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29.騒動の後



 ガンマによって、魔蟲族の実験施設がまるごと消し飛ばされた。


 それから数日後のこと。


 そこは妖精郷アルフヘイムと呼ばれる大森林。


 帝国の北端に存在する森の、奥の奥に、その大樹は存在した。


 黒く光る大木。葉は枯れ、もはや枯れ木としか言いようのないその木のなかには、数多くの蟲たちがうごめいていた。


 リヒターの兄、ジョージ・ジョカリは体を覆う保護スーツに酸素マスクという重装備をつけた状態で、黒い木の中に入る。


 中はきちんと整備されており、その優美な内装は、どことなく王宮を彷彿とさせられた。


 木の最上部、その一番奥の部屋へと到着する。


 門を守る魔蟲族たちの許可を経て、ジョージは中に入る。


 玉座に座るのは、人間に近いフォルムの蟲だ。


「ごきげんよう、魔蟲王まちゅうおうベルゼブブ様」


 ベルゼブブ。緑色の肌をした、ハエに近いフォルムを持つ、女だ。


 かつては魔王四天王だった彼女は、今や蟲たちの王……否、女王として君臨している。


「【おなかのお子さん】は、すくすくと成長しているかな?」


「ふ……無論じゃ」


 ベルゼブブの腹は妊婦のように膨らんでいる。


 そう、女王は身重であった。


 ジョージは彼女に近づいて診察を行う。

 彼は研究者であるが、医学知識にも長けていた。女王の主治医でもある。


 女王から最も信頼されてる。

 だから、人間であっても蟲たちのなかで暮らしていけるのだ。


 ひとしきり診察を終えたあと、ジョージは言う。


「はい、バイタルは正常。この調子なら近く、お子さんは無事生まれることだろうね」


「それは良いことを聞いた。わらわも早く我が子を抱き上げたいものじゃ」


 女王ベルゼブブは愛おしそうに自分の腹をなでる。


 ジョージは目を細める。母親の魔力、そして【餌】の生命エネルギーをため込み、女王の腹に住まう子どもには、すさまじい力が宿っている。


「(この子供が生まれたら世界は再び、魔の恐怖に包まれることは間違いない……そうすれば人間もより必死になって抵抗してくるだろう。そうすれば、蟲たちもより進化してくる……くく! なんていい時代に生まれたんだ、私は)」


 ジョージはあくまでも己の好奇心を満たすため、蟲側に協力していた。


 彼が見たいのは、生命が新しいステージに到達するその瞬間。


「ところで、貴様の実験とやらはどうなっておるのじゃ? 確か……改造人間とかは」


「極めて良好といえるよ。兵隊蟲の提供、食料である人間を分けてもらってることで、改造人間の製造は極めて良好と言える。現在の王直属護衛隊を超える力を持った、新しい最強の護衛隊が用意できることだろうね」


「ふ……期待しておるぞ。妾の子を守る戦士だ。それにふさわしい強さを持った存在を作っておくれ。それが純粋な蟲でなくともよい」


 現在の女王の護衛部隊も、決して弱い訳ではない。


 だがジョージが挑み、そして女王が期待してるのは、さらなる強さを持った最強の兵隊蟲だ。


「強い兵を作るのも、すべては我が子のため、か」


「無論じゃ。次に生まれてくるこの子は、我らが王がなしとげられなかった、世界征服という夢を託す存在なのだから」


 ベルゼブブは魔王軍四天王の一人だった。


 だが魔王四天王、および魔王は、【怪物】と称される勇者一人の手によって滅ぼされた。


 ベルゼブブはあのとき、かろうじて生き延びることに成功した。


 そして、リベンジを誓ったのだ。今は負けてもいい、自分が勝てなくてもいい。

 自分の意志を継いだ次代の王が、人間たちを下し、世界に闇をもたらせればそれでいい。


「遠くない未来で妾が生きておらずとも、この魔の遺伝子を継いだ蟲たちが、地上を征服しておれば、それでよいのじゃ」


 女王の覚悟など、ジョージにとっては本気でどうでも良かった。

 

「ところでジョージよ、改造人間どもを消し飛ばした、人間がいると聞いたのだが」


「ああ、ガンマ君だね。彼は確かにすごい。人間を遥かに超えた、現在蟲たちの天敵と言えるよ」


「大丈夫なのか、そんな存在を野放しにしておいて」


「何も。彼の存在は、蟲たちをさらに大きく成長させるだろうからね。それにこちらは数で勝っている。いかにガンマ君が強かろうと、こちらに有利はある」


 ガンマ・スナイプ。


 彼の放った、全力全開の一撃(マックス・ショット)


 あれは人間の出していい威力ではなかった。


 改造人間をすべて消し飛ばし、そして周囲にあったものをすべて虚無の彼方へと葬った。


「(あの一撃、わずかだが神気を帯びていた。私の推測だと彼の体は……ふっ、面白くなってきたな)」


 ジョージは俄然、ガンマに興味が出てきた。


 彼の内情なんて知らない女王は、彼に言う。


「しばらくはそちに、全軍の指揮を任せるぞ」


「お任せあれ。では、女王様。ごきげんよう」


 彼はウキウキしながら部屋を出て行った。


 魔蟲族たちはジョージを見ると、みな舌打ちをしたり、嫌な顔をしたりする。


 そもそも人間に対して彼らは信用していないし、好感を抱いていない。


 だが彼の持つ技術力は、蟲たちに革新をもたらし、さらに女王のケアは彼にしかできない。


 だから、その存在を許しているに過ぎないのだ。


 そんな蟲たちからの悪感情、女王の悲願など一切気にせず、ジョージは自らの企みを進める。


「(当面は彼を倒す、という名目で敵をぶつけ、データ収集をしまくろう。そして……作るんだ。私の手で、最強の改造人間を……あのガンマ・スナイプを超える、強い戦士を)」


