45.先生の手料理
俺たちは砂蟲を撃破した。
その後、さっきの洞窟へと戻ってくる。
『いやぁ、あんさんらお強いなぁ! 砂蟲ぶっ倒すなんて、やるやんなぁ!』
妖精リコリスが笑顔で拍手している。
妖精。初めて見るが、人間に近い見た目をしている。
ただ、手のひらに収まるようなサイズに、背中から生えてる翅が、人間とは異なる。
人間のような蟲。それはどこか、魔蟲族を彷彿とさせた。
『ちゃうで、わいは魔蟲族とはちがうちゅーの』
思ったことを、そのまま言い当てて来やがった。
こいつ……まさか……特殊な力を持ってるのか? 心を読む……とか。
だとしたらますます怪しいやつだ。
『ちょちょちょ、まってーや兄さんらとやり合うつもりはないし、わいは魔蟲族とは違うさかい』
ちら、と俺はフェリサを見やる。
彼女は耳がいい。嘘をついてる人間の声音を聞き分けることができる。
フェリサがじっと俺を見つめてくる。他の奴らにはわからないだろうが、兄妹である俺たちには、今のアイコンタクトだけでわかる。
すなわち、妖精リコリスが嘘をついていないことを。
『よかったー、信じてくれて~』
「……やりにくいな、心を読むやつとの会話は」
『まー、心読むっちゅーか、波長の合うやつの兄さんの魂の発する波動を感知してる感じやな』
「波長?」
『せや。妖精は通常、人間にはみえへんのや。今は魔法で可視化しとるけどな』
「なんで?」
『そうせえへんと、兄さん虚空に向かって独り言ぶつぶつ言ってる感じになるやろ?』
た、確かにそれは痛い……。
『ま、わいの読心術も便利やないってこった。その点、兄さんの嬢ちゃんのほうが優れとるかもな。条件問わず、相手の嘘や感情の揺れを聴き取ることができるからな』
ふふん、とフェリサが得意げに胸を張る。
褒められてうれしかったのだろう。
にゅっ、と手を伸ばして、フェリサがリコリスをつかむ。
『な、なんや嬢ちゃん……? どわー! ほっぺすりすりやめーや!』
フェリサはどうやらリコリスが気に入ったらしい。お気に入りの人形にするように、ほっぺたですりすりしていた。
妹は昔から可愛い物すきだったしな。
『ちょ! 兄さん助けて! この嬢ちゃんくっそ怪力! 逃げらへん! 死ぬ! 死ぬて!』
「はいはーい、遅くなりましたけど夜ご飯ですよー♡」
ちょうどそこへ、リフィル先生が夕飯を作って持ってくる。
フェリサが両腕を上げて喜びを表現していた。そのタイミングでリコリスは逃げおおせ、俺の後ろに隠れる。
『あの嬢ちゃんも化け物や……』
「も、ってなんだよ」
『兄さんも含めてバケモンっちゅーこったな。しかしわーい、飯や飯~♡』
そういえば今日の夕ご飯は、先生が作るって言っていた。
俺やフェリサが作ろうとしたら、全力で止めてきたんだっけ。
昆虫食はもう嫌だってさ。しかしどういうご飯が出てくるんだろう。
リフィル先生は回復、戦闘、事務作業ととても優秀な軍人だ。
そんな彼女が作るご飯なら、きっと上手いに違いない。
『おほー………………お、お、おおう?』
リコリスが真っ先に、先生の持ってきた鍋の中をのぞき込んで首をかしげる。
『あ、姐さん……? なんやこの、丸焦げの物体は……?』
リコリスに続いて俺も、そして仲間達も中を見る。
……たしかに、黒く焦げた物体が鍋の中にあった。
なんかこう、ドロッとしてる。焦げてるのに。なんで?
しかもボコボコ言ってて、底なし沼みたいだ。
匂いは……無臭。見た目のビジュアルが悪すぎる。
「……コメントに困りますよねぇ~……」
リヒター隊長だけは、ふぅとあきれたようにため息をついていた。
先生のこの泥を見て驚いてるそぶりは見せないので、すでに知っていたのだろう。
「あらどうしたの、みんな。食べないの?」
『わ、わいちょっと……泥はちょっと……か、カレーライスとかなら食べれるんやけどなあ!』
「泥? いいえ、これカレーよ」
『そ、そうですか……』
リコリスがひきつった笑みを浮かべる。
気持ちはわかる、わかるぞ……。
これがカレー? 冗談だろ。完全に化学兵器だった。匂いこそしないが、味がやばいことは簡単に想像ができる。
どうする……と俺たちはお互いアイコンタクトする。
このままこの物体Xを食ったら、まず間違いなく腹を下さす。かといって、残してしまったら先生が悲しむのは必定。せっかく作ってくれたし、なにより。
先生がこの泥を見ても、失敗だと思ってないあたりがやばすぎる。
「…………!」
ばっ、とフェリサが手を上げる。お、おまえ……行くのか? 行くのか!?
フェリサがこくこくとうなずいた。
そういや妹はさっきの件もあって、少し仲が良くなったんだっけな。
多分友達の作った料理を、残したくないのだろう。
リフィル先生がついでくれた、カレー(のようなもの)を、フェリサが受け取る。
だ、大丈夫なのか……?
大丈夫なのか、妹よ!
「…………」
スプーンで一口掬って、口の中に入れる。
かっ! と妹が目を見開く。
顔色がみるみるうちに悪くなって……。
だだだだ! と外に出て行った。
「さぁさぁ、みんなも食べて♡ 隊長。ほら、あーん♡」
「い、いやボクは……ふぎゅ!」
先生は無理矢理、隊長の口にカレーを突っ込んで。
「ふんぎゃぁああああああああああ!」
リヒター隊長は叫び声を上げながら外へと転がっていく。
「さて……残りは二人ね」
「『ひぃい!』」
月明かりに照らされた先生は、怪しいオーラを体から発していた。
逃がさない。言外にそう言ってるように感じた。
『わ、わいはこんなところに居られるか! 一人帰らせてもらうで!』
「あ、バカ……! 一人で行動すんな!」
リコリスはぎゅぅううん! と猛スピードで逃げようとする。
だが途中でふらついて、地面に倒れた。
『な、んや……ほれ……かららに、ちから、はいれへん……』
「空中にごく少量の麻酔を散布してたのよぉ♡」
くそ……だから、俺も動けなくなっていたのか!
俺とリコリスが動けないで居ると、先生がにんまりと笑う。
「おのこしは~……許さないんだから♡」
……その後俺とリコリスが悲鳴を上げながら、洞窟の外へと転がっていったのは、言うまでもない。