32.新しい任務
任務を終え、俺は帝都へと帰還した。
帝都カーター。その中央には大きな白亜の塔がある。
皇帝陛下の住まう城だ。
俺はマリク隊長とともに、皇帝の待つ謁見の間へとやってきていた。
椅子に座るのは、銀髪の美青年。
彼の名前はアンチ=ディ=マデューカス。
このマデューカス帝国の現皇帝だ。
「呼び立ててすまないね、二人とも忙しいのに」
「いえ! 陛下、うちのガンマに、一体どのようなご用でしょうか?」
俺の肩の上に座っている、サングラスをかけたリス。
このリスが、俺の所属する胡桃隊の隊長、マリク・ウォールナットさんだ。
普段ひょうひょうとしてるセクハラ親父なのだが、さすがに皇帝の前ということで緊張している様子。
アンチ皇帝は微笑みながら、気さくな調子で話しかけてくる。
「そう固くならなくていいよ。ガンマ君、先日はお手柄だったね。改造人間の実験施設を破壊したって」
「あ、ありがとうございます」
破壊というか跡形もなく吹っ飛ばしたってのが正しい言い方だけどな……。
「君の迅速な対応があったおかげで、帝国は未曾有の危機から救われた。感謝するよ、ガンマ君」
「も、もったいなきお言葉!!」
「しかし、本当に危ないところだった。改造人間があのまま気づかれず、世に出てしまったら、胡桃隊がいるとは言え危険だった」
確かにメイベルの捕まっていた研究施設には、かなりの数の実験体があった。
だが、いかんせん解せない。
「ガンマ君も疑問に思ってるようだね。今までなぜ見つからなかったのかって」
「はい。帝国の領地内で、そんな大規模な実験をしてたら、まず間違いなく皇帝陛下の耳に情報が入っていたでしょう」
「にもかかわらず、あれだけ大きな実験施設が秘密裏に建造されていた。なぜだろう。君はどう思う?」
アンチ皇帝が微笑んだまま俺に聞いてくる。
だが陛下の目はじっと俺を見つめてきた。
……試されている、んだと思う。
ぐるりと、俺は部屋を見渡す。
ないことを確認してから、言う。
「おそらく、軍に敵側の内通者がいるのかと」
「お、おいガンマ! 内通者って……裏切り者がいるってことかよ!」
「そうです、隊長。現にリヒター隊長のお兄さんが、蟲側についています。他にも蟲に加担してる奴らがいても不思議ではありません」
俺は皇帝陛下を見やる。
陛下は満足したように、うなずいて言う。
「やはり君は聡明だね。さすがだ」
「ありがとうございます」
どうやらやはり、陛下も裏切り者の可能性に気づいていたようだ。
考えてみれば軍はでかい組織、どこかに腐ってる部分があってもおかしくはない。
「我々の敵は蟲だけにあらず。だから慎重に行動せねばならない。慎重にね」
アンチ皇帝が引き出しからファイルを取り出す。
ぱさ、とテーブルの上に置いた。
ファイルの上には【部外秘】と書いてある。
「私が最も信頼を置いてる、胡桃隊に、一つ依頼を頼みたいと思ってるんだ」
「依頼……ですかい?」
「ああ。マリク君。人員の選出は君に一任する。可及的速やかに、現地へ赴き、問題を解決してきてくれ」
「はは! おまかせください!」
隊長はぴょんっ、と机の上に乗って、ファイルを手に取る。
そして俺の元へと戻ってきた。
隊長が俺にファイルを渡してくる。
俺たちは一緒に、内容に目を通す。
「これは……」
「ガンマ君には今回の依頼に是非同行して欲しい。君が必要となるからね」
「それは……もちろん」
何せ場所が場所だからな。
俺がいた方が、スムーズに仕事が進むだろう。
にこっ、とアンチ皇帝が微笑んで言う。
「まあそれもあるが、私は君を最も信頼してる。これからも、君の活躍には大いに期待してるよ。ガンマ・スナイプ君」
皇帝からの、大きな期待。
本来なら重くのしかかるところ。
けれど、俺はこの重圧がうれしかった。
俺に期待してくれるってことは、俺の力を認めてくれることと同義だからだ。
「任せてください。任務を完遂してみせます」
「うん。任せたよ。じゃあ二人とも、下がりなさい」
俺たちは頭を下げて、皇帝陛下の元を去ったのだった。
★
マリク隊長とともに、俺は帝城の地下へと向かう。
階段を降りていくと、俺たち胡桃隊の詰所があった。
開くと、地下にあるというのに、室内はとても明るい。
天才魔道具師であるマリク隊長が作った、太陽光と窓の外の景色を映し出す魔道具のおかげだ。
……まあそれなら地下ではなく、地上に詰所を用意すればいいのにと思わなくもない。
机はたった6つしかない。
俺たち胡桃隊は少数精鋭部隊なのだ。
隊員は狙撃手の俺、魔法使いメイベル、銃手オスカー。
軍医のリフィル先生。
副隊長のシャーロットさんに、マリク隊長。
ここに、出向という形で、別の部隊の隊長であるリヒターさんが来ている。
合計で7名の部隊なのだ。
「ふ……やはりボクは美しい。なぜ全女性はこのオスカー・ワイルダーを放っておくのだろうか……」
自信過剰で、長い銀髪の男がオスカー。
鏡を片手に自分の顔を見てうっとりしてやがる。
