50.妹との一幕
俺たちは魔蟲族の調査に、円卓山へとやってきた。
円卓山の山頂には瘴気にあふれていたのだが、俺が生み出した新しい魔法矢、妖精の矢の効果で、森の中に入れるようになった。
山頂の森は通常の森と違い、すべてがでかかった。
蟲も、木々も、全部のサイズがバグってる。
「おそらくですが、瘴気に含まれる成分が、動植物を巨大化させてるのでしょうねえ」
「栄養が豊富ってこと?」
「そのとおりです。栄養過多による細胞の過剰増殖。それがこの巨大な森を作ってるのでしょうねえ。ただその栄養は人間にとっては有害。だから取り込みすぎると人間は死んでしまうんですよ」
瘴気はあくまでも、人間にとって害悪という話か。
妖精リコリスの先導で俺たちは森の中を進んでいく。
鷹の目スキルは、この森では使えない。あくまでもこのスキルは、鳥瞰を可能にできる物。
この緑生い茂る森の中では、森の木々が邪魔をして、その効果を十全に発揮できないでいる。
「…………」
ぴた、とフェリサが立ち止まる。
「敵のようです」
フェリサは耳がいい。獣が発する呼吸音や、足音から事前に敵を察知できるのだ。
俺は立ち止まって狙撃。魔蟲の頭をぶち抜く。
「ありがとう、フェリサ」
「…………」むふー。
正直、妹を危ない戦場に連れて行くことには反対だった。フェリサは病弱だし、女の子だ。何かあってもしもがあったら……と。
けれど今は、彼女を連れてきて良かったと思っている。耳がいいこの子がいるから、俺たちは安全に進めているのだから。
「頼りにしてるぜ、フェリサ」
「…………!」
妹は両腕を上げて、何度もぴょんぴょんとその場でジャンプする。
「進みましょう、フェリサがいれば無敵です」
「…………!」むん!
俺たちは深い森の中を進んでいく。
フェリサが立ち止まるたびに、俺は狙撃を行う。
本当にスムーズに探索がすすむのだが……。
「偉いぞフェリサ」
「…………!」むふー!
「すごいぞフェリサ」
「…………!」むふふー!
「最高だぞ、フェリサ」
「…………!」ふふふふーん!
とまあ……敵を倒すたびに、妹は俺からの【褒め】を期待するのだ。
褒めないとフェリサは拗ねてしまって、その場から動かなくなる。
みんなの前でやたらと妹を褒めるのは恥ずかしい……のだが。
今は緊急事態で、妹の耳だけが頼りな状況。多少恥ずかしいのは我慢だ。
「なんだか緊張感がありませんねぇ」
「仲のいい兄妹のいちゃいちゃを見せられてるからでしょうね♡ ふふ……♡」
『いやいや……あんさんら。いちおうここ敵のテリトリーやかんな。普通の人間じゃ、生きて帰れない魔境と同じ環境やからな』
妖精郷とこの山頂とは同じ環境であるという。
まだ行ったことないが、妖精郷での探索がもしあるとすると、フェリサが必要になるかも知れない……。
「…………」じー。
俺が考えごとをしていると、フェリサが俺を見上げてきた。
どうしたの、と目で聞いてくる。
「いや……なんでもないよ」
確かにフェリサがいれば、今後の胡桃隊としての活動の幅は広がるだろう。より安全に、より優位に、魔蟲族との戦いを進めると思う。
けれど……それはつまりフェリサを軍に入れるってことだ。
今回はあくまでも緊急事態だから、入れたのであって、普段だったら絶対に俺はこの子を危ない場所に入れたくない。
それにフェリサは持病を抱えている。
病気をどうにかしない限りそもそもガンコジーさんがフェリサを、人外魔境の外へは連れては行かないだろうしな。
「…………」むぅう。
フェリサが立ち止まって、頬を膨らませている。
「ん? どうした?」
「…………」むー!
なんか急に不機嫌になったな。
「ガンマ君。君、敵を倒してましたよ。褒めてあげないんですか?」
「え? あれ、倒してました?」
「無意識で狙撃してたんですねぇさすがです」
なるほど、考え事してる間、俺は敵を倒していたらしい。
でも兄がご褒美にほめてくれなかったから、怒ったと。
「悪かったな。フェリサはすごいすごい」
「…………」じー。
どうやら納得していない。もっと褒めて欲しいのか。
「すごいすごい」
「…………」ふぅ。
もうあきたんだよなぁ、みたいな、そんな感じがする。
ええっと……。
「フェリサ。たかいたかーい」
「…………」きゃっきゃっきゃ。
どうやらお気に召してくれたようだ。
褒め方を変えてやる必要があったんだな。
『まったくなぁ、あんさんら緊張感なさすぎやで……』
「ガンマ君ほどの狙撃手がいれば、危険な場所も楽々ってことなのですよぉ」
と、そのときだった。
フェリサの顔が、緊張でこわばったのだ。
「みんな、下がってください」
俺は弓を構えて上空を見やる。
そこには、空に立つ一人の魔蟲族がいた。
フェリサが緊張するほどの、強敵。
「誰だ、おまえは?」
「我は王直属護衛軍がひとり、剛剣のヴィクター。侵入者というのは貴様らだな?」