26.姉の思い、そして敵襲
俺はメイベルと、その姉のアイリスとの仲を取り持つことにした。
メイベルを呼び出してから、数分後。
「先帰っててくれないか?」
「え? ガンマは?」
「俺はもうちょっと夜風に当たっていたいんだ」
ちら、と俺は木陰を見ていう。
メイベルは特に気にした様子もなく、うなずいて、去って行った。
「……さて。いるんですよね? アイリス隊長?」
俺がそう、呼びかける。だがメイベルの姉……錦木隊の隊長、アイリス・アッカーマンは姿を現さない。
「無視しても無駄ですよ。二時の方向、木の陰の中に隠れてますよね? 出てこないならメイベルを呼び戻しますけど」
するとずぉ……と地面から、黒い鎧を身に纏った、長身の女が現れる。
メイベルの姉、アイリス。
小柄でかわいらしい妹とは反対に、背が高く、猛禽類のように鋭い目つきをしている。
アイリス隊長は俺を見て、ちっ……と舌打ちする。
「……なぜわかった」
「まあ、見えてたんで」
「……影の中に完全に隠れていたぞ。私の姿が見えるわけなかろうが」
「ええあなた自体は見えてなかった。俺が見えたのは、あなたの敵意ですよ」
俺は狩人だ。
森や草原に隠れる動物を狩ることもある。彼らは生存のため、必死で身を隠そうとする。
そういう獣には、実態を目で探すんじゃなくて、敵に対する意識、つまり敵意を肌で感じとることが肝要なのだ。
「……敵意を肌で感じ取ったのか。野生動物並の直感力だな。胡桃隊に選ばれるだけの力はある、ということか」
アイリス隊長が少しだけ、ほんの少しだけ、悔しそうに下唇をかんでいた。
やはり、あんまり悪い人じゃないような気がした。
彼女は力不足を悔いている。少なくとも、何を考えてるのかわからない、モンスターではない。悩みを抱える一人の人間なのだ。
「隊長、お久しぶりですね。最初の決闘以来」
あの後、彼女は自分の部隊である、錦木隊とともに、周辺の警備を担当していた。
とはいえ同じ合宿所で泊まってるので、会う機会は普通にあるはずなのだが、今日まで顔を合わせたことはない。
理由は単純。彼女が俺を避けていたからだ。
「……私になんのようだ?」
「対話を、求めてます」
「……断る。話すことはない」
「へえ……逃げるんですか」
ぴた、とアイリス隊長が足を止める。
「……なんだと?」
「あなた俺に決闘挑んで、俺に負けたよね」
「……何が言いたい?」
「決闘って何かをかけてやるものでしょ? 俺が勝ったんだから、話しくらい聞いてくれないですか? それとも、決闘に負けたくせに、何もしてくれないんですか?」
ぎん……と彼女が俺を射殺すばかりににらんでくる。まあでも野生動物のほうが怖いので、俺は彼女の赤銅色の目を見返した。
やがて、彼女がため息をついて言う。
「……何が聞きたい?」
どうやら対話に応じてくれたようだ。
決闘に負けといて、何もしないというのはプライドが許さなかったのだろう。
「メイベルのこと、どうしてあんなに毛嫌いするんですか?」
「……ふん。単純だ。才能のある妹が妬ましい、それだけだ」
「はい、ダウトですね」
ぴくっ、とアイリスが眉間にしわを寄せる。
わかりやすい人だ……。
「俺、目だけはいいんです。あんたの目は嘘をついてる目だ。心にやましい思いがあるやつの動きをしていましたよ」
「……心まで、読み取れるというのか貴様は」
「読心術ってほどじゃないんですけど、少なくとも、俺に嘘は通用しないですよ。全部、見えますので」
相手の呼吸法、視線の動きなどから、ある程度、獲物の心の機微は捕らえることができる。
狩りに必要なのは、相手の心理状態を把握すること。
相手が最も油断してるときが、狩る最大のチャンスだからな。
「メイベルが憎いっての、嘘ですよね。だってあなた、メイベルが一人でここに来るとき、離れたところからずっと後ろからついてきたじゃないですか」
「……変態の目だな、貴様」
俺の持つ【鷹の目】のスキルを使って、周囲の警戒をしていたのだ。夜だし、一人じゃ危ないからな。
そしたら、この人の姿が見えたのだ。
それもあって、俺はこの人が、悪い姉ちゃんには思えなかったのである。
「それで、ほんとのところはどうなんですか? 本当に、メイベルの才能が妬ましいんですか?」
……長い沈黙があった。でも俺は待った。
彼女が、しゃべろうとしていたからだ。
何度も口を開いては閉じて、それを繰り返していたからだ。
やがて彼女は言う。
「……違う」
と。
その表情からは、いつものとげとげしさはなくなっていた。
「……別に私は、妹に嫉妬したわけじゃない。あいつは……すごいと思ってる。その力は認めてる」
嘘……ではないだろう。
話し方から、そう察した。本当に嫉妬してるわけじゃないんだ。
「じゃあどうして、家を出てったんですか? それに、軍に入ったときも、あいつを突き放すようなまねを、どうして?」
「それは……」
その時だった。
どがん、という大きな音が森の中に響き渡った。
「……なんだ!? 爆発か!」
驚くアイリス隊長をよそに、俺はすぐさま【鷹の目】を発動。
鳥瞰し、周囲の様子をうかがう。
火の手は合宿所からだ。
鳳の矢が発動していない。モンスターの襲撃ではないだろう。では、なぜ?
