24.【黄昏の竜】の転落2(後)
ガンマの元居たパーティ、黄昏の竜たちは、王女の依頼で人型モンスターの討伐に来ていた。
寒村で出会ったのは、人間サイズの怪しい蟲、【魔蟲族】。
リーダーのイジワルーが出会ったのは、トンボの魔蟲族のドラフライだ。
攻撃を受けて片腕を失ったイジワルーを、今まさにドラフライが食べようとしたそのときだ。
かん、かん、かん……ころころころ……。
『あ? なんだ、缶?』
ドラフライの足元に、手の平サイズのスプレー缶が転がってきたのだ。
足でそれを止めると同時、ぶしゅうう! と激しい勢いでガスが噴射される。
『なんだこれは!? 目が痛ぇ! 息が、できねえ……!』
ドラフライが悶えだす。まるで猛毒を浴びたような反応だった。
イジワルーには特に変化が見られない。何に苦しんでるのか、わからなかった。
『のどが焼ける! 苦しい! くそ! なんだってんだこのガスはよぉ!』
「敵、魔蟲族に対して、【対魔殺虫剤】、効果あり!」
そのとき、どこからか声が聞こえてきた。
ガスの充満する室内に、がちゃがちゃと靴を鳴らしながら、見知らぬ集団が入ってくる。
青い軍服に身を包んだ男たちであり、彼らの手には最新の帝国式ライフルが握られていた。
彼らの服につけられた、帝国軍のシンボルを見て、イジワルー達は気づく。
「マデューカス帝国軍か!」
ここはゲータ・ニィガ王国とマデューカス帝国の国境に位置する村だ。
おそらくは、帝国側にも通報が入っていたのだろう。
「対魔殺虫剤が効いてる間に片づけるぞ! 総員、銃構え!」
軍人たちがライフルを構えて、魔蟲族に銃口を向ける。
だがイジワルーは焦った。
「無駄だ! やつの外皮はくっそかてえんだ! このおれの最大の一撃を受けてもぴんぴんしてやがった! そんなんじゃ傷ひとつ……」
「撃てぇ!」
指揮官の命令で軍人たちがライフルをぶっ放す。
高速で放たれた銃弾は、ドラフライの体をたやすく打ち抜いてみせたのだ。
『いってぇええええええええええ!』
完全に、軍人たちの銃弾は、魔蟲族たちに対してはっきりとした効果を見せていた。
穴の開いた個所からは紫色の体液が垂れている。
「…………」
イジワルーは茫然とし、声も出なかった。
自分が渾身の力を込めてはなった一撃を、いともたやすくはじいた魔蟲族の外皮。
それを、名も知らぬ軍人の放った銃弾が容易くぶち抜いてみせたからだ。
「いけるぞ! リヒター隊長がお作りになられた、【対魔徹甲弾】は、魔蟲族にダメージを与えてる!」
「この機を逃すな! 撃て! 撃てぇ!」
軍人たちが徹甲弾を一斉掃射する。
銃弾の雨あられを受けて、たまらずドラフライはその場から離脱した。
跳躍し、そのまま建物の天井をぶち破って、あっという間に空高く舞い上がる。
『ちっくしょぉお……いてえしくせえし、なんなんだよ……』
対魔殺虫剤の効果で呼吸器系をやられたドラフライは、何度もせき込む。
人間ごときに後れを取るとは思えない。
だがあのガス、そしてあの銃弾という未知の兵器の登場は、ドラフライに一抹の不安を抱かせた。
ほかにも、まだ強力な兵器が隠されているのではなかろうか、と。
『く、くそ! 一時撤退だ! 覚えてやがれ!!!』
ドラフライは眼下をにらみつける。
地を這う人間に対して、撤退を余儀なくされることは、翅をもつ魔蟲族にとって最大の屈辱だった。
このままでは、すまさない。
『【マーカー】は残した。次は確実に食ってやる! 皆殺しだ!』
ドラフライはそういうと、魔蟲族の拠点である妖精郷の森へと向かって去っていったのだった。
★
帝国軍人たちはしばらく、その場から動かなかった。
敵が潜んでいる可能性を考慮し、戦闘態勢を保っていたのだ。
だがしばらくたっても魔蟲族が帰ってこないところを確認してから……。
「「「うぉおおおおおおおお!」」」
軍人たちが歓喜の雄たけびを上げる。
イジワルーはぽかんと彼らを見つめていた。
「ついに、おれたちでも魔蟲族を撤退に追い詰めることができたぞ!」
「帝国の科学が、ついに奴らに一撃くらわせることに成功したんだ!」
「すごい! やはりわれらが帝国の科学は世界一!!!!!」
魔蟲、という未知の脅威に対して、今まで帝国軍は何もできなかった。
胡桃隊というエリートたちしか太刀打ちできない、そんな恐ろしい相手であると。
彼らはみな、悔しい思いをしていたのだ。
愛する祖国を、自分の手で守れない現状に。
だがリヒターという帝国随一の科学者の手によって、魔蟲に有効な装備が完成したと、実証された。
これから帝国の反撃が始まるんだ、と軍人たちはみな喜んでいたのである。
……そんな帝国の事情を知らぬ、王国民のイジワルー達は完全に意気消沈していた。
おぞましい敵との戦いを経験し身心疲れ果てていた。
特にイジワルーは片腕を失うという重傷を負っているため、その場から動けずにいる。
