表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/242

23.【黄昏の竜】の転落2(中)



 ガンマが所属していた元Sランク冒険者パーティ、【黄昏の竜】。


 彼らは王女ヘスティアからの依頼を受け、帝国との国境にある村へ、人型モンスターの討伐へとやってきた。


「ここか……なんもねえくそ田舎だな」


 まさに寒村という言い方がぴったりな、何の変哲もない、田舎の村だ。

 イジワルーたちパーティメンバーは村に入る。


「おかしいですね、イジワルーさん。人の気配がしません」

「田舎だからだろ?」

「それにしては外に誰もいないっていうのは……」


 メンバーに言われて、たしかにとイジワルーは疑念に思う。


 背後を振り返り、弓使いのエルフ、スグヤラレに尋ねる。


「おい、この村に敵はいそうか?」

「は? なんだね急に? なぜボク様に聞くのだ?」


「おまえ弓使いだろ? 何か危険がないかわかるんもんだろ?」


 同じ弓使いのガンマは、いちいち冒険に口をはさんできた。

 ここは危ない地帯だとか、危険な予感がするなど、警告してきたのだ。


 だがスグヤラレはあきれたような顔でイジワルーに言う。


「何馬鹿なこといってるんだね。弓使いのボク様にそんなことわかるわけないだろ。周辺の索敵などは、危険を探し出すスキルは斥候レンジャーや盗賊の持つスキル。そんなことも知らんのかね? Sランクのくせに?」


 こけにされて腹が立つ。だが、確かにイジワルーたちは、よその冒険者の事情を知らない。


 黄昏の竜はイジワルーのワンマンチームであり、学園を卒業してから今日まで、彼らは同じパーティ。


 よその事情など知らないのだ。


「…………」


 じわり、とわきの下に汗をかく。

 今にして思えば、ガンマは意外と使えるやつだったのかもしれない。


 少なくとも、彼を伴った冒険では、一度たりとも危険な目にあったことなかった。

 未知なる敵や危機に、怯えることはなかった。


 それは、ガンマという優れた弓使いが、未然に危機を防いで、あるいは回避していてくれたから……。


「ちがう、ちがう……あいつが、すげえやつなわけ、ないんだ……」


 否定の言葉は、しかし弱弱しかった。ガンマのことを認めている部分が彼にはあった。

 

