15.皇帝から期待されて大出世
朝の模擬戦の後、俺とマリク隊長は、皇帝陛下の謁見の間に呼び出されていた。
広いホールの玉座に座るのは、白髪に近い銀髪の男性。
アンチ=ディ=マデューカス。
この国のトップにして、帝国軍の総帥を務める男。
「すみませんでした、陛下……うちの隊員が、大変ご迷惑をおかけして……」
見た目完全にリスのマリク隊長が、深々と頭を下げる。
だが皇帝は気にした様子もなく、笑いながら答える。
「迷惑なんてとんでもない。私が彼の力を知りたくてやったことだ。ガンマ君は本当にいい腕をしてる、最高の人材をスカウトしてくれたね。ありがとう、マリク」
「はっ……! もったいないお言葉!」
皇帝は俺を見て微笑んでいる。
なんか、見た目普通の、優しいお兄さんって感じなんだよな……。
でもアルテミスの父親ってことは、歳は結構いってるはずだろうし……。何歳なんだろうか。
「さて、今日呼んだのはほかでもない。ガンマ君、君が王都で出会った魔蟲族について、報告してくれないか?」
「わかりました。魔蟲族ですが……」
俺は王都で行ったのと同じ報告を、皇帝にする。
人間大の虫で、光の速さで飛ぶ翅、神威鉄の外皮、そして莫大な量の魔力を持つ敵。
「なるほど……そんなすごい敵を単独で撃破したのかい。すごいじゃないか」
「あ、ありがとうございます!」
まさか皇帝陛下からも褒められるとは思っていなかった……!
優しい人だなぁ……。
「魔蟲族については、【錦木】隊からも実は報告がちらほら来てる」
「にしきぎ隊……とは?」
「帝国軍の諜報・調査部隊のことだ。我が軍は部隊ごとに、隊の目的、つまりコンセプトが設定されている。たとえば胡桃隊がアルテミス直属の私設部隊兼、魔蟲討伐部隊であるように」
「なるほど……部隊ごとのカラーがあるんですね」
「そのとおり。ほかにも海洋輸送隊の【水木隊】、山岳部隊の【蕗隊】、科学分析部隊の【蜜柑】隊などがある」
いろいろあるんだな……多すぎて全部は覚え切れん。
皇帝は真面目な顔で俺に言う。
「錦木隊の報告によると妖精郷のなかで、人型の敵影がこのところ観測されるようになったらしい。それが魔蟲族だったのだろう」
「妖精郷って、帝国の近郊にあるっていう、森のことですよね?」
「そう。妖精郷は文字通り、妖精の住む森だ。年中、超高濃度の魔素に包まれており、何の装備もなく森に入ったものは、10分もたたずに死ぬ、危険な場所だ」
「魔素っていうのは……?」
「魔力の源となる元素のことだよ」
皇帝は、たかが一兵士の俺の質問に、とても丁寧に答えてくれる。
本当に優しい人だな。
「そんな危険な場所、どうして帝国はほっとくんですか?」
「簡単さ。あそこは資源の宝庫だからだよ」
「資源の……宝庫……」
「そう。妖精郷は危険な場所だ。人外魔境、奈落の森、七獄に並ぶ、世界四大秘境に匹敵するほどね。だが……危険な場所にはお宝があると昔から相場が決まってる」
「妖精郷が、お宝の山ってことですか?」
「その通り。新造国である帝国の急速な発展は、妖精郷でとれる豊富な資源があってこそ、だ」
だから、危ないとわかっていて、あの森を燃やすなどしないわけだ。
マリク隊長はうなり声を上げる。
「今まで魔蟲族なんて影も形も見せなかったやからが、なにゆえ今になって姿を現したんでしょうかいね?」
「それはわからない。錦木隊、蜜柑隊の二隊には、最優先で調査・分析してもらってるけど、未だに発生原因は把握し切れていないんだ」
敵の目的も、発生原因も、不明。
そんな敵と俺たち胡桃隊は、戦っていかないといけないのか……。
大変な仕事だ。
でも……責任から逃げるようなことは、しない。
俺は決めたんだ。
胡桃隊のみんなとともに、戦うんだと。
俺の心をまるで読んだかのように、ふっ……とアンチ皇帝が微笑む。
「断固たる決意を秘めた、きれいな目をしてる。君のような隊員が入ってくれたこと、私は心から喜ばしく思うよ」
皇帝から、またも褒められてしまった。
