47.王直属護衛軍【剛剣のヴィクター】
ガンマ達が妖精リコリスからの依頼を受けている、一方その頃。
人外魔境中央にある円卓山。その名が示すとおり、テーブルとなってる部分にて。
かつてリコリスたち妖精が暮らしていた森、楽園。
その緑豊かな森の中に、ひときわ異質な雰囲気を醸し出す建物があった。
一言で言うならば白亜の城。だがそれは近づいてみると、細い蜘蛛の糸でできていることがわかる。
糸を巻いて作り上げた巨大な城、それがこのオブジェクトの正体だった。
城の中には魔蟲族達が徘徊して、城の中を守っていた。
魔蟲族たちは、廊下を堂々と歩く【彼】を見てその場にしゃがみ込む。
誰もがみな、彼が近づくと膝をついて深く頭を垂れていた。
と、そこで……。
『きゃはは』『待ってくれよー』
生まれたばかりの魔蟲族の子供が、こちらに走ってくる。友達と遊んでいるのに夢中で、近寄ってくる彼に気づかなかったのだ。
どんっ、と子供が彼にぶつかる。
『あ……ゔぃ、【ヴィクター】……様……』
彼の名前はヴィクター。
その見た目は、魔蟲族からすれば異質なものだった。
魔蟲族の見た目は人間くらいの大きさの蟲が、二足歩行しているようなフォルムをしている。
しかしヴィクターは違う。カブトムシを彷彿とさせる黒い鎧を着込んでいる。だが、全体の見た目は人間に近い。
浅黒い肌に、とがった耳、両の腰には2本の剣を指している。
どこか、武士のような見た目の男だ。そして魔蟲族とはかけ離れた見た目だ。かつて存在した、魔族に近い姿であった。
さて。
子供にぶつかられたヴィクターはというと……。
『も、申し訳ございませんヴィクター様! 無知なる我が子が、王直属護衛軍様に対して無礼を働き! 心からお詫び申し上げます!』
子供の親がかけつけてきて、何度も何度も頭を下げる。
子供は事情を理解していないのかぽかんとしているが、親のリアクションから、相手がただならぬ蟲であると、雰囲気で察してはいた。
王直属護衛軍。それは文字通り、魔蟲達の王ベルゼブブを守る、最強の魔蟲族たちのこと。
護衛軍が一人、剛剣のヴィクター。
す……とヴィクターは子供に手を伸ばす。
ぽん、とその頭をなでた。
「次からは、気をつけるのだぞ」
『う、うん……あ、はい! わかりました、ヴィクター様!』
「わかればいい」
一兵隊である魔蟲族からしたら、護衛軍は上位存在。ぶつかるなど言語道断。
首をはねられてもおかしくない立場であったが、ヴィクターは子供のすることだと許したのである。
『ヴィクター様! ありがとうございます! 殺さず、慈悲をかけてくださり!』
「気にするな。この小僧は、いずれ王を守る兵となるもの。王を守って死ぬのが我ら蟲の本懐。たかがぶつかったくらいで殺すなどするものか」
ヴィクターは子供の頭をなでながら言う。
「小僧。親の言うことをきちんと聞くのだぞ」
『はい! おれも、ヴィクターさまのように、おうさまをまもる、りっぱな兵士になります!』
「その意気やよし。ではな」
ヴィクターが歩み去って行く。その後ろで、魔蟲族の親が何度も何度も頭を下げていた。
子供の目には、ヴィクターの姿が焼き付いて離れない。いずれ彼のような武人になることを夢見て、これからより一層の訓練に励むだろう。
さて。そんなヴィクターが向かった先は、城の最奥部。
そこには巨大な繭があり、その周りに計測器がいくつも並んでいた。
「やぁ、剛剣のヴィクター。私に何か用かな?」
「……ジョージ・ジョカリ」
白衣を着た、桃色髪の男。ジョージ・ジョカリ。リヒター隊長の実の兄だ。