「おい貴様! なにが起きてる!?」
「合宿所が火事で……」
俺が言い終わる前に、アイリス隊長はその場から消えていた。
彼女が一瞬で、合宿所のもとへと移動していた。
メイベルが言っていた。姉は影を使った魔法が使えると。
影から影へと飛ぶことも可能だと。
ここから合宿所の物陰へと飛んだのだろう。
鷹の目を発動しながら、俺も走って合宿所に向かう。
炎のなかから出てきたのは……俺のよく知ってる人物だった。
「イジワルー! なんで……」
だがイジワルーの様子がおかしい。
やつの右腕が、人間のそれじゃないのだ。黒い外皮。それは見覚えのあるもの。
「魔蟲族の、腕……?」
黒光りする固そうな外皮を持った右腕を、イジワルーが振り回している。
声は届かない。だが彼の目が、正気の色をしていなかった。
なぜ、どうしてと頭の中を、疑問符が舞う。火事を起こしたのは、あいつだろう。
おそらく、でも、なんで……?
イジワルーにアイリスが切りかかる。
だがやつは高速でそれを回避すると、右腕をアイリスに振り下ろした。
俺は躊躇なく、魔法矢をぶっ放した。
矢はイジワルーの外皮に包まれた右腕を吹っ飛ばす。
その隙をついて、彼女は逃げようと……。
「! なぜ逃げない!?」
アイリスは影の魔法を使い、影の触手でイジワルーを捕縛しようとする。
だが向こうのほうが早く、触手から逃れると、空へと飛びあがった。
俺は合宿所近くまで追いついた。
もうためらわない。
俺はすかさず、奴の急所に矢を打ち込もうとする。
「だめだ! 撃つな! メイベルが体内に!」
「なっ!?」
体内? どういうことだ?
一瞬俺が迷った隙に、イジワルーが身をぐぐっと縮める。
俺は別の、殺傷力のない魔法矢に切り替えて、奴に向かって放つ。
だが、イジワルーの背中からは翅が生えた。それは明らかに魔蟲族の翅だ。
魔蟲の翅は目にもとまらぬ速さを与える。イジワルーは捕縛用の矢をすりぬけると、そのままいずこへと飛びさっていった。
「メイベル! めいべーーーーーーーーーーーーーーる!」
飛び去るイジワルーに向かって、アイリスが叫ぶ。
通常の魔蟲族よりはるかに速かった。すくなくとも、こないだのゴキブリの魔蟲族より速い。
愕然とした表情で、膝をつくアイリス隊長。
俺は彼女に近づく。
「いったい何があったんですか!」
「……私も、わからん。あの蟲男が、メイベルを腹の中に入れて、飛んで行った……私が、私が無力だから。私は、また……妹を守れなかった。貴様の邪魔までしてしまって……」
ぱしん!
俺はアイリス隊長の頬をぶつ。
「しっかりしてください。まだ、死んだと決まったわけじゃない」
「しかし……メイベルがどこへ連れ去られたのかわからないし……」
「大丈夫です。俺の魔法矢が、敵を追尾してます」
【蜻蛉の矢】
殺傷能力はないが、敵を追跡する能力がある。
俺はあのとき、捕縛用とともに、追跡用の魔法矢も放っておいたのだ。
「逃げられる可能性も加味して、あの一瞬で2本の矢を打ち込んでいたのか……」
「はい。敵は追跡に気づいていません」
「……頼む、力を貸してくれ。妹を、助けたいんだ!」
アイリスが泣きながら俺に懇願する。
もちろん、そのつもりだ。
待っててくれメイベル。俺は必ず、おまえを助け出す。