 強烈なまでの個人主義者。

 それが、ジョージ・ジョカリという科学者の正体だった。


    ★


 一方、ジョージの妹である、リヒター・ジョカリはというと。


 胡桃くるみ隊たちとともに、帝都へと戻っていた。


 自分の研究室にて。


「ふぅ……まったく、兄さんも、恐ろしいことを考えますねぇ。まさか、人間と蟲の融合とはねぇ」


 あの合宿の日、襲撃してきたのは、人間に蟲の細胞を移植させた、いわば改造人間とでも言うべき存在だった。


 あとでガンマから聞いたところによると、彼はイジワルーという名前らしい。


 メイベルを連れ去った後、ドラフライという魔蟲族とともに、イジワルーもまた襲撃を仕掛けてきた。


 そして……。


「リヒター。調子はどうだ?」

「おー、マリク隊長さん。このたびは災難でしたねぇ」


 リスの姿の隊長、マリクが、ぽてぽてと歩きながらやってきた。


 リヒターの肩にのって、【そいつ】を見下ろす。


「検体の採取にご協力ありがとうございました」


「こいつが改造人間……か」


 研究室のベッドで眠っているのは、ガンマの元チームメイト、イジワルー。


 彼の右腕は完全に魔蟲族のそれ、外皮に包まれた異形な手を持っている。


 リヒターはどうしても、改造人間のサンプルがほしかった。


 だから、魔蟲族ドラフライとともに、このイジワルーが襲撃してきた際、マリクに頼んでこいつだけを捕縛してもらったのである。


「人間としての意識は、あるのか?」


「ええ。どうやら精神を操られていたようですねぇ。蟲どもはテレパシーのようなものを使うみたいです。その受容体は取り外しておきましたぁ」


「そうか……ならば、人間としての生活を、また再びおくれるようになるんだな?」


「はい。ただ……この腕です。社会復帰は無理でしょうね。それに彼は操られていたとはいえ人を襲いました。外に出すわけにはいかないので、今後はこの帝城の、蜜柑みかん隊の監視の下で暮らしてもらうことになりますねぇ」


「一生牢獄……か。ま、不自由だろうが外に出て狩られるよりは、万倍マシだろう」


 眠るイジワルーを見て、リヒターはため息をつく。


「それにしても、蟲どもはドンドンと進化してきますねぇ。改造人間なんてものを作るなんて……」


 ぎゅっ、リヒターが下唇をかみしめる。

 彼女はガンマから聞いていた。敵側に、自分の兄ジョージがいることを。


 マリクもまた報告を受けている。自分の兄が敵側に与してるとなると、彼女もショックだったろう。


「リヒター。おまえ……」

「素晴らしい! さすがお兄様……!」


「は?」


 むしろ、喜んでいるリヒターを見てマリクはポカンとする。


 彼女はうれしくてたまらないといった表情で言う。


「人体と魔蟲の融合が可能と言うことは、人間の細胞と魔蟲の細胞は似てるってこと! これを利用してより強力な武具を開発できれば……ひっひ! 燃えてきましたねぇ……!」


「いや、あの……リヒター? おまえ……いいのか? 兄貴が敵側についてるんだが……」


「なにが!? お兄様をいつか超えたいってボク、ずぅうううっと思っていましたから! これはいいチャンスですよぉ! ひひ! 見てなよお兄様ぁ……! ボクはあんたを超えてみせる、そんで、泣いてひれ伏させてやりますからねぇ……!」


 どうやらマリクの杞憂だったようだ。

 

 この女は、自分の兄に対抗意識を燃やしているらしい。


 さらに燃えて、これからも魔蟲との戦いに尽力することだろう。


「ま、向こうにお兄様がいるのなら、これからどんどんと蟲どもは厄介な方向に進化していくでしょうねえ」


「鍵となるのは、やはり……ガンマか」


「ええ。彼が人類の希望であることは、まず間違いありませんねえ……」


「より早く、より固く、翅と外皮をもつ蟲に対抗できるのは、あの規格外の狙撃力を持つガンマだけだからな」


 敵の心の動きすらも感じ取れる異常な目の良さ。


 最後に見せたあの光の矢。


 魔蟲の外皮で作った武具を壊すほどの筋力。


「どれもが、【対魔蟲】用に、しつらえられたような存在ですねぇ。彼は」


 あれだけの狙撃手が、今この時代に生まれた。


 そこに偶然ではなく、何か必然性のようなものを、マリクたちは感じていた。


「ああ。あいつの過去も、一度洗ってみる必要がありそうだな」


「そちらはお任せしますよぉ。ボクは魔蟲をぶっつぶし、お兄様にぎゃふんと言わせるすんごい兵器を開発しますのでぇ」


 ジョージにリヒター。二人の天才科学者が、それぞれの陣営に進化をもたらす。


 それにより、魔蟲と人間の戦いが、さらに加熱していくのだった。

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