 彼の不幸は、ガンマの有用性を認めつつも、しかし、おのれの無能さを認めていなかったこと。否、自覚していなかったこと。


 だから、この後彼は惨事に見舞われることになるのだ。


「いくぞ、てめえら」


 イジワルーを先頭に彼らは村の中へと入っていく。

 誰かいないかとといかけるも返事は帰ってこなかった。


「廃村なんでしょうか?」

「かもしれねえ。いったん帰るか……」


 と、そのときだった。


 ぐち……ぐち……


「リーダー……なんか、変な音しませんでしたか?」

「あの家から……」


 メンバーの一人が小屋を指さす。

 イジワルーも耳を澄ますと、たしかに、ぐちぐちと肉を引き裂くような音がした。


「……てめえら、戦闘配置についておけ。マッセカーは、付与魔法を」


 新メンバー、付与術師のマッセカー(元宮廷魔導士の女)がうなずくと、呪文の詠唱に入った。


 しっかりと支援魔法をうけ、準備万端。

 イジワルーが剣を抜いてドアに手をかけ、勢いよく中に入る。


 鼻を衝く刺激臭に思わずイジワルーが顔をしかめた。

 部屋の奥では、ぐちぐち、とやはりあの、肉を引きちぎるような音が響いている。


「だ、誰だ!? 誰かいるのか!?」


 部屋の隅に大きな何かがいた。

 ドアから差し込むわずかな光を受けて、ぼんやりとそのシルエットが浮かぶ。


「と、トンボ……か?」


 それは、トンボというにはあまりに巨大な生物だった。


 人間のような外観を持つが、顔は完全に虫類のそれ。

 左右に開く口には、ナイフのように鋭い牙があり、べっとりと人の血肉が付着していた。


 人型のトンボは、何かに噛りついてるようだ。

 最初はパンでも食ってるのかと思ったが、違う。


「ひ、ぎやぁああああああああああああ!」


 トンボが手に持っていたのは人の頭部だった。

 そのそばには頭を失った死体が無造作に転がっている。


『んだよてめえ、人が食事してるときに邪魔しやがって』


 トンボが人語を話すことなど、今のイジワルーには関係なかった。

 人間の死体、しかもむごたらしいその姿に、彼は恐怖してしまったのだ。


 今までの冒険では、人を死なせたことは一度もない。

 ガンマの弓と目によるサポートのおかげで、彼らは一人の死傷者も出したことがなかったのだ。



 だが、ここにきてリアルの死を目の当たりにして、彼は完全にびびってしまった。


「ひぃ!」「なんだあれ、なんだよあれはぁ!!!」


 仲間たちも遅まきながら、イジワルーと同じ光景を目の当たりにする。

 おびえる彼らを前にして、トンボの化け物はゆっくりと立ち上がった。


『まだ村に生き残りがいやがったのか? それとも冒険者? ま、どっちでもいいけどよぉ』


 トンボが手に持っていた頭部を投げ捨ててこちらに近づいてくる。

 体から発せられるのは、尋常じゃないオーラ。そのプレッシャーに、彼らは気おされそうになる。


 いち早く反応したのは、弓使いのスグヤラレだった。


「う、うわああ! ぼ、ボク様に近づくなぁ、この化け物がぁああああ!」


 さすがはエルフというところか、素早く弓を構え、敵に向かって矢を放つ。


 Sランクのイジワルーがぎりで目で追える速度。

 矢はトンボの眉間めがけて正確に撃ち込まれる。


『あー? んだこれ?』

「ば、ば、馬鹿な!? ぼ、ボク様の神速の矢を受け止めるだとぉ!?」


 トンボは矢をつかんでいた。

 ただし、真正面から受け止めた、のではない。


 手を伸ばし、矢のお尻を指でつまんでいたのだ。

 完全に動きを目でとらえていないと、こんな芸当ができるわけがない。


『こんなトロくせえ矢が神速とは、笑わせてくれるなぁ!』


 血の付いた口を大きく広げて、げらげらと笑う。

 矢を放ったスグヤラレはもちろんのこと、イジワルー達もトンボの異常性に気づいていた。


「だれだよおめえ!」

『おれさまは魔蟲族がひとり、3級団員のドラフライだ』


「ま、まちゅうぞく……ドラフライ、だと?」


 聞いたことも見たこともない化け物を前に、イジワルーは困惑する。

 だが状況からして、おそらくはこのドラフライが、討伐対象である人型のモンスターと言えた。


 だが、無理、無理だと体が恐怖で震えながら訴えてくる。

 矢を止めただけで、それ以外に何かをしたわけではない。だが本能が訴えてくるのだ。


 こいつはやばいと。食われる、と。


『村の連中も全部食っちまったし、お次はてめらといこうかなぁ』

「ひぎいい!」「にげろぉおお!」


 メンバーたちが逃げていくなか、イジワルーもまた後を追おうとしてしまった。


 だがそれが彼の自尊心を刺激し、一瞬だけ冷静にした。


 今がどういうクエストの最中なのか。

 これを失敗すれば、自分たちはSランクから降格させられる。


 屈辱だ。しかも、自分たちが落ちることで、相対的にガンマの評価があがることになる。


 そんなのは、許せない。そのプライドが、彼を無謀にも戦いに駆り立てる。


「う、うおおおおおお! くらえぇえええええええええええ! おれの必殺技ぁああ!」


 イジワルーは魔法と剣、どちらも使うことができる。

 こないだの火山亀との戦いでは、余裕をこいていて使わなかった、魔法剣。


 炎の魔法を刃にのせ、さらに体を高速回転させる。


「【炎刃回転えんじんかいてん切り】ぃいい!」


 イジワルーが生み出したオリジナル技。

 炎の刃で敵の鎧をとかし、さらに回転の勢いで肉を断つという、なかなかの一撃。


 ドラフライはよけなかった。よける必要がないとばかりの余裕っぷりだった。


 がきぃいいいん!


