40.出発
朝食を食べ終えたあと、俺たちはいよいよ、円卓山に調査へと向かうことにした。
村の入り口にて。
魔法バイクのとなりには、1匹の地竜がたたずんでいる。
地竜。地上を走る特別な竜だ。翼がないけれど、ものすごい速さで走ることができる。
「久しぶりだな、【ちーちゃん】」
「ぐわぐわ!」
赤いうろこを持つ地竜……ちーちゃんの頭を、俺はなでる。
小さい頃はこの子にのっけてもらって、よく狩りへ行ったっけ。
「地竜のちーちゃんねえ……」
「どうしたんですか、リフィル先生?」
軍医リフィル・ベタリナリ先生が、ちーちゃんを見てつぶやく。
「いや、アタシの知り合いも、自分の地竜にちーちゃんって名前つけてたの思い出してね。みんな考えることは同じなのかしら、九官鳥のきゅーちゃんとか」
地竜は割とメジャーな乗り物だし、先生の知り合いが飼ってても特に驚きはしない。
「やーやー、お待たせしましたねぇ~」
リヒター隊長とガンコジーさんが、一緒にこちらへとやってくる。
「遅かったですね。どうしたんですか?」
「ちょっと、ガンコジーさんから、弓作りの基礎を教わってましてぇ」
そういや、隊長がここへ来た目的の一つに、俺に会った武器(弓)を作る技術を、ガンコジーさんから教えてもらうんだったっけ。
「この嬢ちゃんからヒントと素材もらってな。ガンマ、おまえさんの新しい弓を、今作っておるぞ」
「え、新しい弓を?」
「ああ。完成したらおまえさんに送るから、待っておるんじゃぞ」
リヒター隊長、そういえば昨日ここへついてから、じいさんとこそこそなんかやってたけど……そうか。
弓作ってくれてたんだ。
「ありがとう、じいさん」
「いいってことよ。わしの作ったもんを、孫が使ってくれる。これ以上うれしいもんはないぞい」
にかっ、とじいさんが笑う。目の下に少しくまがあった。
……寝ずに作ってくれてたのだろう。
俺が、やばいとこに調査へ行くと知って、俺が危なくないように……。
ごめん、とは言わない。
だってそれは家族なら当然だからだ。
迷惑をかけても、ごめんって言うんじゃない。
「ありがと、楽しみに待ってるよ、新型」
「おう。新型はあとからペットの大鷲に届けさせる。それまではリヒター嬢ちゃんの黒弓を使っておれ」
隊長の作ってくれたこれもいい弓なんだけど、やはり俺の全力全開の一撃には耐えられない。
だから、本気の一撃に耐えうる新型を、求める。きっとじいちゃんなら、俺の要望にドンぴしゃで応えてくれる、すごい弓作ってくれる。
俺は、そう信じてる。
「フェリサ。おまえさんにはこれを」
じいちゃんが黒い手斧を2本、フェリサに差し出す。
斧の柄には黒い鎖がついており、2本をつなげていた。
フェリサは自分の腰に、2本の手斧をくっつける。そして、ぎゅーっと、ガンコジーさんの腰にしがみつく。
言葉を言わずとも、感謝の気持ちは伝わるもんだ。家族ならな。
「それじゃあ準備も終わりましたし~。出発しましょうかぁ~」
隊長とリフィル先生はバイクに、俺とフェリサは地竜に乗り込む。
地竜は乗り慣れてないと尻を痛めるからな。先生と隊長はバイクに乗ってもらう。
俺はちーちゃんの背にのり手綱を握る。フェリサは腰にぎゅっと抱きついてきた。
「ガンマちゃん、大丈夫? こっちはバイクだけど?」
バイクと地竜とじゃ、バイクの方が速くて、俺たちをおいていってしまう、と心配してくれてるんだろう。
優しい人だな、リフィル先生は。
「大丈夫です。な、ちーちゃん?」
「ぐわー!」
ちーちゃんがなぜか気合い十分だった。
きっ、とリフィル先生……というか、バイクをにらみつける。
視線の感じから、対抗意識を燃やしてるように見えた。
「それじゃ……しゅっぱーつでーす」
リヒター隊長がバイクを発進させる。
俺はちーちゃんの首をなでて、手綱をぱちん、と振る。
ドンッ……!
「ちょっ!? まっ、ええええええええええええええええええ!?」
背後からリフィル先生の、驚く声が聞こえる。
どどどどど! とちーちゃんは地面を速く駆けていく。
「おお、相変わらずいい足だなちーちゃんは」
「ぐわー!」
いつも通り、いや、いつもより調子がいいな。
これなら早く円卓山につきそうだ……。
「…………」
くいくい、とフェリサが俺の服を引っ張る。
「どうした?」
「…………」
くいっ、とフェリサが背後を、顎でしゃくって指す。
ちーちゃんを止め、後ろを見ると……そこには誰もいなかった。
「あれ? 先生達は?」
「…………」
ふるふる、とフェリサが首を振る。
あれ途中で引き離しちゃったかな……。
俺たちはいったん止まって、先生達を待つ。
十数分くらいして、ようやく先生達のバイクがやってきた。
「おかしいわ! おかしいわよ! ガンマちゃんっ!」
先生が声を荒らげる。おかしい?
「ちーちゃんが遅すぎるってことですか? まあ確かにちーちゃんまだ幼竜ですし……」
「ちっっっがうわよ! 速すぎるって意味よ!!!!!!」
先生が切れていた。え、ええー……なんでキレてるんだ?
「バイクより速く走る地竜ってなに!? 聞いたことないわよ!?」
「そうですか? うちの部族の飼ってる地竜のなかじゃ、ちーちゃんが一番若いですし、彼女より速く走る子はざらにいますよ」
唖然とする先生。
一方でリヒター隊長がつぶやく。
「ガンマ君。もしかして地竜達もまた、君たちと同様、蟲を食べてますかぁ?」
「そうですね。栄養満点なんで、よく食ってます」
「なるほどぉ……だんだんつかめてきましたよ、人外魔境に済む狩猟民族達の、強さの秘訣がねぇ」
それ出発前も言ってたな、隊長。
リフィル先生が俺たちをみて言う。
「というか、そんな速い地竜に乗ってて大丈夫なの? あの速度で振り落とされたら……」
「ガキの頃から乗ってるんで大丈夫ですよ。もちろん、落ちることも結構ありますけど、死人はゼロですね。な、フェリサ?」
「…………」こくこく。
俺もフェリサも昔から落馬ならぬ、落地竜してるけど、ぴんぴんしてる。
さぁ……と血の気の引いた顔で、先生が叫ぶ。
「怖い! 怖いわよ! 人外魔境とその狩猟民族!!!!」