16.他の隊長たちからも注目される
ガンマが胡桃隊のメンバーたちとともに、魔蟲討伐へ向かう一方。
謁見の間にて、皇帝アンチ=ディ=マデューカスのもとに、ふたりの女軍人が現れた。
黒い鎧に身を包んだ女剣士と、白衣の女。
「【アイリス】君、それに【リヒター】君、呼び立ててすまないね」
「……陛下のご命令とあらば、いずこにいてもすぐさまはせ参じます」
黒い鎧の女剣士……アイリスが、深々と皇帝に頭を下げる。
一方で、白衣を来たひょろ長い女が、にまにま笑いながら言う。
「ひっひ……! さっきのが【史上三人目】にして【最年少】の、SS隊員ですかぁ……!」
「その通りだ、リヒター。分析で忙しいのに、悪かったね」
「いえいえ! ひっひ……! 魔蟲族ぶったおしたってぇ男にボク個人ひっじょ~~~~に興味がありましてねぇ!」
リヒターと呼ばれた白衣の女の態度に、アイリスが不快そうに顔をしかめる。
「……陛下の御前であるぞ。なんだその態度は、リヒター!」
「おー、こわこわ。錦木隊は諜報部隊のくせに、隊長が血の気が多すぎて怖いですねぇ~」
「……やかましい。斬るぞ」
アンチはそんな二人に微笑みかけている。
「錦木隊隊長アイリス・アッカーマン君。それに、蜜柑隊隊長リヒター・ジョカリ君」
皇帝に呼ばれ、それぞれの隊長が、居住まいを正す。
「今日君らを呼んだのは他でもない。新しくSS級隊員となった、ガンマ・スナイプ君の紹介をしよう、と思っていたところだ」
「ひっひ! 行き違いになっちゃいましたねぇ~。生で検体を採取したかったんですけどねぇ」
ガンマたちは、突如出現した魔蟲の討伐に向かっている。
本当だったら今日、ガンマとこの二人の隊長とを引き合わせる予定だったのだ。
「機会を改めることにしよう。わざわざ出向いてくれたのに、悪かったねリヒター君、アイリス君」
「……陛下、一つよろしいでしょうか」
「なんだい、アイリス君?」
「私は反対です。彼奴を、SS級隊員にするのは」
女剣士アイリスからは、明確な敵意のオーラを感じさせた。
リヒターはそれを見てニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら言う。
「おやおやアイリス隊長ぉ。それってもしかしてぇ、嫉妬ですかぁ?」
「……なに?」
「自分にないものを、ガンマ少年が全部もってますもんねぇ。なりたくてもなれなかったSS級隊員。胡桃隊のメンバーになること。そして妹さんと同じ部隊に入れなかったのが……」
ひゅっ……!
「……口を慎めリヒター。今ここで首と胴とを泣き別れにして、二度としゃべれなくしてもいいんだぞ?」
「おーこわこわ、アイリス隊長。冗談ですよぉ、じょーだん。やだなぁ~。冗談が通じない女はモテませんよぉ? あ、だから行き遅れてるんですねぇ!」
「……斬る!」
本気の殺意を向けられても、リヒター・ジョカリはひょうひょうとしていた。
皇帝は苦笑すると、ぱんぱんと手を鳴らす。
ふたりが争うのをやめる。
「アイリス。君は優秀な隊員だ。個人的な感情で、彼を嫌ってるわけではない。そうだね?」
「……………………無論です」
答えるまでの間から、アイリスが反対意見を出したのが、個人的な因縁から来るものであることがわかった。
アイリス・アッカーマン。
メイベルと、同じ名字。つまるところ、リヒターの指摘通りであった。
「リヒター君はどう思う? ガンマ君のことを」
「ボクぁ……ちょー評価しますぜ陛下ぁ! なにせ魔蟲族の外皮を、彼は魔法矢で打ち抜いた! これはとんでもないことですよ!」
リヒターは白衣のポケットから、黒い色の固そうな塊を手に取る。
「これは魔蟲から採取した外皮です。一方で……はい、アイリス隊長。これ使って」
「……なんだこれは? ナイフか」
「そ。神威鉄製のナイフ。それでこれを斬っ……」
リヒターが言い終わる前に、彼女めがけて、アイリスがナイフを振る。
ばきぃん! という音とともに、ナイフが粉々に砕け散った。
「ひっひ……! おいおいおいおいアイリス隊長ぉ……ボクごとたたき切るつもりだったでしょぉ~? やだなぁ、同族殺しは軍法会議ものですよぉ?」
「……うるさい。神威鉄のナイフで切れない。おかしい、魔蟲の外皮は神威鉄製じゃなかったのか?」
「それは古いデータですよぉ。近年の魔蟲の外皮は、年々固くなっていってるんですぅ。平たく言えば進化してるんですよぉ」
