10.王女との再会、そして敵襲
俺たち胡桃隊は、皇女の護衛として、王都へとやってきた。
パーティが開かれるのは今日の夜。
少し早めについた俺たちは、来賓室でパーティが始まるのを待つ。
その間に、隊のメンバーたちで集まってミーティングを行う。
「さて、おまえら。会議を始めるぞ」
テーブルの上には手乗りサイズのリスが乗っている。
俺たち胡桃隊の隊長、マリク・ウォールナット隊長だ。ちなみになぜリスなのかはわからない。
「今回は護衛任務。アルテミスがパーティに参加している間、彼女の身の安全を確保するのがおれたちの仕事だ。シャーロット、配置図を」
「……こちらが会場内の地図、そして来賓のリストになります。それと、ガンマさんにはこれを」
シャーロット副隊長が、俺に手のひらサイズの何かを手渡してきた。
「イヤリング……ですか?」
「それは通信用の魔道具だ」
「つ、通信用……? まさか、離れたところから会話できるんですか、隊長?」
「その通りだ。ちなみにおまえ以外も全員がその通信用イヤリングをつけてる。離れてても、まあこの城のなかくらいならメンバー同士での通話が可能だな」
「……いや、これよく考えなくても、すごい代物ですよね。こんな高そうなアイテム、いいんですか?」
「おう、使ってくれ。おまえもこの隊のメンバーになったわけだしな」
隊長だけでなく、ほかの隊員たち全員がうなずく。
俺が隊の役に立つと信じてくれてるから、こんなすごい魔道具を与えてくれたんだ。
……その期待に、きちんと応えられるようにならないとな。
「ありがとうございます! 俺、頑張ります!」
「おう、がんばれ。あ、ちなみに壊れたらすぐいえよ。おれが直すから」
「え、隊長が?」
「ああ。魔道具の作成と補修は、おれの仕事だからよ」
隊長そんな特技があったんだ。この隊の人たちは皆、特別な力をそれぞれ持ってる。
メイベルが魔導人形作成、オスカーが近接戦闘のように。
そうか、隊長は魔道具を作成する、魔道具師だったんだな。
「さて、話を戻すぞ。今回は隊を3つに分ける。何かあったときのために二人一組で行動すること。護衛担当はそれぞれ①皇女の身辺警護、②会場内の見回り、③会場外の見回りだ」
メンバは以下の通りになった。
①リフィル先生、オスカー
②俺、マリク隊長
③シャーロット副隊長、メイベル
「俺、会場外のほうがよくないですか? 【鷹の目】スキルは室内だと効果半減ですし」
鷹の目は鳥瞰視を可能にするスキルだ。しかしこれは、俺の視界の届く範囲内を鳥瞰できるというもの。
建物の壁によって視界が阻まれると、外まで見ることができない。室内だと最大の効果が発揮できないのだ。
「十分だ。会場内に怪しいやつがいたら無力化しろ。やばいのは外の敵よりも、警備の目をくぐって中に入ってきた敵のほうだからな」
「外はあたしの魔導人形と、シャーロット副隊長の【氷剣】があればバッチリだよ!」
氷剣……。シャーロット副隊長は剣を使うのか。
でも彼女は武器を携帯している様子はない。何か特別な力を使うのだろう。
「オスカーの格闘術、リフィルの医術があればアルテミスの警護は万全だ」
「ふはは! ボクがいればどんな敵もイチコロさ! ……しかし、会場内での武器の携帯が許されないのは、ちょっとどうなのだろうね」
「仕方ない。主賓である王国側の要請だ。オスカーの銃、そしてガンマの弓はパーティ会場内に入るときに取り上げられる」
「何かあったときはどうするのだね?」
「素手で対処しろ。いいな、オスカー、ガンマ」
俺とオスカーはそろってうなずく。
弓がないと魔法矢の恩恵を100パーセント受けられないが、ないならないで【やり方】もある。
狩人としてのスキルに武器は必要ないし、それに俺には仲間たちがいる。
だから、大丈夫だろう。
「今日は外国からの客が多い。となるとどうしても警備が手薄になる。何か起きるならこういう時だろう。みな十分に気をつけること。以上!」
★
夜も更けて、パーティが開催された。
俺たち胡桃隊は手はず通り分かれて、警護に当たる。
ドレスに身を包んだ貴族、王族の偉い人たちが集まって、そこかしこで談笑している。
俺は軍服を着た状態で、会場内を練り歩いている。
帝国軍の軍服だとすぐにわかるらしいので、別に周りからはなんとも思われてないようだ。
ひょいっ、と俺の肩の上に小さなリスが乗る。
「ガンマ。会場内の様子はどうだ?」
「今のところ異常はないですね」
鷹の目スキルを使って会場内の人たち全員に目を配らせてる。
だが特に怪しい動きをするやつや、武器を隠し持ってそうなやつはいない。
「おまえの目は遙か遠くを見渡す力、動体視力もずば抜けてるが、ものを見分ける力にも長けてるな。細かな異常、たくさんの中から特定の一つを見抜くその視力は評価に値するぜ」
「あ、ありがとうございます……!」
今までその点を評価されたこと、一度もなかった。
この人……本当によく俺のことを見てくれている。
ほんと、いい上司だよなぁ……。
と、そのときだった。
「ガンマ様!? ガンマ様ではありませんか!?」
白いドレスを着た女性が、俺に小走りに近づいてきたのだ。
見覚えのある顔だった。確か……。
「ヘスティア王女殿下」
「へ、ヘスティア!? ゲータ・ニィガの第一王女じゃねえか!」
肩の上でぎょっとしているマリク隊長。
そこへ、ヘスティア様が近づいてくる。
桃色がかった髪の毛に、大きな胸が特徴的な女性だ。
「ヘスティア様、お久しぶりです」
「は、はい、お久しぶりですわ……」
彼女はなぜか、困惑してる様子だった。
なんだろう?
