20.VSアイリス隊長
メイベルの姉と決闘することになった。
「……私と決闘し、貴様がもし勝ったら、メイベルに謝罪してやる」
向こうがふっかけてきたけんかだ、遠慮する気は全くない。
場所は、合宿所に併設された教練室。
円形のフィールドにたつのは俺と、赤髪の鋭い眼光をした女、アイリス・アッカーマン。
全身を黒い鎧で覆っている。
だが気になるのは、剣だ。
彼女の右手が持つ長剣は、どうにも、異様な感じがする。
注意が必要だな。
「それじゃあ、はじめるぞおまえら」
リスのマリク隊長が俺とアイリスに同意を取る。
俺はうなずき、彼女もうなずいた。
……メイベルの姉貴に対して、矢を打ち込むのは少々気が引ける。
だが俺の大事な人に手を上げようとしたやつに、遠慮することはない。
「では……はじめ!」
俺はまず敵の出方を見る。
筋肉、骨の動き。視線、得物から、相手の攻撃方法を探る……だが。
「……?」
異様だ。
彼女は構えを取っていない。ぶらりと両手を垂らしている。剣士の構えでは、少なくともない。
しゅっ……!
「! なんだっ」
背後から殺気を感じて、俺は右側に飛んで避ける。
地面から黒い何かが突き出していた。
「なんだこの黒いの……」
「……遅い!」
視線を切った瞬間、目の前にアイリス隊長が現れる。
手に持った黒い剣で俺に斬りかかってきた。
俺はすかさず魔法矢を放ち、アイリス隊長の剣を弾き飛ばす。
二射目を隊長の胴体に打ち込もうとして……。
俺は、逆方向に飛んだ。
びゅっ……!
二度目だったので、今度はしっかりと見た。
「影の……触手?」
信じられないことだが、俺の影から、黒い触手のようなものが伸びて、俺に絡みつこうとしていたのだ。
相手の一手目もこの影の触手というべき攻撃をしてきたのだろう。
「あんたの攻撃手段は、影か」
「……ちっ。勘のいいガキだ」
アイリスの体から黒いもやが噴出する。
それは空中で無数の槍へと変化。
「槍だって!?」
観客席にいるオスカーが驚愕の表情を浮かべる。
その間に影の槍が射出。
「【星の矢】」
無数の槍を、こちらも無数に分裂する魔法矢ですべて打ち落とす。
だが……。
槍が死角から降ってきた。
俺はそれをバク転して避ける。
全部を打ち落としたはずだったのだが。
どうやら、【新たに】生み出された槍のようだ。
「な、なんだねあれは! 影から槍ができたよ!」
「……あれは、お姉ちゃんのスキル。【影呪法】」
「かげじゅほう……?」
「影を自在に操る力よ。影を粘土みたいにして、いろんなものを作ることもできる。影に関するいろんなことができる、応用力の高いスキル」
メイベルはさすがに、姉ちゃんの力を知ってたようだ。
なるほど。影を使った能力か。
だから、あの影の槍を魔法矢で全部打ち落としたと思っても、あとから追撃の槍が来たのか。
影があれば無限に、武器などを量産できるわけだからな。
手の内をばらされたアイリスだったが、まるで慌てた様子もない。
「……降参するなら今のうちだぞ」
「はっ。誰が降参なんてするか。絶対謝らせてやる」
俺はもう一度星の矢を使用。
「……無駄なあがきを」
同じ風に影の槍を作って、俺の魔法矢を打ち落とす。
さらに、影の触手を伸ばして、【俺】の体を捕縛。
「シッ……!」
「……ダミーか」
案山子の矢の矢で作った【俺】の囮に気を取られてる。
。
その間に、俺はアイリス隊長の背後から魔法矢をたたき込んだ。
「おお、ガンマが隊長から一本獲った!?」
「ううん、まだだよ! ガンマ!」
魔法矢をたたき込んだはずの彼女が、こちらに突っ込んできた。
俺は魔法矢を放ちながら後退。
影の触手で矢を払いながら、俺の胴へ向かって、一切の迷いない横一閃の斬撃を放ってきた。
がきぃん! という音とともに、アイリス隊長の黒い剣が宙を舞う。
オスカーが唖然とした表情で言う。
「な、何が起きてるのかね……? 速すぎて目で追えないではないか」
「……アイリスさんが放った斬撃を、ガンマ君が至近距離で魔法矢を放ち、はじき返しました。その衝撃波を利用して後ろへ後退、距離を取ったのです」
