23.【黄昏の竜】の転落2(中)
ガンマが所属していた元Sランク冒険者パーティ、【黄昏の竜】。
彼らは王女ヘスティアからの依頼を受け、帝国との国境にある村へ、人型モンスターの討伐へとやってきた。
「ここか……なんもねえくそ田舎だな」
まさに寒村という言い方がぴったりな、何の変哲もない、田舎の村だ。
イジワルーたちパーティメンバーは村に入る。
「おかしいですね、イジワルーさん。人の気配がしません」
「田舎だからだろ?」
「それにしては外に誰もいないっていうのは……」
メンバーに言われて、たしかにとイジワルーは疑念に思う。
背後を振り返り、弓使いのエルフ、スグヤラレに尋ねる。
「おい、この村に敵はいそうか?」
「は? なんだね急に? なぜボク様に聞くのだ?」
「おまえ弓使いだろ? 何か危険がないかわかるんもんだろ?」
同じ弓使いのガンマは、いちいち冒険に口をはさんできた。
ここは危ない地帯だとか、危険な予感がするなど、警告してきたのだ。
だがスグヤラレはあきれたような顔でイジワルーに言う。
「何馬鹿なこといってるんだね。弓使いのボク様にそんなことわかるわけないだろ。周辺の索敵などは、危険を探し出すスキルは斥候や盗賊の持つスキル。そんなことも知らんのかね? Sランクのくせに?」
こけにされて腹が立つ。だが、確かにイジワルーたちは、よその冒険者の事情を知らない。
黄昏の竜はイジワルーのワンマンチームであり、学園を卒業してから今日まで、彼らは同じパーティ。
よその事情など知らないのだ。
「…………」
じわり、とわきの下に汗をかく。
今にして思えば、ガンマは意外と使えるやつだったのかもしれない。
少なくとも、彼を伴った冒険では、一度たりとも危険な目にあったことなかった。
未知なる敵や危機に、怯えることはなかった。
それは、ガンマという優れた弓使いが、未然に危機を防いで、あるいは回避していてくれたから……。
「ちがう、ちがう……あいつが、すげえやつなわけ、ないんだ……」
否定の言葉は、しかし弱弱しかった。ガンマのことを認めている部分が彼にはあった。
彼の不幸は、ガンマの有用性を認めつつも、しかし、おのれの無能さを認めていなかったこと。否、自覚していなかったこと。
だから、この後彼は惨事に見舞われることになるのだ。
「いくぞ、てめえら」
イジワルーを先頭に彼らは村の中へと入っていく。
誰かいないかとといかけるも返事は帰ってこなかった。
「廃村なんでしょうか?」
「かもしれねえ。いったん帰るか……」
と、そのときだった。
ぐち……ぐち……
「リーダー……なんか、変な音しませんでしたか?」
「あの家から……」
メンバーの一人が小屋を指さす。
イジワルーも耳を澄ますと、たしかに、ぐちぐちと肉を引き裂くような音がした。
「……てめえら、戦闘配置についておけ。マッセカーは、付与魔法を」
新メンバー、付与術師のマッセカー(元宮廷魔導士の女)がうなずくと、呪文の詠唱に入った。
しっかりと支援魔法をうけ、準備万端。
イジワルーが剣を抜いてドアに手をかけ、勢いよく中に入る。
鼻を衝く刺激臭に思わずイジワルーが顔をしかめた。
部屋の奥では、ぐちぐち、とやはりあの、肉を引きちぎるような音が響いている。
「だ、誰だ!? 誰かいるのか!?」
部屋の隅に大きな何かがいた。
ドアから差し込むわずかな光を受けて、ぼんやりとそのシルエットが浮かぶ。
「と、トンボ……か?」
それは、トンボというにはあまりに巨大な生物だった。
人間のような外観を持つが、顔は完全に虫類のそれ。
左右に開く口には、ナイフのように鋭い牙があり、べっとりと人の血肉が付着していた。
人型のトンボは、何かに噛りついてるようだ。