すぐさま近くにいた、衛生兵らしき女軍人がイジワルーに近づいてくる。
「隊長、一般人です!」
「ッ!」
一般人、と言われた。
王国最強のSランク冒険者である、自分が。
力を持たぬ一般人と、思われてしまった。
衛生兵はすぐに応急措置を始める。
だが、イジワルーは悔しくて涙を流していた。
「もう大丈夫ですよ。このまま帝都にある病院にあなたたちを送り届けます。失った腕は戻りませんが、帝国の科学技術力なら、日常生活に支障がないレベルに生活できるようなりますから!」
衛生兵は、イジワルー(一般人)が化け物から助かって、喜びの涙を流していると勘違いした。
だがイジワルーが泣いているのは、悔しいからだった。
自分がぼろ負けした相手に、帝国軍はあっさりと勝利して見せた。
王国最強という自負心が粉々に砕けちった瞬間だった。
そして、おのれの無力さを完全に痛感させられた。いやでも、認めてしまったのだ。
この黄昏の竜は、ガンマひとりが強くて彼がいたからこそ、黄金の輝きを放っていたパーティだったのだと……。
★
その後イジワルー達は帝都にある帝都大学付属病院へと搬送された。
止血等、適切な処置をしてもらったおかげで、彼らは一命をとりとめた。
その病室にて。
イジワルーともともといたパーティメンバーたちは、ぐったりと首を垂れていた。
弓使いスグヤラレと付与術師セッカマーは、あっさりイジワルーたちを見限って自分たちからパーティを出て行った。
それは、当然だ。今回イジワルー達は完全に依頼失敗してしまった。
ただの依頼ではない、王女から直々に出されたクエストである。しかも、名誉挽回をかけた、失敗できない挑戦だった。
それに失敗したのだ。ペナルティは避けられないだろう。
スグヤラレたちは、Sランクとしてちやほやされることを期待して、パーティに入ったのであった。だから、降格の危機がおとずれてる落ち目のパーティに、いつまでも所属する気はないのである。
「リーダー……これから、どうしましょう」
彼のもとに残ったのは、昔からパーティを組んでいた仲間たちだけ。
イジワルーはいつもの、自信に満ちた表情をしていない。うつむいたままだ。
仲間の一人が言う。
「王女様に、ありのまま報告しましょう」
「そんなこと、できるわけないだろ!」
イジワルーが声を荒らげる。その目は泣きはらして真っ赤になっていた。
「正直に報告したら、降格は必至だろ!? いいのか!? おれたちは、もう王国最強じゃなくなるんだぞ!?」
「し、しかし……じゃあどうするんですか? 嘘をつくわけにもいきませんし……」
すると、にやりとイジワルーが笑う。
「まだだ。まだあの化け物は、討伐されてねえ。撤退しただけだ。なら、まだチャンスはある!!!!!」
「り、リーダー……」「まさか、また戦うのですか!? あの恐ろしい化け物と?」
「当然だろ! おれたちは最強、黄昏の竜だぞ! このままやられっぱなしでおめおめと帰れるかよぉ!」
メンバーたちは、イジワルーほどSランクに執着していなかった。
地位よりも自分たちの命を優先したかった。
だがイエスマンである彼らは、イジワルーに口答えできるわけもない。
「で、ですが……われらはコテンパンにやられましたよ? このまま挑んでも、またやられるだけでは?」
イジワルーは意を決したように、こういう。
「ガンマだ。ガンマに、戻ってきてもらおう」
そう、イジワルーはもう理解していた。ガンマこそがこのパーティのかなめであると。
彼は黄昏の竜に必要不可欠な翼だったのだ。
「で、ですがリーダー……。戻ってきてもらえるのでしょうか?」
メンバーたちの不安はもっともだ。
ガンマは一度パーティを追放されている。
クビにされた恨みがある状態で、パーティに戻ってくるとは考えにくい。
「くるさ、なにせおれたちは、学生時代からの仲間なんだぜ? おれが頭を下げればきっと、いや絶対! ガンマはおれたちのもとへ帰ってきてくれるさ!」
イジワルーの頭の中では、ガンマが帰って来て、そしてあの化け物を倒すという都合のいいストーリーが完成していた。
これでSランクから落ちることもない、これですべて元通りになる。
そう、思っていた。だが言うまでもなく、ガンマが戻ることはない。
なぜなら、彼にはもう新しい場所で、彼を認めてくれる人たちとともに、幸せな新生活を始めているから。
そうとも知らないイジワルーは、希望に満ちた瞳でいう。
「ガンマは今帝国軍に所属してるんだろ? ここは帝都の病院だ、あいつにすぐに会いに行こう! きっとおれが一声かければ、泣いて喜んで戻ってくるに違いねえ!」
否、圧倒的に否である。残念ながら、ガンマは今帝都にいないし、喜んで戻ってきもしない。
自分がガンマにひどい仕打ちをしたことなど、すっかり忘れてるイジワルーは、自分が頼めばガンマが戻ってくると、本気でそう思ってるのであった。
実に、愚かであった。