「んな!? か、かてええ!」

『おまえの剣が弱いんだよ。3級の薄い外皮にはじかれる程度じゃなあ』


「なんだよ3級ってぇ!」

『冥途の土産におしえてやるとよぉ、おれら魔蟲族には強さ・硬さによる等級付けがされてんだよ。一番下が3級、そこから、2級、準1級、1級、特級ってよぉ』


 つまり、だ。

 この化け物のほかにも、もっと強い化け物が存在するのだ。


 しかもその化け物の中で、このドラフライは最弱だという。


『団員は、まあ準1級いきゃ強いほうだ。師団長クラスになると1級、王直属の護衛部隊だと特級だな全員』


 何を言ってるのかさっぱりわからなかった。だが、やばいと本能が叫んでいる。


 化け物は、1匹だけじゃない。こいつ以外も強いやつらはいる。


『っと、しゃべりすぎちまったなぁ。んじゃ、片腕もらいっと』


 ぽきん、と。

 あまりにやすやすと、剣を持つイジワルーの右腕が切り取られた。


 早すぎて、いつ腕を切られたのか、どうやって切断されたのかわからなかった。

 痛みすら知覚できていない。


「へぇあ……? あ、あ、あぁあああああああああ!」


 視覚的に腕がとられたと気づいた時には、イジワルーは悲鳴を上げていた。


「腕がぁ! 腕がぁ!!!」


 パーティの中で最強であるはずのイジワルー。

 そんな彼があっさりとやられた。パーティ全員に衝撃と、そして恐怖を与えるには十分だった。


 ドラフライは剣ごと、もしゃもしゃとイジワルーの腕を食らう。


『人間うめえなぁ、やっぱり。そんで、やっぱ人間よええなぁ』


「いてえよぉおお! いてえよぉおお!」


『【コックローチ】がこないだよぉ、弓使いの人間のガキに負けたらしいが、やっぱ何かの間違いだな』


 コックローチとは、こないだガンマが倒した、ゴキブリ型の魔蟲族だ。

 彼もまた3級の団員である。

 ガンマが倒した敵に、イジワルーはあっさりとやられたのだ。


 仲間たちはパニックになって、散り散りになって逃げだそうとする。


『逃がさねえよ!』


 ドラフライは翅をひろげて消える。

 全員がその場に倒れこんだ。


 人間の動体視力をはるかに超えたスピードで飛び、全員の体にこぶしを叩き込んだのである。


「こんなばけもの、ガンマは相手にしてたのかよぉ……」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を、ドラフライに向ける。

 敵はそんな情けない顔をするイジワルーを見て嗤った。


『ぎゃはは! 弱い弱い! 人間は弱いなぁ! そりゃあ当然だよなぁ! てめえらは魔蟲族、そして魔蟲王【ベルゼブブ】さまの餌なんだからよぉ!』


 ベルゼブブ。それがやつらの首魁の名前。

 だが痛みと恐怖で、ドラフライの言ってることを理解できなかった。


『さてとぉ、ベルゼブブ様に献上する分はもう肉団子にしちゃってるし、こいつらはおれが全部くっちまってもいいよなぁ』


「ひぎゃぁああああああああああ! いやだぁああああああああ! 死にたくない、死にたくないぃいいいいいいいい! 助けてぇええええええええええええ!」


 実にみっともなくイジワルーは助けをこう。

 真っ先に浮かんだのは、ガンマだった。


 彼は心の底から痛感させられる。


 自分たちが頂点に立ち続けられたのは、ガンマという超優秀な弓使いがいたからだと。


「助けて、ガンマ、ガンマぁあああああああああ!」


 だが、己の無力さ、そしてガンマの有能さに気付いても、もう遅いのだ。


 彼は、もういないのだから。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 王女は村(集落?)が襲われてるのは知ってたのかな?
[良い点] 多少は主人公の強さを、なんとなきく理解できたっぽいリーダー。 [気になる点] リーダーはまだ登場するのか? よくある魔族化みたいになって、まだまだ登場するのか気になります。 [一言] そろ…
[一言] 何かHUNTER×HUNTERのキメラアント編を読んでる気分
2022/08/18 12:06 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