19.合宿開始、メイベルの姉
合宿が決まり、買い物をしてから一週間後。
俺たちは帝国の北部にある、合宿所へとやってきていた。
駐屯地を改造した建物らしく、周囲を金網で囲ってあった。
敷地面積はかなり広い。教練室だけでなく、寝泊まりする建物もある。
「「合宿……! いえーい!」」
オスカーとマリク隊長がノリノリだった。
相当、女性陣と一緒に寝泊まりするのがうれしいらしい。
「いいのかな、合宿なんて悠長にやってて……。魔蟲族の脅威が消えたわけじゃないし、魔蟲の数も増えてるってのに……」
と、そのときだった。
「ひっひ! だぁいじょうぶですよぉ、ガンマくーん♡」
ぬっ、と誰か俺の背後から抱きしめようとしてきた。
俺は一瞬で距離を取って離れる。
「さっすがガンマ君。狩人の勘ってやつ? 不意打ちまじいみねえ!」
「あんた、誰だ……?」
白衣にぼさっとした桃色の髪の毛、そして丸眼鏡をした、ひょろ長い女だ。
「どもー、蜜柑隊の隊長、リヒター・ジョカリです♡」
「蜜柑隊……たしか、科学分析部隊の……?」
「それそれ。本日より胡桃隊に出稼ぎに参りました。よろしくー♡」
にゅっ、とひょろ長い手を伸ばしてくる。
……隊長だったのか、この人。
危うくカウンターショットをたたき込むところだった。
しかし殺気を、この距離にならないと感じさせないか。
なるほど、分析部隊とはいえ、さすが部隊長。武芸にも秀でてるようだな。
「で、大丈夫ってのは?」
「ボクの開発した新型【殺虫剤】と、【魔徹甲弾】のおかげで、一般兵でも魔蟲にある程度は対応できるようになったんですよぉう」
「殺虫剤……。魔徹甲弾?」
「そそ。殺虫剤は文字通り、魔蟲の嫌がる成分を散布し、魔蟲を追い返す特別なスプレー。んで、魔徹甲弾は……あー、実際に撃ってもらった方がいいかな。おおい、そこの軽薄そうな男~」
「オスカーだよ!」
リヒターさんはオスカーに近づいて、先のとがった銃弾を渡す。
「拳銃タイプに改造してあるから、それ込めて適当に打ってみてくださぁい」
「ふむ……レディの頼みとあらば断れないな」
ちゃっ、とオスカーが銃弾を込める。
そして、遠くの教練室の壁めがけて撃つ。
びゅんっ……! とすごい速さで飛んでいった弾が……。
すっ……と建物の壁を素通りしていった。
「貫通力えぐいねこれ……! 建物の壁を容易く撃ち抜くなんて!」
「このあいだガンマ君が大量に倒してくれた魔蟲たちがいたでしょぉ? その外皮を削って加工して作ったんですよぉ」
なるほど、同じ硬度を持つ、同質の素材で弾を作れば、魔蟲の固い外皮を撃ち抜けるってことなのか。
「今まで害虫駆除はほぼ胡桃隊に頼りっきりでしたがぁ、それだけだと進化する魔蟲たちに対応できなくなるのは目に見えてます。一般兵でもこの装備があれば、ある程度戦える。ってことで、合宿しても大丈夫ですよぉ」
この人……怪しい見た目だけど、かなりやるひとだ。
マリク隊長がぴょんっ、とリヒターさんの肩に乗っかる。
「リヒターが部隊に一時的に加わる。今回の合宿では、主におまえらのサポートしてくれるそうだ」
「よろしくですぅ~……」
くるん、とリヒターさんが俺を見て、にんまり笑う。
「おあいできて光栄ですガンマくぅん♡ ボク……一番君に興味がありましてねぇ。特にその目」
「目……ですか」
てゆーか、近い。この人鼻先がくっつくくらいまで、顔近づけてきてる。
不摂生がたたってるのか、顔色は悪い。
けどよく見りゃ整った顔つきしてた。メイベルほどじゃないが、結構……。
「はい離れてくださーい!」
ずいっとメイベルが間に入って、来る。
「つれないですねぇ。もっと見せてくださいよぉ、その目」
「目……」
ずいっとまたリヒターさんが近づいてきて、俺の目に触れようとする。
「ええ。ボクの仮説によると君の目は……」
「はいはい! 合宿所いきましょー! しばらく使ってなかったんだから、おそーじしないとだし!」
ぐいぐい、とリヒターさんを後ろから押すメイベル。
一同、合宿所を目指す。
大きめの寮って感じだ。文字通り元は駐屯兵たちの寮だったのかもしれない。
「……遅いぞ、貴様ら」
「あ……お姉ちゃん……」
え、姉?