最初はパンでも食ってるのかと思ったが、違う。
「ひ、ぎやぁああああああああああああ!」
トンボが手に持っていたのは人の頭部だった。
そのそばには頭を失った死体が無造作に転がっている。
『んだよてめえ、人が食事してるときに邪魔しやがって』
トンボが人語を話すことなど、今のイジワルーには関係なかった。
人間の死体、しかもむごたらしいその姿に、彼は恐怖してしまったのだ。
今までの冒険では、人を死なせたことは一度もない。
ガンマの弓と目によるサポートのおかげで、彼らは一人の死傷者も出したことがなかったのだ。
だが、ここにきてリアルの死を目の当たりにして、彼は完全にびびってしまった。
「ひぃ!」「なんだあれ、なんだよあれはぁ!!!」
仲間たちも遅まきながら、イジワルーと同じ光景を目の当たりにする。
おびえる彼らを前にして、トンボの化け物はゆっくりと立ち上がった。
『まだ村に生き残りがいやがったのか? それとも冒険者? ま、どっちでもいいけどよぉ』
トンボが手に持っていた頭部を投げ捨ててこちらに近づいてくる。
体から発せられるのは、尋常じゃないオーラ。そのプレッシャーに、彼らは気おされそうになる。
いち早く反応したのは、弓使いのスグヤラレだった。
「う、うわああ! ぼ、ボク様に近づくなぁ、この化け物がぁああああ!」
さすがはエルフというところか、素早く弓を構え、敵に向かって矢を放つ。
Sランクのイジワルーがぎりで目で追える速度。
矢はトンボの眉間めがけて正確に撃ち込まれる。
『あー? んだこれ?』
「ば、ば、馬鹿な!? ぼ、ボク様の神速の矢を受け止めるだとぉ!?」
トンボは矢をつかんでいた。
ただし、真正面から受け止めた、のではない。
手を伸ばし、矢のお尻を指でつまんでいたのだ。
完全に動きを目でとらえていないと、こんな芸当ができるわけがない。
『こんなトロくせえ矢が神速とは、笑わせてくれるなぁ!』
血の付いた口を大きく広げて、げらげらと笑う。
矢を放ったスグヤラレはもちろんのこと、イジワルー達もトンボの異常性に気づいていた。
「だれだよおめえ!」
『おれさまは魔蟲族がひとり、3級団員のドラフライだ』
「ま、まちゅうぞく……ドラフライ、だと?」
聞いたことも見たこともない化け物を前に、イジワルーは困惑する。
だが状況からして、おそらくはこのドラフライが、討伐対象である人型のモンスターと言えた。
だが、無理、無理だと体が恐怖で震えながら訴えてくる。
矢を止めただけで、それ以外に何かをしたわけではない。だが本能が訴えてくるのだ。
こいつはやばいと。食われる、と。
『村の連中も全部食っちまったし、お次はてめらといこうかなぁ』
「ひぎいい!」「にげろぉおお!」
メンバーたちが逃げていくなか、イジワルーもまた後を追おうとしてしまった。
だがそれが彼の自尊心を刺激し、一瞬だけ冷静にした。
今がどういうクエストの最中なのか。
これを失敗すれば、自分たちはSランクから降格させられる。
屈辱だ。しかも、自分たちが落ちることで、相対的にガンマの評価があがることになる。
そんなのは、許せない。そのプライドが、彼を無謀にも戦いに駆り立てる。
「う、うおおおおおお! くらえぇえええええええええええ! おれの必殺技ぁああ!」
イジワルーは魔法と剣、どちらも使うことができる。
こないだの火山亀との戦いでは、余裕をこいていて使わなかった、魔法剣。
炎の魔法を刃にのせ、さらに体を高速回転させる。
「【炎刃回転切り】ぃいい!」
イジワルーが生み出したオリジナル技。
炎の刃で敵の鎧をとかし、さらに回転の勢いで肉を断つという、なかなかの一撃。
ドラフライはよけなかった。よける必要がないとばかりの余裕っぷりだった。
がきぃいいいん!