見た目は確かにリヒターに似ているものの、その表情からは形容しがたい邪悪さのような物がにじみ出ている。
「我は王より、貴様を見張る任を受けて参上した」
「それはそれはご苦労なことだね。まもなく巨大蟲は完成する。夜が明ければ繭から成体がでてきて、この土地の命を根絶やしにするだろうね」
ジョージは人間であるが、その科学技術を人間の平和のために使う気が全くない。
彼の興味の対象は、生命の進化。より強い種を、自らの手で生み出すこと。
今回の巨大蟲作りは、彼の実験の一つである。
「この実験体が、王を守ることに寄与するのであろうな?」
「え? そんなわけないだろ? これは実験さ。私が最強種を生み出すたm」
きんっ……。
ぼと……。
ヴィクターが剣を、鞘に戻すと同時に、なんとジョージの首がぼとりと地面に落ちたのだ。
それは本当に一瞬の出来事だった。ヴィクターは剣を抜いて、距離を詰め、そしてジョージの首を刈ったのである。
「いきなり斬りかかるなんて、酷いじゃあないか」
殺されたというのに、しかし、頭部だけになったジョージがしゃべり出す。
ヴィクターは特に驚いた様子もない。
首なしの死体は転がっている自分のものを手に取って、頭部を正しい位置に持って行く。
触手のようなものが切断面から伸びて、あっという間に頭部と胴体を接合した。
「……相変わらず、気色の悪い体だ」
「見解の相違だね。素晴らしい体じゃないか。不老不死は人類が文明を築き上げてからの夢なのだよ?」
「くだらん。興味もない」
「ああ、そうかい。ま、蟲の細胞を取り込んだ私を殺すのは至難の業だろうから、あまり無駄なことをしない方がいいと助言しておくよ」
すでに、ジョージは人間をやめていた。それはそうだ。最強種を生み出すのは彼の目標。
人間なんて脆弱な種族であると見下している彼が、人間のままであるはずがない。
「……人を捨てた、化け物が」
「それは褒め言葉だと受け取っておくよ。私は人間であることに特にこだわりはないからね。妹とは、違ってね」
天才科学者であるジョカリ兄妹。兄は人間にさっさと見切りをつけ、最強種を生み出そうとしてる。
対して、妹は人間の可能性に希望を見いだして、あくまで人間としての強さを追い求めているのだ。
「ところで君、今暇かい? ならちょっとお使いを頼みたいのだよね」
「貴様の命令を聞く義理はない。我は王の命令でのみ動く」
「固いねえ……。まあもっとも、私はその王様から指揮権を託されてる立場にあるんだが?」
ヴィクターは忌々しげにジョージを睨みつける。当の本人はどこ吹く風。
魔道具タブレットを操作すると、空中に光り魔法で作られた、ヴィジョンが出現する。
黒髪の弓使い、ガンマ・スナイプ。
「なんだこの人間は?」
「その子はちょっと厄介な子でね。彼がこの巣に近づかないようにしてくれないかな?」
「…………」
「おや、もしかして子供は殺せないとか、そんなぬるいことは言わないよね?」
ジョージからのあおりに、ヴィクターは鼻を鳴らしていう。
「当然だ。我が守るべき命は蟲たちのみ。人間の餓鬼など我にとっては路傍の石も同然よ」
「ああそう。ならさっさとどけておいてくれないかな? 実験の邪魔をされたくないからね」
ヴィクターは少年の顔を覚えると、その場を後にする。彼がいなくなった後、ジョージはくつくつと笑う。
「頑張ってくれよガンマ君。君にはすごく……期待してるんだからね」
人間であることを捨て、人間にとうに見切りをつけている彼が、唯一、興味を持っている存在。
それが、ガンマ・スナイプという少年なのだ。
彼が、それだけ特別な存在であるという、何よりの証拠であった。