51.強敵との相対する
円卓山山頂、楽園の森のなかにて。
俺たちの前に現れたのは……剛剣のヴィクターを名乗る、魔蟲族だ。
「王直属護衛軍……どういうことかしら、リヒター?」
「前から観測されていたことですよぉ。魔蟲族の組織形態は、生物学的に言えば【蟻】に近いんですよぉ」
「あり……」
「ええ。女王がひとりいて、その周りに兵隊達が居るんです。ヴィクターはその女王を守る護衛の一人、ということでしょう……」
なるほど……だからか。
以前戦ったことのある魔蟲族と比べて、こいつから感じる危機感が、桁外れだということ。
「…………」
カタカタ……とフェリサが震えてる。わかる。俺たちは狩人だからこそ、わかるんだ。
敵が、どれくらい【やる】やつなのかを。
そしてこのカブトムシの鎧を着た、人間みたいな魔蟲族が……桁外れの力を持った蟲であることを。
なにせ、鳳の矢が反応できなかったのだ。
敵を自動で迎撃する魔法矢が、発動しなかった。……いや、発動する前に潰されたのだ。
こちらの魔法矢に気づいて、こちらが気付くより早く。
「ほぅ……」
空中で腕を組み佇立しているヴィクターと、俺とが目が合う。
「貴様か。腕のいい狩人がいると思っていたが。なるほど……たしかに、いい【闘気】を持ってるな」
ヴィクターは静かにしゃべる。俺に興味を抱いている?
だったら好都合だ。俺はフェリサにアイコンタクトをする。撤退の指示を出す。
「…………」ぶんぶんぶん!
フェリサが青い顔をして首を振るった。
俺一人を置いて撤退することを拒んだのである。狩人は引き際が重要だ。
敵わぬ敵と判断したら、即座に引いて次善の策を立てる。それがいい狩人というもの。
妹も生粋の狩猟民族に生まれたのだから、それくらいの基礎は理解してる。
そのうえで、拒んでいる。俺を置いていきたくないと思ってる、みたいだ。
「親族の情……か。貴様ら人間にもそのような心があるのだな」
どうやら撤退をヴィクターに気取られたらしい。退路は、断たれたか。
なら次を考える。
「追い詰められたというのに、冷静だな小僧」
「当たり前だ。これくらい、ピンチでもなんでもない」
「フッ……強がるな小僧。我とて貴様が相当な使い手であることは承知している。だが……」
ヴィクターが、消える。
俺は即座に、そばにいた妹を左手で突き飛ばす。
ザシュッ……!
「ガンマちゃん!」「ガンマ君!?
」「…………!」
左腕が舞う。さっきまでフェリサのいた場所にヴィクターが移動していた。
やつは一瞬で距離を詰めてフェリサの首を斬ろうとしていたのだ。
その手に持っている大剣で。
バシュッ……!
「ほぅ……幻影か」
切り飛ばされた左腕と、そしてフェリサを突き飛ばした俺が消える。
案山子の矢。
分身を作る魔法矢だ。
やつがフェリサを狙うのがこの目で見えた。そして迎撃が間に合わないとわかった俺は、案山子の矢で囮を作り、そしてフェリサを突き飛ばした。
気配を消して、死角から魔法矢を打ち込んだ……のだが。
ヴィクターのやつは、この至近距離からの狙撃を、剣を持っていない手で受け止めたのである。
「星の矢!」
二射目は星の矢。無数に分裂する魔法矢による連続射撃。
ヴィクターは避けない。その場で大剣を振るう。
ごぉお……! と突風が吹いて、俺たちが吹き飛ばされる。
「! ほう……手が動かん。これは……毒……」
ヴィクターの手足がしびれている。
蜂の矢。麻酔矢だ。
星の矢で弾幕を張り、その陰から打ち込んでいたのである。
「竜の矢!」
動けない一瞬の隙を突いて、高火力のレーザーを放つ。じゅぉ……! とやつの体が一瞬で焼かれる。
「なに!? 何が起きてるの!? 早すぎてわからないわ!」
先生が叫ぶ。多分普通の目を持つ人達には、俺とヴィクターとの攻防は見えていなかったろう。
やつは、巨漢でありながらかなりの速さを持つ……いや。
速さじゃないな。【からくり】がある、何か特殊な方法で移動している気がした。
「リヒター隊長。ここは俺がやります。あなたたちは先へ進んでください」
「! じゃあ……ガンマ君……敵は……」
「はい……まだ、生きてます」
竜の矢の直撃を受けて、なお、無傷。
やつは膂力、スピードだけじゃなくて、ガード力にも優れてるようだ。
あの黒い鎧が攻撃を防いだのだろう。
「フェリサ、行け」
「…………」ぶんぶんぶん!
「フェリサ!」
フェリサも闘おうとしている。だが体が完全に震えていた。
あの敵を前に心が折れてしまったのだろう。
それでも、闘おうとする。
それはどうしてか。簡単だ。俺を守るため、だ。
「…………」
フェリサ……おまえ、本当に強い子だよ。兄ちゃんはおまえを誇りに思う。優しくて強い子だ。
でも……
「蜂の矢」
「…………!」
フェリサがその場でびくんっ、と体をこわばらせ倒れる。
リヒター隊長がすぐに近づいて、妹を背負う。
「隊長、頼みます」
「まかせてくださいよぉ」
たっ! と隊長が走り出す。リフィル先生は立ち止まって、ぎゅっ……と唇をかみしめる。
「ガンマちゃん! だめよ! 死んじゃ、だめよ! 絶対帰ってくるんだから! 約束してね!」
……ああほんと、この隊にはいい人達しかいない。ほんと、誘ってくれたメイベルには感謝だ。
だからこそ……。
「任せてください。すぐに追いつきます」
俺は隊のみんなを守りたい。俺の心を救ってくれた、俺を認めてくれた、彼女たちのことを。
リフィル先生は一瞬泣きそうな顔になる。けれどこちらを振り返らず、走って行く。
「…………」
「逃げても良いのだぞ、小僧」
ヴィクターは腕を組んで、フェリサ達が逃げるのを見過ごした。
「そんなこと、する気はないってわかってるんだろ?」
「当然だ。相対してわかった。貴様の洗練された技からは、仲間を守る強い意志を感じた。見事な心意気。人間にしておくのは正直惜しい」
「…………」
蟲のくせに、いやに人間を褒めるじゃないか、こいつ。
だが体から発する殺気が収まることはない。
「このまま引き下がってはくれないか?」
「それは無理な相談だ。我の受けた命令は貴様を殺すこと。その命令を途中で投げ出すわけにはいかんな」
「そうかよ」
俺は黒弓を構える。
通常の魔法矢がこいつには通用しない。となると、全力全開の一撃しかない。
だがあの一撃は撃つたびに弓を壊す。つまり回数制限付きだ。
今、ガンコジーちゃんがニューウェポンを作成中だが、果たして間に合うかどうか。
けれど俺はやる。戦うんだ。
獣をただ孤独に追いかける狩人としてではなく、人々の安寧を守る帝国軍人として。
「蟲。俺はおまえを殺す」
「こい、人界の人間よ」
さあ、踏ん張りどころだ。




