17.魔蟲との戦い
俺は皇帝陛下との謁見を終えた後、魔蟲出現の伝令を受けて現場に向かった。
王都の割と近い場所に、魔蟲の【死体】は転がっていた。
マリク隊長の運転する【魔導バイク】に乗って、現地へ到着。
「すごいですね、この魔導バイクってやつ。この距離をあっという間に走破したんですもん」
「ふふん、だろ?」
一見すると鉄の馬。
二つのタイヤがついており、魔力を流すと、推進力を産んで前に進む仕組みらしい。
うちの隊長は魔道具師なので、こういう便利アイテムを独自に開発しているのだ。
「しかしすごいのはガンマ、おまえだろ。まさか現地におれらがつく前に、敵を倒して見せたんだから」
バイクの運転をマリク隊長にまかせ、俺は助手席 (サイドカーというらしい)から、魔法矢で狙撃。
魔蟲を撃破した次第……だが。
「課題はあります」
「ほう、課題? 倒したのにか」
「ええ。俺の【鳳の矢】だけでは、魔蟲を自動迎撃できないことがわかりました」
俺が倒した魔蟲を、改めてよく観察する。
黒くて、硬そうな外皮につつまれた、でかいゴキブリみたいな見た目だ。
鳳の矢を受けたあとはあるが、外皮が少し焦げてるだけだ。
結局俺の【鋼の矢】で倒さなきゃいけなかった。
「いや、十分だろ。今まで倒すのに1時間はかかったんだぞ、現地へ来て、戦闘がはじまってから」
「今は一匹だからいいですけど、これが10匹、20匹になったら?」
「そんな馬鹿な……」
「ないって、言い切れますか? 俺のいたスタンピードって荒野では、モンスターパレードって言って、モンスターの大量発生現象がありました。魔蟲も、同じ現象が起きるのではないかと?」
と、そのときだ。
『ひひっ! ガンマ君の言うとおりですよぉ……!』
俺の耳につけてる、通信用の魔道具(ピアス式)から、聞き覚えのない女の声がした。
「誰だ? 敵か?」
「落ち着けガンマ。こいつは仲間だ。別の部隊の隊長だよ」
「……失礼しました」
他の隊長から、どうして今このタイミングで通信が入ってくるんだ?
というか、マリク隊長の開発した魔道具なのに、よその隊長が使ってるって?
『ひひっ、初めましてガンマ君。僕はリヒター。リヒター・ジョカリ。科学分析部隊【蜜柑隊】の隊長さ』
「リヒターのやつには、魔道具作成のさいに何かと技術提供してもらってて、つながりがあるんだよ」
なるほど、マリク隊長の知り合いなのか。
『改めての自己紹介は、また今度の機会に。ガンマ君がさっき言っていた話だけどね、ありえることだよ。魔蟲の大量発生は』
「なんだと? そんな報告がきてるのか?」
『うん、錦木隊からね。今までは一匹ずつ、一定間隔空けて攻めてきたけど、今度は複数体来る可能性が大だ。そもそも、虫は一度に何匹も卵を産むからね。今までは過酷な環境に適応できず、幼体は死んでなかなか数が増えてこなかった。けれど……』
そのとき、鳳の矢の発動を確認する。
俺は狩人のスキル【鷹の目】を発動。
「隊長、敵です。この黒いやつが、10」
「なっ!? 10匹だと! そんな……リヒターの予想通り、数が増えてきたってことか!」
遠巻きに、黒いゴキブリの魔蟲が、王都へ向けて高速で移動を開始していた。
「ガンマ、いったん引くぞ。態勢を整えてから……!」
「いや、大丈夫です、隊長。隊長はバイクを運転し、王都からやつらを引き離してください」
「おまえはどうする!?」
「俺は、やつらを倒します。準備がいるんで、運転任せます」
隊長は俺の目をじっと見つめる。
一匹倒すのにも苦労するという、魔蟲討伐。
