22.【黄昏の竜】の転落2(前)
ガンマたちが新しい武器を手に入れている一方、そのころ。
帝国内の街道を、冒険者パーティ【黄昏の竜】たちを乗せた馬車が進んでいた。
ガンマが元居たパーティのリーダー、イジワルーは不機嫌そうに顔をしかめる。
「ったくよぉ、なんでこんな粗末な馬車に乗んなきゃいけねえんだよ。ケツが痛ぇっつの」
国内でも数少ない実力者(だった)彼らは、今回、王女ヘスティアから依頼を受けたのである。
「イジワルー様……大丈夫でしょうか?」
「今回の依頼は、その……失敗が許されない内容ですけど」
イジワルーの取り巻きたちが、青い顔でリーダーにいう。
その表情は緊張していた。
「だ、大丈夫に決まってるだろ! あのガンマの野郎ができた依頼……あいつより上のおれらが、失敗するわきゃねーだろが!」
さて、黄昏の竜一行が、どうしてヘスティアからの依頼を受けたのか。
話は数日前までさかのぼる。
★
『黄昏の竜は、Sランクにふさわしくありませんわ。よって、降格処分とします』
数日前、イジワルー達は王都冒険者ギルドの、ギルマスの部屋にいた。
そこにはギルマスだけでなく、王女ヘスティアもいて、開口一番にそういったのだ。
『なっ!? こ、こ、降格ぅう!? どういうことだよぉ!』
当然、イジワルーは説明を要求する。
大慌ての彼と違って、王女は実に冷静だった。
王女からは、鉄、という印象を受けた。その瞳は、冬の日の鉄のように冷え切っている。
『あなたたちは、先日、王都に近づく敵を、倒せなかったそうですね』
王都主催のパーティがあった日。
古竜が王都めがけて進撃してきたのだ。その討伐をまかされたのが、黄昏の竜たち。
あの依頼は国王名義のものだった。大金の依頼料を支払ったのである。
それが失敗したのだ。王国サイドから苦情が入った、というわけだ。
『あ、あれは……そのぉ……』
古竜と戦い、イジワルーは完全敗北した。自分の攻撃が全く通じなかったのである。
『あ、あの日は! ちょ、調子が悪かったんだ!』
『ガンマ様の支援がなかったから、ですか?』
どきっ、とした。確かにあの戦いのとき、仲間が言っていた。
ガンマが支援の魔法を、自分たちにかけていたと。
ここで王女の言葉を肯定することは、ガンマの有用性を認めること、自分の間違いを、認めることになる。
『が、ガンマなんて関係ねえよ! あの日はほんとに調子が悪かったんだ!』
『そう。では、たまたまあの日は調子が悪かっただけと。負けたのも運が悪かっただけと』
『そうだ! 今は調子絶好調だぜ!』
『へえ。でしたら……今のあなたたちなら、難易度の高いクエストを出しても必ず成功すると?』
王女がじっと、こちらを見つめてくる。……真っ黒な穴のようだ。
瞳の奥には底なしの沼が広がってるように見えて、イジワルーはたじろいでしまう。
だがここでNOと答えたら、本当に降格させられる。
そんなのは嫌だ。自分たちはすごいんだ。Sランクなんだ。
『当たり前じゃねえかよ!』
『では、最近出現した【謎の魔物】を討伐してきてください』
『あ? なんだよ、謎の魔物って……?』
『先日、王都でパーティが開かれた際、客に紛れて謎の人型魔物が襲ってきたのです』
『そいつと同じ奴が現れたのか? でも、パーティんときゃどうしたんだよ』
ヘスティアが、頬を赤らめる。
『ガンマ様が、見事倒してくださりました……♡』
『ガンマぁ……』
またか。また、ガンマか。
イジワルーの中でガンマに対する負の感情が蓄積されていく。
こないだの古竜との戦いに負けたのも、今こうして降格の危機にさらされてるのも、すべてガンマのせいだ!
『あなたたちへの依頼は、その人型魔物を討伐すること。王国と帝国の国境付近で目撃情報があったそうですわ』
『それ倒してくりゃいいんだろ?』
『ええ、ですが、本当にやりますか? ガンマ様でも多少苦戦したとうかがってます。ガンマ様の抜けた黄昏の竜では、少々荷が重いかもしれませんけども』
ガンマと比較して、イジワルー達が弱い。そう言われてるように聞こえて、イジワルーは憤慨する。
『ああ、やってやらぁ! おれらだけでその人型魔物を倒してきてやんよ!』
『できないことをできない、というのも勇気ですわよ?』
イジワルー以外の仲間たちの顔色を見て、ヘスティアは言う。
彼らの表情は恐怖で青ざめていた。
うすうす、勘づいているのである。ガンマがこのパーティの要だったことを。
イジワルーですら、心の奥底ではそう思っていた。けれど、彼はあまりに愚かだった。
『あいつが倒せたってもんに、おれが負けるわけがねえだろ!』
イジワルーは気づかなかった。
依頼を受ける、と言ったとき、ヘスティアがほんの一瞬だけ、邪悪な笑みを浮かべたことを。
★
黄昏の竜たちは帝国と王国の国境にある、寒村へと到着した。
「おら、てめえら! いつまでびびってんだ、さっさと降りろ!」
イジワルー以外のメンバーたちはすっかり怖気づいていた。
ガンマの存在の大きさ。そして、ガンマがいないというこの状況で、ガンマが苦戦したという敵。
どう考えても勝てる相手ではない。だが、それを理解していない、否、理解したくない愚者が一名。そう、リーダーのイジワルーだ。
黄昏の竜はイジワルーのワンマンチーム。彼が白といえば白。彼がやるといえばやるのだ。
「なぁに、ビビる必要はねえ。今回はコンディション万全なうえに、助っ人もつれてきたからなぁ。てめえら!」
馬車から降りてきたのは、2名の冒険者。
「付与術師マッセカー。そして弓の名手スグヤラレだ」
マッセカーは背の低い女魔法使い風の恰好。
スグヤラレはエルフの男だった。
ふたりとも、ただならぬ雰囲気を醸し出している。
「こいつらを加えて、新生・黄昏の竜、デビュー戦と行こうじゃないか」
大丈夫だろうか、と不安がるもともといたメンバーたちとは対照的に、マッセカーとスグヤラレは自信満々だった。
「てゆっかー、あたしがいればどんな敵もよゆーじゃね? てゆっか、あたし元・宮廷魔導士だし?」
「このボク様はエルフの里で一番の弓の名手なのだぞ? このボク様がいれば、どんな敵だろうとハチの巣にしてあげるよ。このボク様がいればね」
どちらも腕に自信があるメンツのようだ。
元・宮廷魔導士、そして弓の扱いにたけたエルフ族。これならいけるかも……とメンバーたちは希望を抱く。
「そうだよ、ガンマなんていなくたって、おれは、黄昏の竜は終わったりはしねえんだよ!」
だが、残念なことに、黄金に輝きを放っていた竜は、疾うの昔に息絶えていたのだ。
ガンマという、このパーティの翼が抜けた時点で、竜は地に堕ちたのである。
飛ぶ力を失った竜は、ただ地面を這いつくばるトカゲと同じ。
彼らは、今度こそ思い知ることになる。
ガンマがいかに、このパーティに貢献していたのかを。
自分たちがいかに、無力であることを。