「んな!? か、かてええ!」
『おまえの剣が弱いんだよ。3級の薄い外皮にはじかれる程度じゃなあ』
「なんだよ3級ってぇ!」
『冥途の土産におしえてやるとよぉ、おれら魔蟲族には強さ・硬さによる等級付けがされてんだよ。一番下が3級、そこから、2級、準1級、1級、特級ってよぉ』
つまり、だ。
この化け物のほかにも、もっと強い化け物が存在するのだ。
しかもその化け物の中で、このドラフライは最弱だという。
『団員は、まあ準1級いきゃ強いほうだ。師団長クラスになると1級、王直属の護衛部隊だと特級だな全員』
何を言ってるのかさっぱりわからなかった。だが、やばいと本能が叫んでいる。
化け物は、1匹だけじゃない。こいつ以外も強いやつらはいる。
『っと、しゃべりすぎちまったなぁ。んじゃ、片腕もらいっと』
ぽきん、と。
あまりにやすやすと、剣を持つイジワルーの右腕が切り取られた。
早すぎて、いつ腕を切られたのか、どうやって切断されたのかわからなかった。
痛みすら知覚できていない。
「へぇあ……? あ、あ、あぁあああああああああ!」
視覚的に腕がとられたと気づいた時には、イジワルーは悲鳴を上げていた。
「腕がぁ! 腕がぁ!!!」
パーティの中で最強であるはずのイジワルー。
そんな彼があっさりとやられた。パーティ全員に衝撃と、そして恐怖を与えるには十分だった。
ドラフライは剣ごと、もしゃもしゃとイジワルーの腕を食らう。
『人間うめえなぁ、やっぱり。そんで、やっぱ人間よええなぁ』
「いてえよぉおお! いてえよぉおお!」
『【コックローチ】がこないだよぉ、弓使いの人間のガキに負けたらしいが、やっぱ何かの間違いだな』
コックローチとは、こないだガンマが倒した、ゴキブリ型の魔蟲族だ。
彼もまた3級の団員である。
ガンマが倒した敵に、イジワルーはあっさりとやられたのだ。
仲間たちはパニックになって、散り散りになって逃げだそうとする。
『逃がさねえよ!』
ドラフライは翅をひろげて消える。
全員がその場に倒れこんだ。
人間の動体視力をはるかに超えたスピードで飛び、全員の体にこぶしを叩き込んだのである。
「こんなばけもの、ガンマは相手にしてたのかよぉ……」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を、ドラフライに向ける。
敵はそんな情けない顔をするイジワルーを見て嗤った。
『ぎゃはは! 弱い弱い! 人間は弱いなぁ! そりゃあ当然だよなぁ! てめえらは魔蟲族、そして魔蟲王【ベルゼブブ】さまの餌なんだからよぉ!』
ベルゼブブ。それがやつらの首魁の名前。
だが痛みと恐怖で、ドラフライの言ってることを理解できなかった。
『さてとぉ、ベルゼブブ様に献上する分はもう肉団子にしちゃってるし、こいつらはおれが全部くっちまってもいいよなぁ』
「ひぎゃぁああああああああああ! いやだぁああああああああ! 死にたくない、死にたくないぃいいいいいいいい! 助けてぇええええええええええええ!」
実にみっともなくイジワルーは助けをこう。
真っ先に浮かんだのは、ガンマだった。
彼は心の底から痛感させられる。
自分たちが頂点に立ち続けられたのは、ガンマという超優秀な弓使いがいたからだと。
「助けて、ガンマ、ガンマぁあああああああああ!」
だが、己の無力さ、そしてガンマの有能さに気付いても、もう遅いのだ。
彼は、もういないのだから。