「進化……」
もしも外皮が神威鉄でできてるなら、同じ素材のナイフが砕けちるわけがない。
外皮は傷ひつとついていないことから、硬度はこちらの方が上ということ。
「おそらくですがぁ、魔蟲族の外皮は神威鉄を超える堅さを持っております。ひひっ……! 図らずも証明されてしまいましたが、通常の人間では、魔蟲族の外皮には傷一つつけられませぇん」
「…………」
「それを彼は魔法矢で貫いて見せた! これがどれだけ異常なことかおわかりですかぁ、アイリス隊長ぉ?」
「…………」
「あなたより彼の方が強いってことですよぉ! ひひっ!」
「……うるさい!」
ぶんっ、とアイリスが剣を振るう。
ひょいっとリヒターはそれを回避してみせた。
「ボクが察するにですね、彼……ガンマ・スナイプ君には、何か秘密があると思いますよぉ、陛下」
「秘密?」
「えぇ、彼が隠してる、ってゆーよりは、彼が知らない彼自身の【特異性】ってものがあると思うんです」
「君もそう思うか。私もだ。剣聖、槍聖と同じく、彼もまた英雄の素質を持つ、特別な人間だと私は直感している」
皇帝に褒められたことが気に食わなかったのか、アイリスがギリ……と歯がみする。
そんな些細な変化にすぐに気づいて、皇帝がフォローを入れる。
「無論、アイリス君、それにリヒター君、君たちもそれぞれオンリーワンだ。優れた暗殺剣の使い手、錦木隊隊長のアイリス・アッカーマン。優れた頭脳を持つ帝国軍開発室室長兼、蜜柑隊隊長のリヒター・ジョカリ」
にこりと笑って、二人に言う。
「君たちも帝国の宝だ。それぞれが持つ才能の輝きを、それぞれの舞台で、存分に発揮してくれたまえ」
「はーい」「…………」
アイリスは一礼して、その場を後にする。
部屋にはリヒターと皇帝だけが残された。
「ひっひ! どうやらそーとー、お冠のようですねぇ。ガンマ君に嫉妬しまくり」
「仕方ない。君が指摘したとおり、彼女が欲しいものを、すべて、ガンマ君が持っているからね」
「そのうち爆発しそうですよぉ? 暗殺しちゃうかも? なーんて」
「大丈夫さ。彼女もまた、帝国を守る優秀な兵士だと、私は信じているからね」
皇帝と違って、リヒターは全く信じていない様子である。
「ところでリヒター。今後のことなのだが、蜜柑隊はしばらく、胡桃隊に同行してもらえないだろうか」
先ほど皇帝がガンマに言ったとおり、魔蟲、そして魔蟲族については、早急に謎を解明する必要がある。
彼らが何者で、何を目的にしているのか。どうやって進化してきたのか。
「それでしたら、ボク自らが胡桃隊に出向する形はどうでしょう?」
「蜜柑隊の隊長である君が、自ら?」
「ええ、ええ。うちは優秀な研究員たちがいますので、ボクがいなくても通常業務は回ります。この天才的な頭脳を持つボクが現場に出た方が、いろんな謎がより早く究明されると思うのですがぁ?」
「……そうだね。わかった。君に任せよう」
「ありがとうございますぅ! ひっひ! やったやった! ガンマ君を間近に見られるぅ! ひひひっ! あの強さの秘密、是非とも知りたい! あ、もちろん魔蟲族の秘密も知りたい! ああ知りたいことだらけで困っちゃうなぁ! ひひひひひっ!」
彼女はぺこりと頭を下げると、うきうきしながら部屋を出て行った。
皇帝はひとり、椅子に座りながら息をつく。
「うちの子たちは、みな元気があっていいことだ」
皇帝は目を閉じる。
そして、ガンマ・スナイプとの模擬戦を思い出す。
あの身のこなし、そして射撃のセンス。
皇帝の後頭部に、堂々と、魔法矢を打ち込む度胸と、そして非情さ。
「あれだけ優秀な狙撃の腕を持ちながら、驕らず、隊員との調和を何より重んじる。ふふ……素晴らしい才能だ」
うれしそうに笑う。
「彼が来たことで、我が軍はさらに発展していくだろうな。ガンマ・スナイプ。きっとこの組織を、いいや……世界すら変えてしまうだろう」
皇帝の脳裏には、一人の少年の姿が映っていた。
それは彼の友人であり、世界を救った男の姿。
皇帝は懐から魔道具を取り出す。映像を映し出す魔道具だ。
【ドローン】と呼ばれる、小型の偵察機が撮影した映像が流れている。
ガンマたち胡桃隊は、見事、出現した魔蟲を討伐していた。
この短時間で、魔蟲の討伐。
やはりガンマが入ったおかげといえる。
「君は英雄となる。私は確信してる。期待してるよ、ガンマ君。本気でね」