25.メイベルの家庭事情
俺たち胡桃隊は、魔蟲族に対抗するため、強化合宿に来ている。
帝都を離れ、やってきたのは元駐屯地を改造した訓練施設。
分析官のリヒター隊長と、天才魔道具師であるうちのマリク隊長の協力のもと、胡桃隊の武装を強化してもらった。
教練室にて。
「フハハ! みたまえ諸君! 進化した我が愛銃の威力を!!!」
教練室にはダミーの魔蟲が置いてある。
前に俺が大量に倒した魔蟲を、マリク隊長が固定化の魔法で腐らないようにしたものだ。
隊員の銃手、オスカーが新しくなった二丁拳銃を構える。
どがん! という激しい音とともに銃弾が発射。
それは魔蟲の固い外皮をたやすくぶちぬき、さらに内側から炸裂させる。
「この威力! 魔蟲の外皮がまるでポップコーンのようだ! ふははは! すごい、すごいぞぉ新型銃!」
オスカーの銃は、魔蟲の外皮を加工して作られた、頑丈なものである。
ちょっとやそっとじゃ壊れない硬度を持った銃身で作られてるため、今までよりも火薬の量を入れても問題なくなった。
これにより火力があがり、さらにマリク隊長が作った新型の魔徹甲弾、その名も炸裂弾を使うことで、魔蟲を内側から破壊できるようになったのである。
続いて、シャーロット副隊長。
彼女の手には黒い細身の杖剣が握られてる。
「……いきます」
彼女が杖剣に、魔力を通し、軽く振ると……。
がきぃん! とトレーニングルームの中全体が、氷の世界へと変貌した。
リヒター隊長がにんまり笑って言う。
「うんうん、やはり魔蟲の外皮は魔力を通しやすいですねえ。進化元が魔族、つまり魔法にたけた種族だから、その体組織は魔力伝導性が高いと踏んだんです。結果は御覧の通り、少ない魔力で高出力の魔法を実現できるようになったんですよぉ」
攻撃に魔法を使うのはシャーロット副隊長、軍医のリフィル先生、そして、メイベルだ。
彼女らの手には黒い杖がそれぞれ握られてる。
「回復魔法も麻痺の魔法も、今まで以上に少ない魔力で使えるようになったわぁ♡ すごいわね、リヒターちゃん♡」
「いやいや、これもガンマくんのおかげですよぉ~。彼が来たことで、よりたくさんの、しかも状態のいいサンプル品が手に入るようになりましたからねぇ」
今までの魔蟲との戦いは、長い時間をかけていたせいで、ボディに傷がかなりおおく、サンプルとして使いにくかったそうだ。
俺はだいたい魔法矢で、一撃で急所を射抜くため、体に傷がまったくなく、素材として使える部位が多く採取できるようだ。
「ガンマ君には感謝しかないですよぉ」「……ガンマさん、ありがとうございます」「お礼にお姉さんがちゅーしましょーかー♡」
「あ、いや俺は別に、やれることやってるだけなんで」
ふと、俺は気づく。
教練室の端っこで、メイベルが魔導兵を作っている。
魔蟲製の杖により、より簡便に魔導兵を作れるようになった。
けれど、マリク隊長が渋い顔をしている。
「強度がたりねえな」
「どういうことですか?」
俺は二人に近づいていく。
メイベルはさっ、と目線をそらした。俺は【見えてしまった】が、それについてあまり触れてほしくなさそうだった。みんなのいる前では、特に。だから黙っておく。
リスであるマリク隊長が、ゴーレムの肩にのぼって、ぺしぺしとしっぽでたたく。
「メイベルの魔導兵は数がウリだ。だが現状、錬金の魔法で生成される魔導兵は通常の金属と変わりない」
「なるほど、強度が足りないんですね」
「そのとおり。高い硬度をもつ魔蟲たちからすれば、この魔導兵は粘土みたいなもんだ。簡単にぐしゃぐしゃにされちまうだろうよ」
「魔蟲並みの強度をもった魔導兵を作り出すよりは、魔蟲製の武具を魔導兵に持たせる方向はどうでしょう?」
「それが一番現実的だが、数が足りない。魔蟲製の武具はワンオフだ。量産体制はまだ整ってねえ」
メイベルの生産力はあがったが、攻撃力、耐久の面でまだ問題を抱えてるらしい。
彼女はにぱっと笑って言う。
「大丈夫大丈夫! がんばるから! 魔蟲の硬度以上の魔導兵を作ればいいわけだ!」
「いや、メイベルよ。そんな簡単なことじゃあねえぞ」
「わかってる、でもやる! アタシもみんなのために頑張りたいもんね! がんばっちゃうよー! めざすは鉄人魔導兵団! 魔蟲なんてアタシひとりいればオッケーってくらいの魔導兵、作るもんねー!」
明るく笑うメイベル。マリク隊長は「ま、ほどほどにな」と言って去っていった。
メイベルは杖を手に魔導兵の強化を行っている。その顔には……やはり、少しばかりの影が落ちていた。
「…………」
こういうのは、おせっかいというのだろう。
けれど俺にとっては、重要な問題だ。
「なあ、メイベル?」
「ん? なぁに?」
「今日の夜、暇?」
★
訓練を終え、飯食って風呂に入った後、俺は合宿所の裏手にある森へとやってきていた。
少し歩くとそこには湖があって、夜になると月明かりが湖面に反射し、実にキレイだ。
少し、いやだいぶ待ってると、メイベルが遅れてやってくる。
「ご、ごめんねガンマ……準備してたら遅れちゃった」
「お、おう……」
メイベルは、その、普段よりおしゃれしていた。
短いスカートに、谷間が見えるシャツ。そして顔にはかなり化粧が乗っていた。
風呂入ったあとなのに、なんでこんながっつりよそ行きの恰好をしているのだろうか……。
「そ、そそ、それでその、だ、大事な話ってな、なにかな? アタシは彼氏ちなみにいないよ!」
「はあ……?」
なんのこっちゃ?
