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14.早朝の模擬戦


 王都での騒動を終えて、翌日の早朝。

 

 俺は帝国軍の施設、教練室【トレーニングルーム】に来ていた。


 改めて俺は、この組織、そしてこの部隊でやってくことにした。


 とはいえ、俺はまだまだ下っ端の身。


 仲間たち以外……組織の人たちからはまだ認められていない状態だ。


 だから、俺は少しでも認めてもらうため、毎日朝の掃除をしている。


 今日も教練室の床の、トンボがけをしていた。


 T字の木の板をつかって、地面をならしていく。


 そんな風にガリガリとかきながら、俺は昨日のことを思い出していた。


『ガンマ。明日は皇帝陛下に謁見にいくぞ』


『陛下への謁見……ですか? 隊長』


 王都へ帰る馬車の中、俺たちの部隊の隊長、マリクさんがそう言ってきたのだ。


『ああ。魔蟲族の件の報告だ。明日の朝礼の後、俺と一緒に陛下の元へ行く』


『承知しました。俺、皇帝陛下って会ったことないんですけど、どういう人ですか?』


『会えばわかる。変な偏見を植え付けたくないから、おれからは発言を控えておくよ』


 とのこと。

 皇帝陛下、かあ……いったいどんな人だろうか。やっぱり、しわくちゃのおじいさんだろうか。


 それとも、鋭い眼光をした、切れ長の目の、いかにもインテリっぽい見た目とか?


 と、そのときだ。


 人が、近づいてくる気配を覚えた。

 俺は入り口の方を見やる。


「おや? 気配は消していたつもりなのだけどね」


 そこには、白髪に近い銀髪をした、青年がたっていた。


 髪の毛を胸のあたりまで伸ばしており、シャツにスラックスというラフな格好。


 城の中を、こんな朝っぱらから徘徊してるってことは……。


 帝国軍の人だろうか。


「おはようございます。俺は……」

胡桃くるみ隊のガンマくんだろう? 知っているよ」


「どうして?」

「君は有名だからね」


 すたすた、と彼が俺の元へと近づいてくる。


「朝から掃除とは感心だね」

「恐縮であります」


「そんな肩肘張らなくていい。私は身内だからね」


 ああ、やっぱり帝国軍の人か。

 階級と、部隊はどこだろうか?


「私はアンチ。君の噂は聞いてるよ。期待の新人だとね」


「そんな……俺なんてまだまだです」


「そういう割に、私の気配にいち早く気づいたじゃあないか。こちらは完全に気配を消していたのだけどね」


 ふむ、とアンチさんは何かを考えて、にっと笑う。


「君、少し手合わせ願えないかね?」


「手合わせ……ですか?」


「ああ。気になっていたんだ。マリクが信頼を置く新人が、どれくらい【やれる】やつなのかを、ね」


 隊長を呼び捨て……?

 ということは、隊員じゃなくて、別の部隊の隊長級ってことか。


 た、ため口とか聞かなくてよかった……。


 さて、手合わせか。

 上官の命令とあらば、断るわけにはいかないな。それに俺も、よその隊の実力を知っておきたいし。


「こちらこそ、お願いします」

「うむ。じゃあやろうか。君の得物は弓だったね」


 相棒の妖精弓エルブンボウは、部屋に置いてきている。


 掃除には必要ないからな。


 教練室の端っこに、模擬戦用の武器がいくつかおいてあった。


 俺は訓練用の、木製の弓と矢を手に取る。

 やじりはゴムでできた、ゴム矢だ。


 一方、アンチさんはそれを手に取る。


「長槍……ですか」

「ああ。さて、時間もあまりない。一戦、やろうか」


 俺とアンチさんは、距離を取って構える。


 ……ぴりっ、と肌がひりついた。


「……できる」


 この人、かなりやる。俺は狩人だ。


 たくさんの獣を狩ってきた。その経験から、肌で、敵の獣がどれくらい【やる】やつか、大体わかる。


 狩人の経験が、こう言ってる。

 敵はかなりのやり手だと。


 俺もまた警戒を強めた。

 気を抜けば一瞬で、こちらが狩られる。

「ふ……では行くよ。シッ……!」


 アンチさんが距離を詰めてくる。

 早い。


 多分何か使って体を強化している。

 人間離れした早さだ。


 だが……俺の、狩人の目には、相手がいかに早く動こうと関係ない。


 敵の視線、筋肉の力のいれ具合、そのほか諸々から敵の動きを完全に把握。


 弓を持つ左腕を狙った刺突だ。


 俺は右に向かってジャンプ。


 たっていた場所に彼の槍が突っ込んでくる。


 がら空きの左側面めがけて、俺はゴム矢を打ち込む。


「甘い……!」


 アンチさんは体をねじって俺の矢を避ける。


 あのスピードでつっこんできて、敵からの攻撃を回避するなんて……。


 すごい……これが、帝国軍の、隊長級の動きか。


 アンチさんはそのまま通り過ぎる。


 俺はすぐさま追撃。

 後ろから矢を二連射。


 彼は立ち止まり、槍を振り回して、飛矢を払う。


 そして……。

 

