42.野営の準備
ソノイの村を出発して、半日くらいが経過。
朝早くに出発して、今は日が暮れている。
俺たち一行は野営することにした。
近くにあった大岩に、俺は【竜の矢】をぶち込む。
大岩に穴を開け、そこで野営することにした。
「……ガンマちゃん。相変わらずすごいわ……すごいけど……すごいけども……」
「どうしたんですか、リフィル先生?」
軍医のリフィル先生が、ぐったりした調子で言う。
「隊を離れて改めて思うけど……ガンマちゃんってなんというか、いろいろずれてるのね……」
「え、え? ず、ずれてますかね……俺……?」
先生からそんな意外な言葉が飛んできた。そ、そんな……ず、ずれてるだと……?
大人の先生が冗談で、そんな事いうとは思えない。これはマジなんだろう。え、え、うそ……。
「お、オスカーや隊長と比べたらまともだと自負してたんですが……」
「まあバカとエロとくらべたら、大分ましよ。ただ……はあ。ガンマちゃんも、変わり者集まるこの隊に、来るべくして来た、変わり者だったのね」
話、え、それで終わり?
もうちょっとわかるように言って欲しい!
俺も同類ってことか……。オスカーや隊長と? いや、別にあの人達が嫌いって訳じゃないけど、同じグループでくくられると、すごい不服なんだが……。
「今夜はここで一泊ですかねえ。みなさん、ご飯作れる人はぁ?」
俺が手を上げる前に、フェリサが両腕をババッ……! と上げる。
ふすふすと鼻息を荒くしながら、自分が炊事当番をすると主張してきた。
「フェリサちゃんがご飯作ってくれるの?」
「…………」こくん!
「わーたのし……み……」
一瞬にして、先生の顔色が青くなる。何かに気づいたようだ。
「ふぇ、フェリサちゃん……もしかしてだけど、お夕飯って……虫?」
「…………」こくん!
まあうちの民族料理と言えば昆虫食だしな。フェリサも食材を持ち込んでいたし。
地竜に結びつけていた鞄をおろして、中からムカデを「ちょーーーーーーーーーーーーーーーーっとまったぁ!」
先生がフェリサを後ろから抱きかかえる。
何するの? と妹が先生を見上げて無言で尋ねる。
先生はぶるぶるぶる! と強く首を横に振る。
「フェリサちゃん、今日は疲れてるでしょ? 戦闘で。お、お姉さんが作ってあげるわっ!」
おお、先生の手料理か……!
確かにフェリサは今日頑張ったしな。気を遣ってくれてありがたい。
それに先生の料理がどんなものか気になるからな。大人の先生のことだ、さぞ、美味しい料理が出てくるだろう。
「あれぇ? 確かリフィル先生ってぇ……」
とリヒター隊長は何事かをつぶやこうとする。
先生は隊長の口を押さえて、真顔で首を振った。
「朝昼晩と虫は……さすがにお姉さんも無理」
「もが……そうですかぁ。慣れるとおいしいですよぉ?」
「かもしれないけど虫ばっかりじゃ栄養が偏ってしまうでしょ。だからほらね、ね、ね……!?」
「そ、そうですねぇ……」
いつも大人の余裕を見せる先生が、鬼気迫る表情で隊長を組み伏せていた。
そんなに料理番をやりたかったのだろうか。
……たぶん、俺たち兄妹にばかり戦わせて、自分は戦闘に寄与してなかったことを、気にしてるのかもしれない。
そんなの気にしなくていいのに、優しい人だ。
先生が料理の準備をしている間、俺たちは今後の方針を、隊長と話し合う。
「ちょうど半分くらいまできましたねぇ。ここから円卓山に入るわけですがぁ、内部の情報ってどれくらい把握してますかぁ?」
「山の麓くらいまでは。山頂は入ったことないですね」
「おやぁ? 狩猟民族さんたちもですかぁ?」
俺とフェリサはそろってうなずく。
「あの山って、山頂がテーブル……つまり平たいんですけど、そこは神聖な領域って言われてて、俺たち部族は入ったことがないんですよ」
「なるほどぉ……ですが、人の眼につかない場所は怪しいですねぇ。そこに魔蟲族が巣を作ってたとしたら……」
……十分にあり得る話だ。
今まで魔蟲族の魔の字も、俺が十数年居て見かけなかったんだ。
俺たち部族の眼に止まらない場所は、十分怪しいと言える。
「ガンマ君達は麓で待機してもらいますかねぇ」
「まあ、俺は集落を抜けて帝国軍人になったんで、入っていい……んじゃないかと。フェリサは無理ですけど」
確証は持てないけど、俺はもう軍に所属してる。部族じゃない。
まあへりくつだとは俺も思ってる。けれどここで魔蟲族を放っておくほうのリスクの方が大きい。
……脳裏によぎるのは、リヒター隊長の兄、ジョージ・ジョカリが見せた、あの大量の改造人間達。
あのイカレタ科学者が魔蟲族のやつらと手を組んでるとなると、時間が経てば経つほど、奴らは厄介に進化していくと思われた。
改造人間なんていう、おぞましい生物兵器を短時間で開発してしまうんだから。
「まあガンマ君のおじいさんに怒られたら、ボクに命令されたってことにしておきましょー」
「……いいんですか?」
確かに軍人なら、上の命令は絶対だ。それに逆らえなかったと言えば、責任は半減する。
というか、隊長に迷惑がかかるんじゃ……。
にこっ、とリヒター隊長は笑って俺の頭をなでる。
「矢面に立って部下を守るのは、上司の給料の一部ですからぁ。気にしなくていいんですよぉ」
「隊長……」
彼女の表情からは悪意を感じられない。部下を思いやる温かみを思わす笑みだった。
……ジョージ・ジョカリ。兄貴はあんななのに、リヒターさんはこんなにも優しい。
彼はどこで、道を間違えてしまったのだろうか。
「しかし問題がありますねぇ。円卓山までの道のりはわかっても、現地の、とりわけ山頂部の地図はわからないんですかぁ」
「そこは俺のスキルと、隊長のドローンでなんとかするしかないですね」
「ですかねぇ。まあ一人くらい、現地のガイドがいると助かるんですけどねぇ」
と、そのときだ。
ゴゴゴゴゴゴ……! と大岩全体が揺れ出したのである。
「なっ、なにかしらっ!?」
鍋を持ったリフィル先生が慌てて周囲を見渡す。
鳳の矢が反応してる。
「敵です」
「みたいですねぇ。ドローンで様子を……って、なんですかこれはぁ……」
タブレットを見ている隊長が、困惑している。
『た、たすけてやー!』
外から男の悲鳴が聞こえてきた。
「フェリサ、いくぞ!」
「…………」こくん!
俺たちは武器を手に、洞窟の外へと出るのだった。