「バカだからじゃないの?」
赤い髪に幼い見た目、けれど成熟した体つきの女魔法使い、メイベル。
テーブルの上で粘土をこねて、新しい魔導人形の案を練っている。
「あらあら、メイベルちゃんだめよ~♡ 本当のこと言っちゃ♡」
タイトスカートにボタンを4つくらいあけ、でかすぎる胸を隠そうともしない軍医のリフィル先生。
最近できたマニキュアっていう化粧品で、爪を塗ってる。
「…………」
青みがかかった銀髪に、ぴしっと軍服を着込んだスレンダー美女、シャーロット副隊長。
一人だけ真面目に書類仕事をしていた。
「おめーらミーティングはじめっぞ」
マリク隊長は俺の肩からぴょんっ、と降りると、シャーロット副隊長の胸をタッチして、机の上に飛び乗る。
「タッチする必要ありますか……?」
「おれのモチベーション向上……痛い痛い痛い痛い! シャーロット! ごめん! 握りつぶそうとしないで! しにゅぅうううううううう!」
シャーロット副隊長はマリク隊長をつかみあげると、ぎゅーっと力一杯握りしめていた。
誰もとめないし、俺も同情する気が起きない。
ややあって。
「皇帝陛下から極秘任務を預かってきた。おめーら、心して聞くように」
「「「極秘任務……?」」」
マリク隊長が机に地図を広げる。
「帝国外で魔蟲が確認された、という情報が入った」
「なっ!? それはほんとなのかい、隊長!?」
「驚くのはわかるぜ、オスカー。そう……帝国外ってのが問題だ。おめーらも知っての通り、魔蟲は帝国領地にある妖精郷にしか生息しない、はずだった」
「それが帝国外でも発見された……となると、異常事態だね……」
いつもお調子者なオスカーでも、今起きてる事態が深刻であると悟ったのだろう。
「だがまだ確証があるわけじゃない。たまたま帝国軍人が遠征中に、でかい蟲を見かけたってだけの話だからな」
「でも、それがもしほんとだったら、まずくない?」
メイベルの言葉に、みんながうなずく。
そばで聞いていたリヒター隊長も同意するようにうなずく。
「現状は、帝国側の軍事力が上回ってるからこそ、世界の平和は保たれています。ですがぁ、蟲どもが帝国外で沸くようになると、さすがに範囲が広すぎて守り切れませんよぉ」
「リヒターのいうとおりだ。ゆえに、我々は早急に、現地へ赴いて調査する必要がある。蟲が本当に、帝国外にいるのか否か」
マリク隊長の言葉にみながうなずく。
あやふやな情報、ということはまだそれほど大量に沸いていないのだろう。今のうちなら巣を潰せる。
もっとも、その目撃情報が本当だったらの話しだが。
「今回の調査は少数で行ってきてもらう。あとガンマの参加は確定してる」
「おや、どうしてだい?」
「発見された場所が場所だからな」
マリク隊長が、てしてし、と自分のふさふさ尻尾で地図を叩く。
「場所はゲータ・ニィガ西端の領地、【人外魔境】。……ガンマの生まれ故郷だ」
「あらぁ、人外魔境って人の住めない、恐ろしい荒野って聞いたけど?」
「そうだ、リフィル。ただ、少し前に領地改革が行われて、多少人が住めるようにはなったらしい。それでも危険な魔物がうろつく土地だ。心して任務にとりかかってほしい」
「ふぅん……メンバーはどうなってるのかしら?」
リヒター隊長がひょろ長い手を上げて言う。
「ボクぁついていきますよぉ。ちょうどガンマ君のおじいさんに、用事がありますからねぇ」
俺専用の武器である、弓の作成を、弓職人でもあるじいちゃんから習いたいらしい。
まあ科学分析官でもあるリヒター隊長がいた方がいいのは確実だ。
「あとは1人だな。おれはここに残って指揮を執る。誰が行くかは……」
「「「はいはいはーい!」」」
メイベル、リフィル先生、そしてシャーロット副隊長が手を上げる。
「ガンマがいくならあたしも行きたい!」
「お姉さんも、ガンマちゃんと旅行いきたいかなーって♡」
「……遊びじゃないんですよあなたたち。浮ついた気持ちで行ってはけがします。是非とも、私が同行したいです」
女性陣が強く主張している。
オスカーはフッ……と笑う。
「仕方ないね、この銃の名手、オスカー・ワイルダーが……」
「「「おまえは引っ込んでろ」」」
「ひどい!」
なんだか知らないが、女性陣がおたがいにらみ合っている。
「遊びじゃないんだよ、二人ともっ」
「あらあら、メイベルちゃんってば、ガンマちゃんの実家にいって、ご両親にアピールチャンスとか思ってるの~?」
「ち、ちちち、ちがいますよぉ! そんなやましい気持ちなんてこれっっっっっっぽっちもありません!」
「……では公平に、じゃんけんと言うことで」
「「異議なし!」」
三人が鬼気迫る表情でじゃんけんをしている。
なかなか勝負が決まらないらしい。
「みんな、任務に燃えてるんだな」
「いやいや、ガンマ君。任務とか関係ないですよぉ。君と一緒に旅行いきたいんですよあの人達はぁ」
「え? なんでですか、リヒター隊長?」
「……君はもう少し、女心を学んだほうがいいですねぇ」