56.リフィルの説得
ガンマがヴィクターとの命の削りあいをしている、一方その頃。
リフィル達は楽園の森の最奥部へと到着していた。
『あそこや、あんなかに巨大蟲の研究施設がある』
妖精リコリスの案内で、スムーズに敵地へと到着したリフィル達。
茂みのなかからこっそり敵地のようすをうかがう。
巨大な木の周りには見張りらしき魔蟲族達がうろついていた。
リフィルが声を殺しながら言う。
「……どうする? フェリサちゃんが起きるのを待つ? あたしひとりじゃ、たくさんの魔蟲族は相手にできないわよ」
リフィルはそもそも軍医であって、直接的な戦闘力は持ち合わせていない。
麻痺や眠りなどといった魔法で、敵を無力化することはできるが、それでも乱戦になったら負けるのは腕力の弱いリフィルだ。
「時間が惜しいです。そういうときのための、新兵器の、出番ですよぉ」
「新兵器……?」
リヒターが背負ってきたザックから、金属のケースを取り出す。
ぱかっ、と蓋を開けると、そこには見慣れぬ金属の棒が入っていた。
リヒターは棒を組み合わせていく。
やがて完成したのは、不思議な銃だった。
「これも銃なの?」
「ええ。これは、魔法狙撃銃です」
「まじっく、らいふる……」
「ガンマ君、マリク隊長との共同研究の結晶ですぅ。彼の持つ異次元の狙撃力を、どうにか再現できないかと作ってみました」
地面に魔法狙撃銃をおいて、リヒターが銃口を敵に向ける。
「ここからかなり距離があるわ」
「問題ないですよぉ……」
狙撃銃の上部にはスコープがついており、それに目を当てて狙いを定める。
「あとはこの引き金を引けば……」
どごん! という音とともに銃弾が凄まじいスピードで飛んでいく。
魔蟲族二体の体を容易く貫通し、背後の巨大樹に穴を開けた。
「す、すごいわ……こんな離れたとこから狙撃するなんて。まるでガンマちゃんみたい」
ガンマみたいというのは、この部隊においては最大級の賛辞であった。
リヒターはうれしそうに笑いながら、次弾を装填。
どごん! という音とともに敵を貫く。
魔蟲族たちは急に襲われて動揺しているようだ。
だが周囲に目をこらしても敵らしい姿は見れない。
そんな混乱している状態で、安全圏から一方的に敵を蹂躙できる。
ガンマのような特殊技能がなくとも、である。
「…………」
リフィルは戦慄していた。
彼女はこんなにもすごい兵器を開発していた。
ガンマも、メイベルも、胡桃隊のみんなは前に進もうとしている。
彼が部隊に入ってきて、すべてが好転し、前進している。
「…………」
けれど、とリフィルは思う。
彼女だけは、まだ【過去】を引きずっている。
己の手で、弟を死なせてしまったという過去から。
『すごいで姐さん! あっちゅーまに見張りの雑魚が一掃されたで!』
リコリスが敵陣へ乗り込み、偵察して戻ってきた。
リヒターは銃を分解せず、そのまま背負い込む。
「いきますよぉ」
「ええ……」
と、そのときだった。
「…………」
「フェリサちゃん、起きたのね」
今まで眠っていたフェリサが目を覚ます。
彼女はガンマから麻酔弾を受けていた。
ガンマが囮となって仲間を逃がそうとするのも、フェリサは最後まで暴れて抵抗しようとしたからだ。
「!!!!」
すぐさま状況を理解したフェリサは、飛び起きて、兄の元へ駆けつけようとする。
リフィルはその手をつかんだ。
「!?」
「だめよ……フェリサちゃん。もどってはだめ」
その目がどうしてと訴えかけてくる。
自分たちだけ逃げたことに、憤っていることも伝わってくる。
……気持ちは、痛いほど理解できる。
けれど、リフィルは心を鬼にしてつげる。
「ガンマちゃんは、あたしたちを逃がしてくれた。もたもたしてたら超大型の巨大蟲がふ化してしまうから」
「…………!!!」
「そうね。関係ないわね。お兄さんが心配なのね……でも、だめよ」
今にも飛びかかってきそうなほど、フェリサは怒っていた。
リフィルはきゅっ、と下唇をかんで、首を振る。
「お兄さんは軍人として立派に務めた。みんなの……ううん。あなたの未来のために、その場に残ったの。その覚悟を、汲んであげて」
フェリサはすごくすごく何かを言いたげだった。
でも……言葉が出る前に咳き込んでしまう。
彼女は重い病にかかっており、最高のパフォーマンスを発揮できないでいるのだ。
もし……リフィルの回復術が、昔のように扱えたら、きっとフェリサは元気になっていただろ。
それができないのは、彼女が過去にとらわれているからだ。
フェリサが兄に執着するのも、きっと過去に何かがあったからに違いない。
「あなたの焦る気持ち、よくわかる。でもお兄さんやおじいさんの明日を守るためには、ここで超大型巨大蟲をとめる必要があるの。……わかって?」
フェリサは泣きそうになりながら、ぎゅーっと自分の拳を握りしめる。
多分、わかってくれたのだろう。今はわがままを言う状況ではないと。
頭でわかっていてもしかし、心がついてこないのだ。
兄の元へ駆けつけたいという気持ちでいっぱいになっている。
「おねがい、フェリサちゃん。ついてきて。中にいる敵は狙撃銃じゃ倒せない。貴女が必要なの」
「…………」
最終的にフェリサは折れた。どうやら兄が勝ってここに来ることを、信じたらしい。
「いきましょう」