53.狩るものの戦い
弓使いガンマは王直属護衛軍のひとり、剛剣のヴィクターと死闘を繰り広げていた。
といっても、彼のやり方は、真正面からの勝負ではなかった。
「…………」
ヴィクターが空中で、眼下にいるだろうガンマを探す。
だが森の中に完全に同化しており、探すことは困難だった。
「見事な気配の消し方だ。人間というより、獲物を狩る獣に近いそれだな」
どれだけ目をこらしても敵の姿は視認できない。耳を澄ましても敵の足音、呼吸音すら聞こえてこない。
一瞬、逃げたのか……という考えがヴィクターの脳裏をよぎる。
バシュッ……!
魔法矢が側頭部を強打する。
通常のモンスターや魔蟲なら、今の一撃で頭蓋が粉砕されているだろう。
しかしヴィクターを包む強固な鎧は、ガンマからの魔法矢を受けても傷一つつかない。
彼は剣を振る。ごぉお……! と剣圧で木々をなぎ倒していく。
彼は特別な攻撃をしているのではない。
すさまじい膂力から繰り出される通常の攻撃が、必殺の威力を持つ。ただそれだけだった。
ヴィクターの放った一撃により、森の木々が無理矢理引きはがされる。
地面をえぐるような攻撃。だが……その直線上にガンマの姿は見えなかった。
それどころか、四方八方から、銀に輝く魔法矢が打ち込まれる。
星の矢。無数に分裂する高速の魔法矢。
ヴィクターは回避行動すらとらない。
ただ立っているだけで星の矢をすべて受けきる。
周囲への警戒を強めた瞬間、頭上から鳳凰の合成矢が打ち込まれる。
巨大な炎の鳥がヴィクターの頭上で翼を広げ、無数の炎の矢を振らせる。
前後左右、そして上空からの無数の魔法矢を受けて……。
なお、ヴィクターは無傷。
「警戒を緩めたタイミングで、死角となった頭上からの狙撃……か。なるほど……なかなかの狩人ということか」
敵への惜しみない賞賛。だがそれを聞いてもガンマは全くうれしくなかった。
むしろ、背筋が凍った。
ガンマは自分の持つ狩人としての技術を使って、本気であの蟲を狩りにいこうとしている。
けれど、自分の技はことごとく、あの固い鎧の前に無力化されているのだ。
「(回避や防御行動すら、今の攻撃じゃ取るにたらないってことかよ)」
敵のすさまじいガードの堅さを前に、緊張の糸が切れそうになる。
だがすぐさま冷静となって移動する。
相手の呼吸を読み、隙を突いての狙撃。
決して一撃で仕留めない。じわじわと敵の集中力と体力を削り、好機をじっとうかがう。
これぞまさに、彼が十数年生きて学んだ、狩人の極意。
ガンマの攻撃からは、彼の積み上げてきた技術と努力がひしひしと伝わってきた。
「すまなかったな。小僧」
ヴィクターがなおも空中で立ったまま言う。
そこには邪念が感じられないように、ガンマには思えた。
燕の矢を使って、ヴィクターの前に魔法でできた燕を飛ばす。
手紙を届けるだけでなく、ちょっとした会話も可能とするのだ。
ただし、あまり離れると会話ができなくなるため、メイベルには使えなかった。
「貴様を未熟な人間とあなどり、貶したことに対する謝罪だ。認めよう、貴様は人間にしておくには惜しい、実に優秀な兵士だ」
意外だ……。ガンマは息を潜めながら、敵の会話に耳を傾ける。
魔蟲族は人間をゴミか食料にしか見てないのだと思っていた。
しかしヴィクターはガンマの狩りの腕に感服し、賛辞まで送ってくる。
今まで魔蟲族に抱いていた、絶対的な悪という認識が少し、ぶれる。
……だがガンマはどこまで行っても狩人だった。
ヴィクターとの会話の間に、魔法矢を使って罠を張る。
『そうかい。じゃあ俺を見逃してくれるのか?』
魔法の燕を通してヴィクターと会話する。
フッ……とヴィクターは笑った。
「我が承服するとはみじんも思ってないくせに。しかし会話で注意を引きながら、罠を幾重にも張る技には、素直に感服したぞ、小僧」
ちっ……とガンマは舌打ちをする。罠を気取られたようだ。
だがこちらに分がある。罠の詳細が向こうが把握していないからだ。
もしも罠がどんなものかわかってるのならば、とっくの昔に破壊しているだろう。
そうはせず、会話を続けるということはつまり、罠を見抜けていないのだ。
『蟲のくせによくしゃべるじゃないか。そんなに考える時間がほしいのか?』
「フッ……お見通しか。ますます欲しくなったぞ。小僧」
『あいにくと、蟲と寝る趣味はない』
ガンマは茂みから身を乗り出す。
一瞬でヴィクターは距離を詰めると、手に持った大剣を振り下ろそうとした。
ぴんっ……! と何かに剣がひっかかる。
「糸か」
「ご明察」
樹と樹の間には、細くのびた1本の糸が張られていた。
ヴィクターの剣がそれにからまってしまったのだ。
彼はかまわず剣を振り回し、糸を断ち切ろうとする。
くんっ、と糸にテンションがかかると同時に……。
ドバッ……! と左右の樹から無数の針が射出される。
樹には黄色い【ハリネズミ】のようなものが張り付いていた。
【雷針の合成矢】。
星の矢と蜂の矢と組み合わせた合成矢だ。
数え切れないほどの麻酔針を射出する、魔法生物を作り出す。
これは主に罠として使われる。
糸を張って、そこにひっかかったものに対して、この麻酔針の雨を浴びせるというもの。
「これは……ぬぅうん!」
さしものヴィクターもこれにはたまらず、大剣を振り回して防御する。
ガンマは死角である背後から、竜の矢を放つ。
麻酔針の雨を払うときにできた、一瞬の隙。そこを見逃さなかった。
普段ならば極太のレーザー。
しかし今彼が放ったのは、針のごとき細く圧縮されたレーザーである。
細長い高速レーザーはヴィクターの首元に向かって射出。
圧縮レーザーは一瞬でヴィクターの首を貫いた。
はじめて、ヴィクターにまともなダメージが通る。
「くく……なるほど。我の弱点に気づいたのか」
首から出血しているというのに、なおもヴィクターは余裕を保っていた。
そう、やつの弱点。それは鎧に隙間があるということ。
異次元の堅さには驚かされたガンマだったが、しかしよく観察すれば、敵は普通に動けていることがわかる。
絶対防御の鎧も、所詮は鎧だ。
人が着て動くためには、節となる部分をもうけておく必要がある。
そのわずかな隙を狙ってガンマは狙撃したのだ。
「冷静な分析力だけでなく、罠を張る頭もあり、さらにこの正確無比な狙撃。見事としかいいようがないな」
先ほどの麻酔針も、圧縮レーザーも、どれも正確に関節部分を狙っていたのだから、敵が驚嘆するのも無理なかった。
「敵ながらあっぱれだ」
だが、なおも劣勢であるガンマは、覚悟を決める。
全力全開の一撃を、放つ覚悟を。




