33.出発前夜
極秘任務のため、俺は実家のある人外魔境へと里帰りすることになった。
出発前夜。
俺がいるのは、帝国軍人用の単身寮だ。
軍に所属してるだけで、ただでこの部屋が利用できる。
単身用なのに1LDK、しかも築年数も新しい。ほんと、これでタダとは恐れ入った。
俺がリビングで手紙を書いているときだった。
コンコン……。
「ん? だれだ、こんな時間に」
帝都に越してきたばかりで、俺の部屋を訪れてくるような友人はいない。たまにオスカーが自慢話しにくるくらいか。
でもオスカーのやつは合コンとか言ってたし……だれだろう。
「はい……って、メイベル」
「や、やっ! ガンマっ。その……き、きちゃった♡」
メイベルは赤いスカートに袖なしのシャツ(フリル付き)、赤い丸帽子をかぶっている。
妙にめかし込んでるな。
「どうした?」
「その……あの、夕ご飯、まだ?」
「ああ、まだだけど」
「じゃ、じゃあそのガンマさえよければだけど一緒に夕飯とかどうかな弁当作ってきたんだっ」
目を閉じて、一気にまくし立てるようにメイベルが言う。
ずいっと突き出した手には、バスケットが握られていた。
ぷるぷると体を震わせながら、ちら……と俺を伺ってくる。
「ありがとう、ちょうど腹減ってたとこなんだ」
俺がドアを開け、メイベルを招き入れようとする。
すぅはぁ、とメイベルは何度も深呼吸を繰り返した。
「し、しちゅれいちまっちゅ……!」
「? どうぞ」
顔真っ赤にしたメイベルがおずおずと入ってくる。
何度も髪の毛を手でなおしたり、スカートの位置を直したりしてるがなんだろうか。
あといつもよりも化粧に気合いが入ってるのと、スカートの位置が普段の私服よりかなり高いのはなぜだろうか。
俺はこの狩人の目のせいで、いろいろと見えてしまう。が、まあ基本的に戦闘時以外で読み取る情報は、脳が切り捨ててしまう。
そうしないと頭の中に情報が入りすぎて、頭がパンクしちゃうからな。無関係な情報は自動的に【気がついていて】も、シャットアウトしてしまうのである。
だからメイベルの服装の変化とか、妙に緊張していることとかには気づいて入るけど、【なぜ】変えたとか、なぜ緊張してるかについては考えなかった。
「へ、へえ……ガンマのおうち、初めて来たけどきれいに片付いてるね」
「ありがとな。まあ物がないだけって感じだろうけど」
必要最低限のものしかない。
メイベルはキョロキョロと周囲を見渡しながら、ベッドに気づくと、そこにぽすんと座る。
「おお、いいベッド使ってるね」
「元々部屋についてたものだよ」
「ふーん。給料でベッドとか買わないの?」
「ないな。全額実家に送金してる」
「え? じゃ、じゃあ……ご飯とかお洋服とかは?」
「洋服は昔から使ってるもの着続けてるし、ご飯は狩ってる」
「か、狩ってる……? 何を?」
「魔物」
「ひえ……ま、魔物食べてるの?」
「ああ。毒抜きすれば食べれるぞ。野草も帝都近くだとよく生えてるし……どうした?」
メイベルが頭を抱えていた。
「……いやこれはむしろチャンスでは? そうだよ、いけいけメイベル押せ押せだっ」
こほんっ、とメイベルが咳払いをする。
「とりあえず、お夕飯食べよっか♡」
「? ああ……」
メイベルが持ってきたバスケットには、網焼きされたチキンのホットサンドに、耐熱容器に入ったシチュー。また使い捨て容器には海鮮サラダが入っていた。
どうやらこのバスケットも、天才魔道具師であるマリク隊長が作ったものらしく、中に食べ物を入れていても腐らない仕組み(作ったときと同じ温度を保つ構造)らしかった。
「なんか……学生時代思い出すな」
俺とメイベルは同じ王立学園に通っていた。
あのときは、朝夜は学生寮で飯が提供されていたが、昼は買う金がなかったのでいつも腹を空かせていた。
