31.新しい武器、新しい戦略
改造人間の事件から、半月が経過したある日のこと。
俺、メイベル、オスカー、そしてリヒター隊長は、帝都郊外へとやってきた。
離れたポイントから、敵の様子を見やる。
狩人のスキル【鷹の目】。
鳥瞰を可能とするスキルだ。
「どうだい、ガンマ君。敵さんの様子は?」
俺の隣にいるのは、桃色の髪をした科学者風の女、リヒター隊長。
離れた村の中には、黒くうごめく巨大蟲が複数体いる。
魔蟲。通常の何十倍もの巨体を持ち、人間を捕食する、人類の敵だ。
俺……ガンマ・スナイプは帝国軍、対魔蟲用部隊、【胡桃隊】に所属している。
いつもなら、あの魔蟲どもを見つけ次第狙撃していた。
だが……今日は違う。新型のテストだ。
「狙い通り、敵はダミーにおびき寄せられてます」
「ひっひ、よしよし。【誘魔ガス】が作用してるみたいですねぇ」
誘魔ガス。リヒター隊長が作り出した新型兵器だ。
今、魔蟲たちがいる村は廃村、中には人が居ない。
だというのに、蟲たちは集まってきている。
「魔蟲の雌が放出するフェロモンを解析し、その成分を空気中に散布することで、蟲どもを集める仕組み……ドンピシャですぅ……♡」
これのガスが運用されれば、蟲たちをもっと処理しやすくなる。
こないだの改造人間の一件以来、リヒター隊長は、より新型兵器の開発に熱が入っているそうだ。マリク隊長がそう言っていた。
敵側に兄……ジョージ・ジョカリがいることで、リヒター隊長は対抗意識を燃やしてるのだろう、と。
「さて、メイベル君。敵はしばらくあのポイントから動かない。周りの敵はガンマ君が、近づいてきた敵はオスカー君が駆除してくれる。だから君は、遠慮なく【新型の魔導人形】をためしたまえ」
「はい!」
メイベルがうなずくと、手に持っている黒い杖を振る。
魔蟲の素材で作られた新しい杖。
さらに、彼女の左腕には、腕輪がつけられていた。
彼女が軽く振るだけで、地面から大量の魔導人形が出現する。
メイベル・アッカーマン。俺を帝国軍にスカウトしてくれた、学生時代の友人だ。
彼女は土魔法を得意としている。錬金、土を操り形を、材質を変える魔法。
メイベルが作った土人形……魔導人形。その数は10体。
「武装、展開……!」
メイベルの左腕の腕輪が光る。
その瞬間、彼女の足下からずおっ、とコンテナが出現した。
魔導人形たちはコンテナから銃、そしてアーマーを取り付けていく。
黒い鎧に、黒い銃で武装した魔導人形たち。
「いっけー、強化魔導人形たち!」
がちゃがちゃと音を立てながら、メイベルの魔導人形たちは廃村へと進軍していく。
「しかしすごい技術だね、その腕輪。魔法を一時的にストックしておけるなんて」
オスカーがコンテナを見ながら感心したように言う。
リヒター隊長も何度もうなずく。
「【魔蔵庫】。魔法を一時的にストックしておく魔道具なんて、思いついても実現できる人間はいませんからねぇ。やはりあの人も、天才ですねぇボクとは別ベクトルで」
魔蔵庫に、メイベルの姉アイリス隊長の使う影の魔法をストックしておく。
影のなかにものを収納しておき、現地で魔導人形たちに武装させ運用させる。
「やはりガンマ君は面白い発想しますねぇ。目がいいだけあって、発想の目の付け所もいい」
「すごいよガンマ!」
仲間たちから褒められると、うれしい。このチームは前のパーティと違って、俺の意見をきちんと聞いてくれる。
……まあ、メンバー同士でのコミュニケーションの必要性を教えてくれたのは、前のパーティだった。
だから、あんまり前の職場を悪く言えないで居る。
「いや、俺はアイディア出しただけですし、作った人たちが一番すごいですよ」
