59.援軍
ガンマと相対する、剛剣のヴィクターは驚愕を禁じ得なかった。
敵の強さに、そして執念深さに。
敵は手負い。すでに何度もダメージを与えてるのに、なおも立ち向かってくる。
鋭い一撃を何度も、嫌なタイミングで放ってくる。
休憩を取りたいと思ったときに連射が来たり、一瞬目標を見失って焦っているときに強い一撃を打ち込んでくる。
まるでこちらの気持ちを見抜いてるかのようだ。
「これが狩人……いや、我からすれば、猟犬だなこれは」
今も、傷を負ってるはずのガンマは攻撃の手を緩めてこない。
敵の全力の攻撃(破邪顕正閃)をもう4度受け、ヴィクターを守る鎧は完全に無くなった。
今彼は大剣1本のみで戦っている。
だがガンマもただではすまない。
すでに身体の骨は折れ、臓器に深いダメージが入っている。
こちらの攻撃を紙一重で避けているが、それでも徐々に動きが鈍くなっていき……。
「がっ……!」
切り払う一撃がガンマの大腿部に深い傷を負わせた。
ガンマは地面に転がり、倒れ伏す。
「ようやく追い詰めたぞ、猟犬」
ガンマは強力な必殺技を持っていても、決して真正面から連発するようなマネはしなかった。
隙を作り、必ず当てられるという状況を作ってから破邪顕正閃を放っていた。
力によるごり押しではなく、知恵と技量を用いてのハント。
「あっぱれだった。だが……もう仕舞いだ」
ガンマは足にダメージを負ってる。
もう逃げながらの攻撃は打てない。
かたかた……と肩を震わせながらガンマが弓を構える。
恐怖によるものでないことは、そのまっすぐな瞳を見ればあきらかだった。
「もう抵抗はやめよ。貴様は良くやった。あとは潔い死を迎えるがいい」
「……は! 潔い死だと。そんなもの、犬にでも食わせておけ」
ガンマの目は死んでいない。ここに至ってなお、活路を見いだそうとしている。
「俺は……帰るんだ。みんなのとこへ……!」
ガンマが黒弓を構えて、最後の一撃を放とうとしている。
だが……。
「はじゃ……げほっ!」
激しく吐血すると、最後の一発はむなしく、斜め上空へと飛んでいった。
ヴィクターはがっかりしていた。
「……これが最後の一撃で、本当に良かったのか小僧」
「ああ……これが、いいんだよ……」
ボロボロと弓が崩れ落ちていく。
ガンマはその場に膝を突いてうつむきながら言う。
ヴィクターはガンマに近づく。
だが彼は逃げることはしない。
武器を失い、ボロボロの体で、どこへ逃げられるというのか。
「最後は貴様の全身全霊の一撃を、打ち破ってみたかった。武人同士の戦いにしては……なんとも締まりの無い幕引きだな」
「は……馬鹿が」
「……なんだと?」
ガンマが顔を上げる。にやり、と笑った。
ヴィクターは気づく。まさか、と焦った。
「俺は武人なんかじゃない……俺は、帝国軍人だ!」
どがどがどがん! と周囲に爆発が起きる。
「なんだ!?」
完全に意表を突かれたヴィクター。
その陰から、武器を持った男が出てきたことに気づかない。
「せい! はぁ……!」
空をうがつような鋭い槍の一撃。
それはヴィクターの片腕を大剣ごと吹き飛ばした。
「馬鹿な……ここで援軍だと!?」
「ふっ……そうとも! 僕の名前はオスカー・ワイルダー! 胡桃隊の特攻隊長さ!」
槍使いのオスカーがガンマとヴィクターの間に、いつの間にか現れていたのだ。
彼の陰から、二人の剣士が現れる。
影の剣を持つ女剣士……アイリス。
氷の剣を持つ美女……シャーロット。
「ぐっ! 卑怯な! 武人の決闘に水を差すなど!」
「わりぃな蟲野郎。こちとら泣く子も黙る帝国軍人なんでね。勝ちゃ、いーんだよ」
「隊長……!」
胡桃隊隊長、リスの姿をしたおっさん、マリク・ウォールナット。
そして……。
「がんまー!」
「めいべ……うぐ……!」
赤い髪の魔法使い、メイベル・アッカーマンがガンマに抱きつく。
「おま……くるしい……骨折れてるんだって……」
「あ、ご、ごめん……」
ちっ、とヴィクターが舌打ちをする。
こちらはガンマにかなり傷を負わされている。
そこに、4人(と1匹)の援軍。
ガンマとの一騎打ちが始まる前ならいざしらず、今ここで5人を相手にするのは分が悪すぎる。
「……小僧。ここは一端引いてやろう」
「僕らが逃がすとでも?」
ぎんっ、とヴィクターがオスカーをにらみつける。
「やってみるか?」
「オスカー。やめとけ。相手は手負いの獣だ。何してくるかわからない」
「ふっ……賢明だな。やはり貴様は別格のようだ」
ばっ、とヴィクターが翅を広げて宙へと移動する。
「……早すぎて目で追えなかった。ガンマはこんな化け物を相手にしてたのかね」
オスカーたちは戦慄する。
あの化け物を一人で引き分けにまで追い詰めた、ガンマという男を。
「小僧。名前を聞いてやろう」
「…………」
ガンマに答える義理など全くなかった。
だが、強敵との戦いの中で、やつとは奇妙な絆のような物を覚えていた。
「ガンマ。ガンマ・スナイプ」
「覚えておこう。ガンマ。次までその命、貴様に預けておく。だがまた近いうちに戦うことになるだろう。そのときまでに精進しておくのだ」
「ああ……次はあんたを狩らせてもらうよ」
ふっ、とヴィクターが笑うと一瞬で飛んでいった。
ふらり……とガンマが仰向けに倒れる。
「ガンマ! 大丈夫!」
「ああ……メイベル。ありがとう……メッセージに気づいてくれて」
ガンマは先に、メイベルに白紙の矢文を送って自らのピンチを知らせていた。
また、彼女に自分の正確な位置を知らせるため、あえて破邪顕正閃を上空に向けてはなったのだ。
結果、援軍が間に合って、こうしてガンマは生き延びることができたのだ。
「ああ……ありが……と……」
がくん、とガンマが気を失う。
ヴィクターを退けたガンマに対して、隊の全員は、畏敬の念を抱いたのだった。