 槍の向きを変えて、【背後に】いる俺めがけて、前を向いたまま槍を突き刺してきた。


 俺はバックステップでそれをかわす。


 距離を取ったところで、アンチさんが笑う。


「ははっ! すごいじゃないか! まさかあの高速で精密な二連射は、目くらましとはね」


 放たれた矢に、アンチさんの目がいってるその隙を突いて、俺は高速で背後に回っていたのだ。


 だがこの人は、俺が移動したと気づいた瞬間、背後に向かって攻撃を繰り出してきたのだ。


「どうして、背後にいるって気づいたんですか?」


「勘かな。私も若い頃は、数多の戦場を駆けてきたものだからね」


「若い頃……? 今も十分若いと思いますけど」


「ははっ! ありがとう!」


 どう見ても20代くらいにしかみえないのにね。


「さて……そろそろいいかな。体も温まってきた頃合いだ。本気で……いかせてもらおう」


 ごぉお! と彼の体から、銀色の何かが吹き出る。


 その正体はわからない。身体強化術の一種だとは、思う。


 アンチさんがそれを使った途端、肌をひりつく感覚が強くなった。


 魔蟲族と戦ったときに近い。


 やはり……この人はできる……。


「さぁ……君の強さを見せてくれ、ルーキー! でやぁあああああああああ!」


 アンチさんは光の速度で【俺】に向かって、突っ込んでくる。


 地面をえぐりながら、空気を引き裂く強烈な刺突。


【俺】は弓を引いている。だが【俺】が矢を放つより先に、アンチさんの槍が肩に突き刺さる。


「! これは……がっ!」


 アンチさんがその場に倒れる。


 彼の槍の先は、確かに【俺】の肩を貫いている。


 だが……【俺】の体はスゥ……と透明になり、やがて消えた。


デコイ……?」


「正解です」


 アンチさんの真後ろに、俺は立っている。


「【案山子の矢(ダミー・ショット)】。魔力でデコイを作り出して、敵の目を欺く魔法矢です」


 アンチさんは正面から突っ込んできた。

 俺は真正面に、俺とそっくりの人形を作り出す。


 あとは狩人の持つスキル【潜伏】を使って視界から消え、後ろに回り込む。


 で、がら空きの後頭部に、後ろから狙撃したってわけだ。


「やられたよ。模擬戦、ゴム矢しか使わないっていう先入観をもたせておいて、サポート用の魔法矢を使うなんてね。見事だよ、ガンマくん」


 むくりとアンチさんが立ち上がって苦笑する。


「すごいよ。君、さすが期待のルーキーだ」


「いや……あなたもすごいですよ。後頭部にもろに、ゴム矢を受けてピンピンしてるんですから」


 脳しんとうを起こして、しばらく気絶してもおかしくないだろうに。


 この人……相当体を鍛えている。


「さすが、隊長級は鍛え方も違いますね」


「ん? いや、私は隊長ではないよ?」


「え? じゃ、じゃあ……あなたは何者……?」


 と、そのときだ。


「おう、ガンマ朝から早いじゃあねえか」

「おはようございます、ガンマ」


「隊長、それに、アルテミスも」


 アルテミス第八皇女と、マリク隊長が一緒に、こちらに向かってやってくる。


 隊長はアルテミスの肩の上に乗っていた。


「おまえ起こしに寮に行ったらいねえから、寮母さんに場所聞いてここにきたんだが……」


 マリク隊長は俺……じゃなくて、隣にいるアンチさんを見て口を開く。


「お、おはようございます!!」


 急に隊長がアルテミスから降りて、ばっ! と直角に頭を下げる。


 ゲータ・ニィガ王にたいしても、不敵な態度を崩さなかったマリク隊長が……。

 なんか、礼儀正しい?


 え、誰に対して? 俺じゃないってことは……。


「ああ、うん。おはようマリク。そう朝からかしこまらなくていい」


「いえ! すみません!」


 隊長を呼び捨て……? しかも隊長のこの態度……。


 もしかして、隊長級じゃない。もっと偉い人? 幹部とか……?


「おはようございますわ、【お父様】」


 一方でアルテミスはごく自然な調子で、アンチさんに向かって微笑む。


 ……お、おとう、さま?

 皇女の、父……つまり……。


「え、ええ!? こ、皇帝陛下ぁああああああああああああああああ!?」


「おや、気づいてなかったのかね、ガンマ君?」


 苦笑してるアンチさん……じゃない。


 この人……皇帝陛下だ!


「改めて名乗ろう。私はアンチ=ディ=マデューカス。マデューカス帝国の現皇帝である」


 お、おおおおお! まじかよ!


「すみませんでした、皇帝陛下とも知らずに、ご無礼を!」


「はっはっは! 気にするな。間違いは誰にでもある」


「けど、俺はそうとしらず、後頭部に矢をぶち込んじゃいましたし……」


「それも気にすることじゃない。模擬戦だったのだ。手を抜かれても困る」


 というか、皇帝だったんなら、最初からそう言ってくれ……。


 いや、名前知らなかった俺も悪いけどさ……!


「だますようなまねをして悪かったね。私が皇帝だと知ったら、遠慮してしまうだろう? 私は君の100パーセントの実力が知りたかったんだ」


「な、なるほど……だから素性を伏せてたんですね」


「そういうことだ。ふっ……本当に素晴らしい狙撃手だな。私は君が、大変気に入ったよ」


 皇帝が屈託なく笑う。

 マリク隊長は唖然としながら言う。


「おまえ……すげえな。就任即、皇帝に認められるなんて……」


「さすがガンマ! 私の頼れるナイトですね!」


 アルテミスが笑顔でそういった。


 かくして、俺は軍の最高司令官にして、現皇帝アンチ陛下から、はからずとも気に入られることになったのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 2話で確かにアンチ言ってるから見覚えあったけど あれで察するのは無理やと思うで
[一言] アルテミス皇女殿下が初めて名乗った時に皇帝陛下の名前も出てきてたやん? ・・・あぁ、皇女殿下への驚きが強すぎて前後の会話が抜けてるのか(~∀~;)
[一言] なんだろう。トップが人格者で強い。 姫様はじめ、今まで登場人物は、元パーティーメンバー以外、みんな良い人たちが多い。 読んでいて気持ちがイイ!
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