54.覚悟の一撃
俺はヴィクターと死闘を繰り広げている。
罠を使った、狩人としての戦い方では、ヴィクターの頑強なボディに傷一つつけられなかった。
「…………」
木陰にかくれながら、俺は深呼吸をする。
これからするのは、【慣れない戦い】方だ。
俺は生まれ持っての狩人。
獣を狩れればそれでいい。勝ち負けのない世界で、ずっと弓を引いてきた。
けれどこれからするのは、狩りではなく、戦いだ。
勝つか負けるか。力のぶつかりあい。
純粋な力の勝負という、俺の土俵ではない戦い方をすることになる。
「…………」
手が汗でにじんでいた。
それはそうだ。狩りと戦いは違う。
狩りとは、どんな手を使ってでも相手の命を奪い取れればいい。
それに、狩りの基本は、狩れるときに狩るというもの。
彼我の実力差、相手の状態、フィールドのコンディション。
それらを総合して、【今この瞬間なら、敵の命を狩れる】そう確信を得てから狩りに挑む。
……逆に言えば、狩れないと思った敵には弓を引かない。
これはどうあがいても、工夫しても勝てない。
そう思った瞬間、狩人は素直に撤退する。
ここで無理しなくても、また別の機会、別の獲物を獲ればそれでいいからだ。
「……はぁ」
でも、今からするのは、違う。
勝てる見込みの薄い相手との、命の削り合い。
100%獲れる、と思ってない相手の命を取ることになる。
しかも撤退は許されない状況、必ず勝たねばならない。
精神的なプレッシャーが半端じゃない。
獲物を狩れず、反撃を受け、自分が死ぬかも知れない。
狩りと勝負は、こんなにも違うんだ……。
「……はっ、だから、なんだよ。ここでおめおめとケツをまくれるかよ」
目を閉じて息をする。
脳裏に浮かんだのは、帝国で帰りを待つ胡桃隊のみんなの顔。そして大事な家族の顔。
ガンコジーさん、フェリサ。村のみんな。
俺がここで負ければ、ヴィクターは隊長達を追いかけて、殺すだろう。
現時点で一番の戦力は、おごりでもなんでもなく俺だ。
俺が、みんなの楯で、剣なんだ。
「負けるかもしれない……だと。何弱気になってる……やるんだ。やれ。やらないと……みんなが死ぬ」
恐怖は、無理矢理ねじふせた。
頭のスイッチを入れ替える。
ガンマ・スナイプから、狩人と変わる。
狩人の戦いではないとはいえ、このモードにならないと、冷静に弓が引けない。
「…………」
黒弓。マリク隊長とリヒター隊長が共同開発した、魔蟲族の素材から作った頑丈な弓。
現状、唯一俺の全力に、1発だけ耐えられる強度の弓だ。
一度全力全開の一撃を撃てば弓が壊れる。
黒弓は全部で、5つ。
指輪の魔道具の形をしており、左手には5つの黒い指輪が収まっている。
この5つの指輪がすべて壊れたときが、俺の最後だ。
狩り場からは離脱できても、ここは戦場。
逃げることはできない。
武器を失ったら、もうそれは死ぬことと同義だ。
ヴィクターが普通の魔蟲族とは違うとはいえ、やつは敵陣営の幹部なのだ。
見逃してくれることもなければ、説得に応じて、俺たちの仲間になることは絶対にないだろう。
指輪は5つ。全力全開の一撃は、5回まで。
「ふぅ……」
俺は気配を絶つのをやめ、木陰から身を出す。
「覚悟は決まったか、小僧?」
ヴィクターは俺が顔を出すまで待っていたようだ。
意外、という表情はしていない。
この選択をすると承知ずみだったのだろう。
「ああ」
「ふ……そうか。その意気やよし。だが残念だ。惜しいやつを、亡くすことになるな」
「ハッ……なに勝った気でいやがる」
俺は黒弓を構えて、弦を思い切り引く。
バリバリバリ……! と魔法矢が強烈に発光する。
まだ放ってないにもかかわらず、木々が、小動物達がざわめきだす。
「ははっ! 見事! 御見事! なんという力の波動……! やはりおしい! 貴様はやはり我が軍門に下るがいい!」
「それは無理だ。蟲は敵。俺は……駆除する」
「ならば来い……! 貴様の、武人としての一撃を! 放ってみよ!」
武人。狩人とは違う、勝ち負けの世界に生きる猛者たちのこと。
俺にはそんな生き方はできないとわかっていた。
勝てない相手には勝つ必要がない。
けれど今は違う。
必ず、勝つ。これは宣言でもあり、覚悟だ。
「破邪顕正閃!!!!!」
俺は渾身の力を込めた一撃を放つ。
ごぉお……! と凄まじい衝撃が俺の腕を伝って、全身に走る。
竜の矢とは比べものにならない、純粋な【破壊】のエネルギーが、目にもとまらぬ早さで敵に襲いかかる。
刹那の無音。目の前の大地や森が、広範囲にわたって消える。
次に襲ってきたのは、耳をつんざく破壊音だ。
光は音よりも早い。
破滅の光は矢となって、ヴィクターを一瞬で包み込んだ。
「はあ……はあ……はあ……!」
俺の左手に収まっていた黒弓が、ボロボロと崩れ落ちる。
「くそっ……!」
なんてことだ……。
ヴィクターは、無事だった。
「わが剛剣と、無敗の鎧の一部を消し飛ばすか……なんという威力だ。驚嘆に値する」
全力全開の一撃で、鎧と剣を吹っ飛ばしただけかよ。
だが……いける。
こっちはあと4発撃てる。
俺は新しい弓をかまえる。
「一度目は、貴様の覚悟に免じてうけてやった。だが二度目は受けぬ。本気で殺させてもらおう」
やつも新しい剣をぬいて、構えを取る。
やっと勝負が始まる。そういうことらしかった。