「俺がお前を呼んだのは、おまえがなんか悩んでるみたいだったからだよ」
「えー……」
なんだか、すっごくがっかりした表情をするメイベル。
合ってたんだろうけど、なんだろうかその落胆の表情は……。
「姉ちゃんのことで、悩んでるんだろ、おまえ?」
今度は、本気で驚いている様子だ。
「どうして、わかったの?」
「俺は目がいいからな、人より。化粧で隠してても、目の下が赤くはれてるのはわかるよ。それに、時折誰かを探すそぶりしてる」
「……そっか。すごいね、ガンマの目は。なんでもお見通しか」
俺の予想通り、メイベルは姉のことで悩んでいるらしい。
湖のほとりにこしかけると、彼女は話し出す。
「ガンマの言うとおりだよ。あたし、お姉ちゃんと仲良くなくて」
「おまえは嫌ってないように見えるけどな」
「うん。一方的にあたしが、お姉ちゃんから嫌われてるの」
「なんか理由あるのか?」
「……うん。あのね、聞いてくれる? あたしんちの、事情」
メイベルが語ったことをまとめるとこうなる。
彼女たちの家、アッカーマン家は代々優秀な土魔法の使い手を輩出してる。
メイベルの姉もまた、当然のように期待されていた。
だが鑑定の儀式をうけたところ、姉のアイリスに土魔法の才能は見受けられなかった。
アッカーマン家は姉を不当に扱うようなことはなかったそうだ。
家が裕福だったこともあり、才能がないとしても、優しく家族は接しようとした。
だが、メイベルが鑑定の儀式を受け、土魔法の才能が見いだされた後、状況は一転する。
アイリスは自ら、家を出て行ったそうだ。
「自分から出てったのか? なんで?」
「わからない……急にだったから。数年たって帝国軍にあたしが所属したとき、お姉ちゃんは錦木隊の隊長だったの」
再会を喜んだメイベルだったが、そのときには強く拒絶されたそうだ。
以後、彼女たちの仲が好転することはなく、現在に至ると。
「お姉ちゃん……全然あたしにかまってくれなくなって。むかしは、あんなにやさしかったのに……」
ぽたぽた……とメイベルが涙を流す。
姉のあまりの豹変っぷりに戸惑い、そして、昔みたいに仲良くしてくれないことが、ショックだったのだろう。
「軍に所属した後も、時間を見つけては、お姉ちゃんと話そうとしたの。でも……ぜんぜんだめで。今回、合宿で一緒になったから、仲良くなれるかなぁって思って、でも……」
「だめなのか?」
こくこく、とメイベルが何度もうなずく。訓練が終わった後も、メイベルがどこかへ行っていたのは、なんとなく察してたが。
姉のもとへ行っていたのか。仲良くなるために。
「あたしのこと、憎んでるのかな。土魔法の才能があたしにはあって、お姉ちゃんにはなかったから。あたしが、無自覚にお姉ちゃんを、傷つけてるのかなぁ……」
大粒の涙を流すメイベルの肩を、俺は抱き寄せる。
「そんなことない。アイリス隊長はおまえを憎んでなんかないよ」
「ガンマ……」
「言ったろ、俺には特別な目があるって。たしかに、あいつはおまえを拒絶してたけど、憎んでるようには、俺には見えなかった。何か、事情があるんだよ。だから、態度を変えてるんだ」
それは嘘や気休めでなく、俺が見て、そして戦ったことでわかったことだ。
「俺に任せてくれ。おまえらを、また昔みたいな、仲良し姉妹にしてみせるよ」
「……ガンマぁ」
しばらくぐすぐすと泣いた後、小さく言う。
「どうして、そこまでしてくれるの?」
「そんなの、単純なことだ。俺がおまえに救われたからだよ」
パーティを追放され、行き場のない俺に、メイベルは新しい道を示してくれた。
その恩を、俺はまだ返せていない。
「……それだけ?」
「え、まあ」
「そか……」
「おう。受けた恩を返すだけだから、おまえは何も気にする必要ない。俺を頼ってくれ、なあ、先輩?」
メイベルは小さくため息をついて、「先輩、かぁ」とちょっと残念そうにつぶやいたあと、うなずく。
「うん、じゃあ、任せたよ、後輩」
こうして俺は、メイベル姉妹の仲を取り持つことになったのだった。