと。そして、火力を集中しやすいこと。二つの利点を考慮すれば、数による弾幕の生成がもっとも、拠点防衛においては有効」
フェリサが弾幕をかいくぐりながら接近する。
彼女は優れた聴力を持ち合わせる。
目を閉じて、耳だけで敵の銃弾の位置を正確に把握。
手斧を振り回して銃弾をはじく。
どどぅ! とリヒターが銃をぶっ放す。
フェリサが開いた活路。そこを通って、狙撃の銃弾が巨大蟲に襲いかかる。
「甘いよ」
改造人間たちが集まって肉の盾となる。
ぐしゃりと崩れ落ちる改造人間のなれの果てを見て、リヒターが怒りの表情を浮かべる。
「人の心は、ないんですかぁ……?」
「残念ながら、そんなものはとっくに捨てたさ。改造人間になった時点で人間は死んでいるのだよ? 死んだ人間はもはや物。物が壊れようと別に何の感慨もわかないだろう? 大量生産、大量消費が一般的な帝国ならなおさら」
「黙りなさい……!」
リフィルがフェリサの後ろからついてきて、ジョージに接近していた。
指揮官を叩けば、いくら兵隊が集まろうと無意味と考えたのだろう。
「麻痺!」
ジョージに触れて麻痺の魔法を発動させる。
魔獣の手術の際にも使われる、強力な麻酔だ。
どさ、とジョージが倒れ伏す。
「フェリサちゃん今のうち……」
「……!」
フェリサがリフィルに飛びかかって、そのまま地面に転がる。
先ほどリフィルの立っていた場所に改造人間たちの銃弾が、雨となって降り注いだ。
「残念だけどその程度の麻痺じゃあ、私は倒れないね」
「そんな……竜すら動けなくする麻酔なのに……」
立ち上がって余裕の笑みを浮かべるジョージ。
リヒターは、理解していた。彼がもうすでに、人間ではないことを。
「フェリサ君。リフィル君。遠慮無くやってしまっていい。手加減は、無用だ」
ジョージは敵とは言え、リヒターの兄だ。
フェリサたちは倒すのでなく、捕まえるような動きをしてた。
リフィルに殺意があったのなら、麻痺ではなくもっと強力な医療魔法……たとえば猛毒を使っていた。
そうしなかったのは、リヒターに気を遣ったからである。
「……そいつはもう、人間では、兄ではありません」
「失礼だな。人間ではないが、君の兄ではないか。リヒター」
「……黙れ。あなたは……もうぼくの尊敬する、兄さんじゃない!」
フェリサたちは、リヒターの悲壮なる覚悟を確かに受け取った。
ふたりはうなずく。もう、手加減はなしだ。