そんなときに飯をほどこしてくれたのが、このメイベルだった。
「でしょっ! さぁさぁお食べっ!」
「ああ、いただきます」
★
メイベルの作った飯はどれも極上の味だった。
食べ終わったあと、紅茶を飲んで一息つく。
「やっぱおまえの飯は一番うまいわ」
「ほんとっ! 一番っっ!?」
メイベルがずいっ、と俺に顔を近づけてくる。
ふがふが、と鼻息を荒くしていた、あとルビー色の目が輝いてる。
何かうれしいことがあったのはわかるが、狩りに関係のないことなので、それ以上を考える思考がストップする。
「おう」
「そっかぁ~♡ メイベルさんのご飯が一番か~。ね、その……さ。が、ガンマが良ければなんだけど……さ。これからも、ご飯一緒に食べない?」
「え、いいよ悪いし。干し肉いっぱいまだ備蓄あるし」
がーん……と、メイベルがすごいショックを受けてるような表情になった。狩りに関係が以下略。
俺、何か傷つけるようなこといったろうか?まあでも、そうか。
せっかく提案したのに、拒否されたらだれだって嫌な思いするか。
「おまえがよければ、作ってくれない?」
「作るよ! 死ぬまで!」
「大げさなやつだなおまえ」
「だってガンマが食べて喜んでくれるのが、あたし一番うれしいからね!」
そうか、貧乏な俺を不憫に思って、メイベルが俺に気を遣ってくれてるのか。
悪いな……ほんと。でもその申し出は正直うれしい。
優しいやつだな、メイベルは。
これからもいい【同僚】でありたいもんだ。
「ところでさ、ガンマ。明日から……大変だね。あたし、一緒に行きたかったんだけどなぁ」
極秘任務で俺の実家付近にまで行くことになった。
メンバーは俺、リヒター隊長、そしてもう一人。
メイベルはそのもう一人からあぶれてしまい、留守番することになったわけだ。
「行ってもつまんないとこだぞ」
「そうなの? 人外魔境って、あたしよく知らないんだけど、どんなとこ?」
「一面なーんもない、荒野がずぅっと広がってる。水を飲む場所も、森も、マジでなんもない。食料がほぼないから、少ない食い物を巡って年中獣たちが、村の人間を襲ってくるな」
「な、なにその魔境……」
「ああ、だから人外魔境って言うんだ」
メイベルが目をむいて「なるほど……」と得心いったようにうなずいてる。
「でも、そんなんじゃ、住んでるひとたち死んじゃうんじゃないの?」
「いや、みんな割と強いから問題ない。全員、狩人だから。女も男も、老い若いも関係なく」
「ぜ、全員が狩人……狩猟民族だね完全に」
「ああ。みんなでやってくる獣を返り討ちにしてそれで飢えと渇きをしのいでるよ」
獣の肉を食ったり、血を啜ったりして。
あとはまあ、水場もなくはないので、俺からすれば別に人の住めない魔境なんてことはないと思ってるんだよな。
「……ほんとに、三人だけで大丈夫? あたし、すっごく不安だな」
「胡桃隊のメンツはみんな強いし、三人だけでも十分だよ」
「そうじゃ、なくて。あたし……あたしは、ガンマが……ちゃんと帰ってくるか心配。そのまま、実家に残っちゃうんじゃないかって……」
進学のために実家を出てから、初めて家に帰る。
正直、家族の顔を見たら、そのまま家にいたいって思ってしまった、かもしれない。
少なくとも、前までの俺だったら。
不安顔のメイベルの頭を、俺はなでる。
「それはないよ。俺、今ここがすっごく気に入ってるんだ」
「ガンマ……」
「ちゃんと帰ってくるよ。約束するから。お土産もとってくるよ」
メイベルは目を閉じて、やがてニコッと笑ってうなずく。
「うん! 待ってるからね!」
その後遅くなったメイベルが俺んちに泊まることになり、一悶着あったけど、概ねいつも通り夜は過ぎていったのだった。