そこに居たのは、長い髪をした、黒い鎧の女だ。
メイベルと確かに、顔つきが似てる。
だが姉のほうが鋭い目つきをしていた。
「アイリス、現着していたのか」
「……マリク」
メイベル姉は隊長とため口で話していた。
ということは、この人も。
「アイリス・アッカーマン。錦木隊の隊長だ。錦木隊はおれらの合宿中サポート、および警護を担当してくれる。ま、念のためだな」
「……アイリスだ」
メイベルの姉ちゃん……アイリスが無愛想にそういう。
錦木隊。たしか、諜報・調査部隊だったな。
じろ……とアイリス隊長から俺はにらみつけられる。
「……貴様が例の新人か」
「あ、えっと……ガンマです。よろしくお願いします」
「……ふん」
俺が差し伸べた手をスルーして、きびすを返して進んでいく。
……なんか嫌われるようなことしただろうか。
「……先に施設内の【掃除】は済ませてある。ついてこい」
ざざっ、とアイリス隊長が進んでいく。
オスカーがはて、と首をかしげた。
「掃除?」
「中に敵がいないか、先に来て調べててくれたんだろ。それと本当の意味で掃除もしててくれたみてえだな」
マリク隊長が周囲を見渡していう。
確かに長年使ってなかった割に、ほこりとか全然ない。
サポートってそういうことか。
前を歩くアイリス隊長の後ろから、メイベルがちょこちょことついてくる。
「お、お姉ちゃんっ、久しぶりだね」
「……ああ」
「元気してたっ? あたしは元気いっぱいだよ! 最近全然会えなかったら心配してたんだから!」
ぴた、とアイリスが足を止める。
パシッ……!
「…………」
「妹に、手あげるなんて……何考えてるんですか、あんた」
メイベルが目を丸くしている。
アイリス隊長は、妹に向かって、すごい早さでビンタしようとしていた。
俺にはそれが、筋肉の動きからわかった。だから近づいて止めたのである。
ぎり……と俺は隊長の右手をつかんでる。
「……離せ。私は貴様らとは部隊は違うが、部隊長だぞ」
「隊長なら、格下相手になにやってもいいっていうんですか?」
アイリス隊長が俺の手を払おうとする。
「!」
だが、俺は離さない。
否、アイリス隊長は動けない。
俺は狩人。いつも固い弦を引いて、矢を放ってる。
だから腕力と握力には多少の自信がある。
「何やってんだてめえら!」
マリク隊長が俺らの異変に気づいて声を荒らげる。
俺が少し力を抜くと、ばしっ、とアイリスが手を払った。
アイリスは妹のメイベルを見下ろしながら言う。
「……貴様の隊の隊員が、上官に無礼な口の利き方をしたので、折檻しようとしたところだ」
「はぁ……。アイリスよぉ。上官って。おまえとメイベルは姉妹なんだろ? 別にいいじゃねえか、プライベートな会話をしてもよ」
「……今は、任務中だ。努努そのことを忘れないように」
アイリスににらまれて、メイベルが意気消沈する。
俺を地獄から救ってくれた恩人が、そんな悲しい顔をしている。
……俺には、我慢できなかった。
「家族に、そんな態度、とるのはどうなんでしょうか?」
「……なに?」
じろり、とアイリスが俺をにらんでくる。
だが俺は逃げない。
「久しぶりに会った家族が、挨拶してきてるのに、無視するどころか叩くなんて、どうかしてますよ」
「ガンマ! いいって!」
メイベルが止めようとする。だが……俺は怒っていた。
メイベルを、傷つけようとした……この人がどうにも許せない。
「……わかったような口をきくな」
「俺にも家族が居ます。あんたと違って、手なんてあげたことないですよ」
「……口の減らんガキだな。少々、痛めつけないとわからんようだな」
アイリス隊長が腰の得物に、手をかける。
「……勝負だ、ルーキー。くそ生意気なその口、私が矯正してやろう」