10匹を、たった一人で相手にするという俺のことを、果たして隊長は、信じてくれるだろうか。
ふっ、とマリク隊長は笑うと、バイクに乗り込む。
「乗りな、ガンマ」
隊長がバイクのハンドル付けのところに座る。
彼の特別な運転席らしい。
俺はサイドカーに乗って、準備をする。
「いくぞ! 振り落とされるんじゃあねえぞ!」
ぐんっ! とバイクが加速する。
俺たちの動きに合わせて、魔蟲が高速で近づいてくる。
2メートルの巨体が、あんな速度で飛んでくるのだ。
周囲にかなりの衝撃波を巻き起こしている。
向こうのが速いため、どんどんと距離を詰めてこられる。
「あんま時間ないぞ! 何かするなら早く!」
「大丈夫です。ふぅ……」
俺は右手で弦を引く。
すると、いつものように魔法矢が出現する。
だが……。
「2本だと!?」
「【鋼の矢】、プラス、【鳳の矢】」
鈍色と、赤色の魔法矢が輝き、やがて合体して、1本の矢へと変化する。
「【鳳凰の合成矢】!」
うずまく炎をまとった魔法矢が、射出される。
矢は空中で巨大な炎の鳥となり、敵めがけて飛んでいく。
「な、なんだぁ!? あのでっけえ火の鳥は! ガンマが出したのか!」
「はい。合成矢です」
「ごうせい……や?」
炎の鳥は空中を旋回し、空高く舞い上がる。
「おいおいどっかいっちまうぞ!」
「大丈夫です。今敵をロックオンしました。攻撃はこれからです」
炎の鳥は大きな翼を広げる。
びき、びきびき……その羽1枚1枚が硬質化し……。
ドバッ……!
「広げた翼から、なんか射出された!?」
「魔法矢です。鳳凰の合成矢は、二段階に攻撃が分かれてます。一段階目で敵をロックオンし、二段階目で、鳳から炎の矢が射出されます」
高熱の魔法矢はたやすく、ゴキブリ魔蟲たちの外皮を貫く。
「すげえ……穴あきチーズみたいに、敵を打ち抜いていく」
「鳳凰の合成矢には、鋼の矢の貫通能力が付与されてますので」
炎の鳥から射出された高熱の魔法矢の雨を受けて、10匹いた魔蟲たちは全滅。
しゅぅう……と湯気を上げながら、ぴくりとも動かなくなった。
バイクを止めて、俺たちは死骸の1つに近づく。
体中に穴が開いてる姿を見て、隊長が感心したようにうなずく。
「なるほど……わかったぞ。合成矢ってのは、魔法矢を二つ掛け合わせて作られる矢のことで、合成元の両方の性質を併せ持った魔法矢を作り出すんだな」
「そのとおり。貫通プラス迎撃力をあわせたのが、鳳凰の合成矢です」
「魔法矢を合体させるなんて発想、よく思いついたな」
「なんか、こねこねしてたら偶然できたんです」
「はっ、やっぱりおまえは弓の天才だよ。さすがガンマだぜ」
すると通信用魔道具からも、リヒター隊長の興奮したような声が聞こえてくる。
『すごいすごいすごい! 合成矢! そんなの思いつきもしない! これは世紀の大発見だよぉガンマ君!』
どうやらリヒター隊長も驚いているようだ。
しばらくすごいすごいとうるさかったので通信を切る。
「しかしまずいな。数が増えてくるとなると、今まで以上の戦力強化が必要となる」
「俺がいれば問題ないかと」
「そりゃな。だがおまえずっと出ずっぱりってわけにもいかんだろう。24時間、365日働けるか?」
「う……無理です」
「そうだ、無理だし、そんな無茶は隊長のおれがさせん」
隊長はいつだって、隊員である俺たちに気を遣ってくれる。
優しい人だ。
「早急に戦力アップが必要。となると、あれしかないな」
「あれってなんです?」
にやり、と隊長が不敵に笑って言う。
「決まってんだろ、合宿すんだよ!」