41.フェリサの狩り
俺たちは円卓山へと向かう。
リヒター隊長達はバイクに、俺とフェリサは地竜にまたがって北上していく。
「そういえば、フェリサちゃんって得物は手斧なのね」
併走するリフィル先生が、フェリサの腰についてる手斧を見ていう。
「こないだ襲ってきたときは、投石してなかったかしら?」
「フェリサは元々手斧を使うんですけど」
「けど?」
「まあ……実際見てもらった方が速いですね」
スキル【鷹の目】を発動させる。
周囲の様子を鳥瞰する。離れたところに【灰猛牛】の群れがいて、こっちに襲ってきていた。
「ガンマ君、敵ですかぁ?」
すぐさまリヒター隊長が気づいて俺に問うてくる。
「はい。灰猛牛です」
「え、Sランクモンスターなんだけど……」
リフィル先生が戦慄の表情を浮かべる。
そんな怯えるような敵じゃないが、なにぶん数が多い。
自動迎撃の魔法矢【鳳の矢】で捌ききれてないほどだからな。
「それで、敵が群れで襲ってきてるのはわかりましたがぁ、どうやって対処しますぅ?」
「俺が……」
するとフェリサが、くいくい、と俺の腕を引っ張る。
じっとその目が俺を見つめていた。
「フェリサがやるそうです」
「…………」こくん。
俺の後ろでフェリサが立つ。
両手に手斧を持って構えを取る。
1対の斧は鎖で繋がっている。
フェリサは鎖をぶんぶんと振り回していく。
「が、ガンマちゃん? フェリスちゃん何をするつもり……」
「…………」
ぶんっ! とフェリサが片方の手斧を投げる。すさまじい早さで斧が、まるでブーメランのように飛んでいく。
「きゃああ……!」「バイクがぁ……!」
びりびり、と空気を振るわすほどの衝撃を生む。
フェリサの投げた手斧は、灰猛牛の体を、まるで濡れた紙のように容易く引き裂く。
人外魔境の大地が、フェリサの手斧が通ったあとに血の海に沈んでいく。
この間、ほぼ一瞬だ。
「な、投げたと思ったら……すぐに手元に戻ってきてるわ……」
「ええ、これがフェリサの本来の戦闘スタイルです。ただ……」
フェリサはぶんぶんと手斧を振り回し、、投げまくる。
彼女はこうして斧を何度も何度も投げては、遠くの敵を次々と狩っていく。
それだけじゃなくて……。
「ひぃい! け、獣の死体の群れぇ……!」
フェリサの投げた斧は、無差別に周囲にいたものを虐殺してしまうのだ。
投石のほうが、1発当たればそれ以上の被害はない。
だが手斧だと、斧の軌道上にあるものすべてが、フェリサによって命を刈られてしまう。
だから、普段狩りのときは、斧を使わないのだ。殺しすぎてしまうから。
「フェリサちゃん! ガンマちゃんに代わって! こっちにまで……ひぃ! 手斧飛んでくるんじゃないかって怖いから!」
弓の場合は前にまっすぐしか飛ばないから、併走してる先生達に当たる可能性は万に一つもない。
一方フェリサの投げる手斧は、どこへ飛ぶのかわからない。
だから、味方に当たるリスクを減らして欲しいという要望が出るのは妥当だ。
「…………」ふすー。
「フェリサのやつ、珍しくやる気出してるんで、やらせてあげてください」
「う、ううん……わ、わかったわ……」
しかし珍しいこともあるもんだ。フェリサは普段感情を表に出すような狩人じゃないのだが。
珍しく興奮してる……というか。力を見せつけてるみたいな、そんな気がする。
「…………」
しきりに、フェリサはこっちを見ている。……よくないな。
俺は【鷹の目】で敵の群れのボスを、捕らえた。
いつものフェリサならすぐに気づくだろう。だが今は集中力を欠いてる。
「ちーちゃん」
「ぐわっ!」
乗せてもらってる地竜に、運転を任せる。
俺は魔道具である指輪に魔力を込めると、右手に黒い弓が出現。
黒弓を使って魔法矢を放つ。
「鋼の矢!」
矢はまっすぐ放物線を描いて、ピンポイントで地面に突き刺さる。
ボスの眉間を打ち抜いた。よし……。
どどど……と灰猛牛たちは、猛進をやめて去って行く。
いったんバイクを止める。
「す、すごかったわねフェリサちゃん……まさに、死屍累々……」
周りには灰猛牛たちの死体の山が築かれていた。
「ん? ガンマ君……、この岩盤に穴が開いてるのですが……?」
「それ、岩盤じゃないですよ。群れのボスです」
「「は……?」」
俺たちが一見すると、灰色の地面に見える場所。
しかしよくよく目をこらすと……巨大な灰猛牛であることがわかる。
「【大灰猛牛】です。穴を掘ってそこに身を隠し、自然と一体化し、敵を捕食するんです」
「こ、こんなの知らなきゃ、普通にこの上通ってたわね……」
そう、多くの旅人はこの擬態を見抜けずに、ボスの餌食となる。
「フェリサ」
「…………」
びくん、と妹が身をすくめる。
「群れのボスに気づかなかったな?」
「…………」しゅん……。
「力を誇示するようなやりかたは、狩人の戦い方じゃない」
「…………」しゅん……。
するとリフィル先生が近づいてきて、ぽん、とフェリサの頭をなでる。
「ガンマちゃん。多分ね、お兄ちゃんに認めてもらいたかったのよ、この子」
「認めて……?」
「うん。だって、この子と会うの数年ぶりなんでしょう? 狩人としてどれだけ成長したのか、見て欲しかったんじゃないかしら?」
……なるほど。気負いがあったのか。だから……狩りに精彩を欠いていたと。
「…………」
フェリサが目を丸くしている。驚いているのがわかった。
先生が、彼女の心の中をぴたりと当てて見せたからだろう。
やっぱりうちの隊の人たちはみんなやさしいな。
「おまえの事情はわかった。ごめんな、叱りつけて」
「…………」ぶんぶんぶん!
フェリサが勢いよく首を横に振る。リフィル先生は微笑んで言う。
「フェリサちゃんもお兄ちゃんの気持ち理解してるって。フェリサちゃんの成長を思えばこその、厳しい意見だって。ね?」
「…………」こくこく!
じっ、とフェリサが先生を見つめると、抱きつく。
どうやら先生を気に入ったようだ。
「ふふ……♡ ほんとかわいいわ……♡ ほんと……あの子みたい……」
先生が悲しそうな表情になる。
あの子、つまり彼女の弟さんのことだ。死んでしまったといっていた。
それも、自分の手でとかなんとか。
「…………」ぐにー。
「あら? ふぁーに?」
フェリサが先生のほっぺを摘まんで、横に伸ばす。
俺にもわかった。彼女が先生を励まそうとしていることが。
「ありがとう……フェリサちゃん」
「…………」にこっ。