何はともあれ、強化された魔導人形たちは村へと到着。
誘魔ガスの効果で動かない魔蟲たちを取り囲む。
「撃てー!」
魔導人形たちが持っている銃で、蟲たちを一斉掃射。
銃。帝国が空を飛ぶ魔蟲と対抗するために開発した、新世代の武器。
火薬で鉄の弾を飛ばし敵にダメージを与える。
これの一番いいところは、上手い下手に差が生まれにくいところ。
どんだけ不器用でも、銃を持たせれば、あっという間に強い兵士のできあがりだ。
「盲点でしたねぇ。銃は人間用に開発したので、人間が扱えるレベルにデチューンしてましたがぁ、魔導人形に持たせるとなれば、別にそれを気にしなくていい。ゆえに……」
ドバッ……! と周囲に銃弾が広がって、蟲どもを穴だらけにする。
「火薬量を増やせば反動がきつくなる。人間が使えば腕がボロボロになりますがぁ、魔導人形が使うとなれば話は別。大量の火薬と、大量の銃弾をこめて一気に発射する。……【散弾銃】とでも名付けましょうかねぇ」
散弾銃は一度の射撃で蟲の体を穴だらけにした。そして……倒れ込む。
「やった! 命中だよ! ガンマすごい!」
メイベルの肩に俺が手を置いてる。
スキル【視覚共有】。俺が手で触れてる相手と、視覚を共有できるスキルだ。
メイベルは魔導人形を操ることができる。だが魔導人形と視覚は共有できない。
遠隔でせっかく操作できるのに、視界内でしか使えないのはもったいないと思った。
そこでこのやり方を俺が思いついたのだ。
鷹の目をメイベルと共有させる、そして銃で武装させる。
それにより、今まで以上に安全に、敵を倒せる。
「ふっ……やはりガンマは戦術面で僕らから頭一つ抜けてるね。さすが生粋の狩人」
「あんま気を抜くなよオスカー。魔蟲族が近づいてきたらおまえの出番だからな」
「僕の出番はなさそうだけどね」
あっさりと、メイベルの魔導人形によって、廃村に集まっていた魔蟲たちは全滅した。
「状況終了」
「ふぅー……お疲れさま!」
メイベルが笑顔で、俺に手を向けてくる。
ぱんっ、と俺たちは手を合わせた。
その様子をオスカーがニヤニヤした表情で見てくる。
「ん~? なんだいなんだい、いつの間にそんな仲良くなったのかね? もしかして付き合ってるとか?」
「い、いやいや! ないない! 付き合ってるなんて……そんな……ね、ガンマ?」
オスカーから茶化され、メイベルが顔を真っ赤にしながら聞いてくる。
「ああ。付き合ってないよ」
「むぅ……あっさり肯定しすぎだし……まあ、付き合ってないのは事実だけどさぁ~……」
「?」
何を不機嫌になってるんだろうか。
一方でご機嫌なのは、リヒター隊長だった。
「うんうん! いいデータがとれた! ひひっ! やはり人形と銃の組み合わせはいい! 今は天才メイベル君がいないとできない作戦だけど、いずれは誰でも簡単に操れる魔導人形を作れるようになれば、もっともっと楽に魔蟲を倒せる……!」
確かにあれほどまでに精密な、魔導人形の操作は現状、メイベルにしか行えない。
けれどリヒター隊長のおっしゃっていたとおりのことができれば……狩りがもっともっと楽になる。
魔蟲だけじゃない。将来的に帝国以外にもこの技術が伝われば、モンスターの脅威に人間が怯えなくて良くなる……。
俺はもしかして、時代の移り変わり目に、立ち会ってるんじゃなかろうか。
「撤収かね? やれやれ、僕もガンマも出番なしだったね」
「いいことじゃないかオスカー。戦いがないならないで、それが一番……」
と、そのときだ。
「待った。魔蟲族です」
鷹の目には、廃村にやってきた敵が映った。