うちの隊で唯一の剣士、シャーロット副隊長は、俺たちの攻防を目で追えていたらしい。
それを聞いたオスカーが、額に汗を垂らしながら言う。
「し、しかしどういうことかね。ガンマは案山子の矢で敵の注意を引きつけた後、背後からの痛烈な一撃をお見舞いしたはず」
「ううん。あのとき、お姉ちゃんは自分の影に潜ってたの」
「なっ!? 影に潜っただって!」
「うん。影呪法は影を操るだけじゃない、影に入り出る、影から転移するなど、いろんな使い方ができるの」
「む、無敵じゃないかそれ!」
「うん……お姉ちゃんは強いよ。だって、S級隊員だから」
なるほど、部隊長で、なおかつS級なのか。どうりでやっかいな攻撃してくると思った。
アイリス隊長はふっ、と笑う。
「……どうした? 私の影呪法に手も足も出ないだろう?」
「まあ、あんたの力は強いよ」
「……なら」
「あくまでも、力は、な」
「……なんだと?」
「あんたは力は強いけど、その力を振るってるあんた自身が雑魚だって言ってるんだよ」
アイリスが切れる。
ごぉ……! と体から黒いもやが噴出し、俺の周囲を影の槍やら剣やらで取り囲む。
「……容赦はせん。死ね!」
「ガンマーーーー!」
アイリス隊長が影の武器を振り下ろすより早く、俺は魔法矢を打ち込む。
「……同じことを。こんなのは通用……なっ!?」
隊長が俺の魔法矢を払った瞬間……。
ぼふっ……!
と周囲に黒い煙が広がる。
オスカーがまたも慌てた調子で言う。
「なっ!? いきなり煙が……煙幕かい!?」
その通り。これは【煙の矢】。文字通り煙幕を発生させる魔法矢だ。
周囲に広がった黒煙は、敵の視界を奪う。これが通常の使い方。
だが……。
「くそっ!」
煙幕の中で、狩人の目を持つ俺だけは見えた。
アイリスが展開した武器が、すべて消えたことに。
彼女を包む黒い鎧も消えていた。
俺は真正面から魔法矢を打ち込む。
どがっ……!
「がはぁ……!!!」
俺の射った魔法矢が、精確にアイリス隊長の顎を打ち抜く。
彼女は宙へ浮くと、そのまま仰向けに気絶した。
マリク隊長はアイリス隊長に近づく。
「勝者、ガンマ!」
俺はコールが上がるまで気を抜かなかった。
ふぅ……と息をつくと、客席からオスカーたちがやってくる。
「すごいじゃないかい! しかしあの煙の一撃はなんだったのかね? どういう意図だったのかい?」
「煙幕を張って、光を遮ったんだ。煙の矢は、光をシャットアウトする特殊な黒煙を作る。どうやら隊長の影呪法は、光がないと発動させられないみたいだったからな」
「そうか……! 影を使ったスキルだから、影が発生しない……つまり光がなければ、スキルが無効化されるということだね! やるじゃないかい、さすがガンマだね!」
ばしばし、とオスカーが俺の背中を叩いて賞賛する。
一方で、メイベルはリフィル先生と共に、アイリス隊長のもとへ駆け寄る。
先生が診察をして、小さく微笑む。
「大丈夫。脳しんとう起こしてるだけよ。すぐ目覚めるわ」
「……よかったぁ」
メイベルが心からの安堵の表情を浮かべる。
それだけ、姉のことが大事なんだ。
俺はメイベルに近づいて謝る。
「すまん、大人げなかった」
「ううん、ガンマ。気にしないで。決闘言い出したの、お姉ちゃんだし……」
リフィル先生は、アイリス隊長の部下錦木隊の人に命じて、医務室へと運ばせる。
メイベルは最後まで、姉のことを心配してる様子を見せていた。
「でも……ガンマすごいね。お姉ちゃんの無敵の影呪法の弱点を、この短い間で看破して、倒しちゃうんだもん」
「まあ、目だけはいいからな、俺」
狩人の目は相手の動き、呼吸、攻撃の本質を捉える。
俺は最初のやり合いのなかで、敵の弱点を見つけ出していたのだ。
狩人のハントは、いつだって、敵をよく知るところから始まる。
知るところから、か。
……アイリス隊長は、どうしてメイベルをあんなに毛嫌いしてたのだろう。
妹は、こんなに姉を心配してるのにな。