この人、皇族なのに、他人をすごい褒めてくれる。
偉い人なのに、すごいなぁ……。
皇帝陛下はそばに控えていた大臣に目配せする。
大臣が近づいてきて、俺に何かを渡してきた。
「黒い箱?」
「開けたまえ」
「はい……バッジ、ですか?」
「帝国軍の階級章だよ」
そういえば軍人は階級が分かれてるっていっていた。
一番下がCで、そこからB、Aと、実力順に上に上がっていくと。
オスカーはAの上、S級隊員って言っていたな。
階級章には……【SS】の文字が。
「陛下? 間違ってないですか? なんか、Sが二つ入ってるんですけど……」
「なっ!? ガンマ! それまじか!? SSって書いてあんのか!?」
マリク隊長が素早く俺の肩に乗ってきて、階級章を見やる。
確かにSSと書いてあった。
「へ、陛下……! ガンマをSS級隊員にするってことですか!?」
「SS級……?」
「軍にたった2人しかいない、規格外の隊員だ!」
「なっ……!? た、たった二人……!?」
皇帝が神妙な顔つきでうなずく。
「ガンマ君は単独で魔蟲族を撃破するほどに強い。この目で直接その強さも測ってみた。合格だ。彼は3人目の、【SS級隊員】とする」
「それって……すごいこと、なんですよね?」
「ああ。我が帝国軍は知っての通り、大規模な軍隊だ。階級が上に行けば行くほどその人数は少ない。最高位のS級ですら15名だ」
ちなみに後で知ったんだけど、胡桃隊の全員が、S級隊員らしい。
15人中5人、1/3が胡桃隊ってやばいな……。
「俺が……SS隊員で、本当にいいんですか?」
「もちろん。君は本当に強い。この軍隊のなかで、遠距離での戦いで勝てるものは誰一人としていないだろう。だからSS級とした」
「ありがとう……ございます……」
身に余る光栄だ。
俺が、最強の一角に入れてもらえるなんて。
「ガンマ君、君に【二つ名】を、私から授けよう」
「いわゆる別称だね。君には【弓聖】をあげよう」
「きゅうせい……」
「ああ。ほかのSS級隊員に、【剣聖】、【槍聖】がいる。いずれ彼らとも相まみえることもあるだろう。そのときは仲良くしてあげてくれ」
剣に、槍。
俺のほかの……SS級隊員、か。
ん? あれ……?
「あの、SS級隊員たちは、魔蟲討伐に参加しないのですか?」
魔蟲の駆除は胡桃隊の仕事と言っていた。
でもS級隊員で固められてる胡桃隊より、SS級隊員の二人は強い、はず。
なら彼らも戦いに参加した方が、もっと多くの魔蟲を倒せるのではないだろうか。
「いい質問だ。こたえは……彼らが規格外だから」
「規格外……」
「簡単に言えば、彼らはあまり軍の言うことを聞いてくれないのだよ。超人的な強さを持つけれど、協調性にかけ、軍隊に組み込むことができない規格外品。それが剣聖と槍聖なんだ」
強いけど、コントロール不能な奴らなのか……。
ならワンランク落ちるけど、部隊として戦うことのできる、S級部隊の胡桃隊に、魔蟲退治を任せようってことだろう。
「ガンマ君。君は希有な存在だ。規格外の強さを持ちながら、組織人として動いていける。協調性のあるSS級隊員は、唯一君だけだ。期待してるよ、弓聖ガンマ・スナイプ」
ここまで……陛下は俺のことを、期待してくれていたのか……!
「ありがとうございます! 俺……頑張ります!」
と、そのときだった。
「伝令! 伝令! 魔蟲が出現いたしました!」
謁見の間に兵士が慌てて入ってくる。
魔蟲……さっそく、俺らの出番か。
「いくぞ、ガンマ」
「はい、隊長!」
俺とマリク隊長は、そろって皇帝に頭を下げ、きびすを返す。
皇帝が俺にかけてくれた期待に、応えたい。
その気持ちが俺の心を満たし、今日は今まで以上のモチベーションを発揮していた。
「ガンマ、気負いすぎなくていいからな。おまえは一人じゃない。魔蟲の駆除はおれたち胡桃隊の仕事だからな」
「はい! わかってます……!」
「よっしゃ! じゃあいっちょ、害虫駆除といきますかぁ!」
俺たちは仲間と合流し、帝都の外へと向かうのだった。