そこにいたのは、人間のフォルムをした、しかし蟲のパーツを持つ異形種。
彼らは、魔蟲族。魔族の残党が進化した存在だ。
神威鉄以上の堅さを持った外皮に、高速での飛翔を可能とする翅。
そして知性を持ち合わせている。
「赤いトンボ型の魔蟲族です」
「前に合宿所を襲ってきた、ドラフライとか言うやつですかねぇ」
蟲どもは、一度にたくさんの子供を産む。
だから似たような個体が複数体存在するそうだ。……少なくとも、雑魚は。
「駆除します」
俺は右手を前に出す。黒い指輪が光ると、俺の手に黒い弓が出現。
魔蟲族の素材で作られた、特別に強い弓だ。
「…………」
今までの俺は、じいちゃんからもらった弓を壊さないよう、力をセーブしてきた。
けれど、それじゃだめだと気づかされた。武器は敵を倒すためにあるもの。
そしてこの大量消費・大量生産が基本の帝国にきて、一つわかったことがある。
武器は相棒でもある一方で、消耗品でもあるということを。
「シッ……!」
俺は黒い弓を力一杯引いて放つ。
魔法矢、ではない。通常の矢を放った。
それは放った瞬間音を置き去りにし、びゅんっ! と弦が震えるのと同時に魔蟲族を消し飛ばした。
地面に深々と矢が突き刺さり、クレーターを作る。
「駆除完了しました」
「あいっかわらず馬鹿げた狙撃力だねぇ。しかも魔蟲族を一撃で、なおかつ得意の魔法矢じゃなく通常の矢で倒すなんて、前代未聞だよ。悔しいけど狙撃じゃ君に勝てん」
オスカーが俺に惜しみない拍手を送る。
俺を認めてくれる仲間。そして……頼れる技術屋のみなさん。
ああ、やっぱり帝国に来て良かった。
その後、俺たちは魔蟲の死体を回収しに、村へと向かう。
メイベルの魔導人形たちが魔蟲を運んでいく。
「うーん……」
「どうしたんですか、リヒター隊長?」
完勝したというのに、隊長の表情は渋い。
見下ろしているのは、俺が作ったクレーター。
「ガンマ君……君、力抜いたでしょ?」
「え? わかるんですか」
「うん。君が改造人間の巣を吹っ飛ばした、全力全開の一撃。あれを見てわかったんだけど、ガンマ君は思った以上に膂力がある。でも、君の力に武器が耐えられない」
さっき俺が使った黒い弓も、俺が放った後にぶっ壊れた。
また、魔蟲族をぶち抜いた魔蟲製の矢も、ない。
「まさか矢が空中の摩擦熱で溶けてしまうとはね。矢で射貫いたというより、衝撃波で吹っ飛ばしたが正解か」
「ま、魔蟲製の武具を壊すなんて、あいかわらず規格外だね、君は」
オスカーがびびってる。彼は前から魔蟲と戦ってきてるので、やつらの外皮がいかに硬いかを身をもって知ってるのだろう。
リヒター隊長はうんうんとうなる。
「どうすれば君に合う最高の武具が作れるか……そもそもボク、弓って作ったの初めてなんですよねぇ」
「え、そうなんですか? でもその割にはしっかり弓として機能してて、使いやすいですよ」
「ボク、マニュアル読めばだいたい作れるんですよぉ。ただしかし、これ以上を作るなら、より専門的な弓制作の知識が必要ですねぇ」
「弓制作の知識……ですか」
オスカーが手を上げていう。
「そういやガンマ、君が最初からもってるあの弓って、自分で作ったのかい?」
「いや、あれはじいちゃんが作ってくれたんだよ。じいちゃん狩人だけど、手先が器用でさ」
なるほど……! とリヒター隊長がうなずく。
「それだ! ガンマ君、ぜひ君の故郷へ連れて行ってくれ! 君のおじいさんに、弓作りを教えてもらいたいです!」
俺の故郷……か。
そういえば最近帰ってないな。妹の様子も気になるし……。
「わかりました」
こうして俺は、一度故郷へと帰ることにしたのだった。