隊長がつんつんと俺のほおをつついてくる。。
「お、おいガンマ。どういう仲なんだよ」
「昔、ちょっと助けたことがあったんです。そのときに知り合って」
「な、なるほど。冒険者時代の知り合いってことか……」
そういえばヘスティア王女を助けてから、ちょいちょい王国から依頼を受けるようになったよな。
ヘスティア王女は俺を、というか、俺の服を見て尋ねてくる。
「ガンマ様は……どうして、帝国軍の制服を着てらっしゃるのですの?」
「あ、俺、黄昏の竜をクビになったんです。で、今は帝国軍で働いています」
「た、黄昏の竜をクビですって!?」
何をそんな驚いてるんだろうか……?
ぶつぶつ、と王女は何事かをつぶやく。
「……そんな。つまり、じゃあ倒したのは……」
「ヘスティア様?」
「すみませんわ。あの……つかぬ事をお伺いしますけど、ガンマ様。もしかして、火山亀を倒したのは……あなた様ですの?」
「あ、はい。あれ? なんでご存じなのですか?」
「いえ……ちょっと耳に挟んだものでして。そう……そうですの……黄昏の竜を、クビに。それは、いつのことです?」
「ほんとつい数日前ですよ」
「……わかりました。【すべて】、わかりましたわ」
ヘスティア王女はすっ、と居住まいを正すと、俺に向かって深々と頭を下げる。
え、な、なんで!?
「ありがとうございますわ、ガンマ様。あなた様のおかげで王都は救われました」
「は、はあ……そんなたいしたことしてないですよ。馬車が王都に近づいたとき、視界に敵がうつったから、倒しただけですし」
「さすがガンマ様の狙撃は素晴らしいですわ。……そして、そんなガンマ様を、あの【下郎】たちは追い出したと……。自分たちが、誰のおかげでSランクになれたのか知らずに……」
「え? な、なんですか……?」
「いえ、なんでもありませんわ♡ あなた様には、もう関係のないことですので♡」
「はあ……」
ヘスティア王女はにこりと笑いかけて言う。
「このお礼は、いずれ正式に、国を通してさせていただきますわ」
「お、お礼!? いや別に俺は何もしてないので……」
「いいえ、きちんとお礼を受け取ってくださいまし。それでは、また」
ヘスティア王女はそう言って、俺の元を離れてく。去り際、王女はお付きの人に「……ギルド長にコンタクトを。黄昏の竜を呼び出すように伝えなさい」と小声で何か言っていた。
いや、別にほんと、いらないんだけどな、お礼とか。
そんな風に考えてると、マリク隊長が感心したように言う。
「おまえ、王女と知りあいだったのな。すげえな」
「いや、まあたまたまですよ」
「しかもあの顔、おまえに気があるんじゃあないか?」
「は? いやいや、ないですって。たかが一般庶民ですよ、俺?」
「でもあれは完全にホの字だったぜ。おっさんにはわかるんだ」
なんだかなぁ……と思っていたそのときだ。
バンッ……! と会場内の照明が消え、周囲が真っ暗になる。
「停電か!?」「早く明かりを!」
と周りが騒いでいる。
だが俺は……気づいた。会場内のかすかな殺気に。
「ガンマ!」
「わかってます!!」
俺は狩人のスキル【暗視】を使用。
暗いなかでも、昼間のように周囲が明るく見える。
暗視、そして鷹の目を併用して使う。
俺は通信用魔道具を使う。
「オスカー、2時の方向から暗殺者が来る! アルテミスを護衛しろ! リフィル先生は9時の方向にアルテミス様を連れて逃げてください!」
『心得た!』『了解よ!』
これで不意打ちは防げただろう。
オスカーにアルテミスを任せ、俺は会場内にほかに異常者がいないか確かめる。
「っ!」
「どうした、ガンマ!?」
「アルテミスは任せます!」
「おい! ガンマ!」
俺は暗闇のなかを走る。
そう、敵は一人だけじゃない。
俺はパーティ会場内にあった、食事のお皿を手に取る。
まるでブーメランのように、皿を投擲。
それは狙い通り……。
「がっ!」
ヘスティア王女を狙っていた暗殺者の顔面に、ぶつかったのだ。
俺はすぐさま彼女に近づく。
「大丈夫ですか、ヘスティア殿下!」
「え、ええ……その声……まさか、ガンマ様? 何があったのですの?」
「暗殺者です。あなたを狙っていました」
「まぁ!」
目が慣れてきたのか、ヘスティア王女が、自分の近くに倒れてる男を見て驚いている。
「ありがとう、ガンマ様。あなたに命を助けていただいたのは、二度目ですね。本当に……感謝しておりますわ」