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8 いつもと違う日

 王太子妃教育のため王城へ呼ばれたあの日。いつものようにフランツはエリザベートに顔を見せることはなかったが、いつもと違うことが2つほどあった。


「聖女様が殿下のところにいらしてるそうよ」

「いつもはエリザベート様がいらっしゃらない時なのに、今日はどうしたのかしらね?」

「まぁ、どちらにしろずっと部屋に篭ってるんだから同じだけどね」

「私、殿下があんなに情熱的な方だとは思わなかったわ。だってほら、エリザベート様には…」

「やっぱり殿下も一人の男性なのね。好きな方には一途というか…」

「本当にね。…あなた入ったばかりで知らないでしょうけど、聖女様がいらしてる時は殿下のお部屋の前を通っちゃダメなのよ」

「え、どうして?」

「だってそれは……ねえ?」

「ええ。聖女様って、結構声が大きいのよね」

「そんなに殿下がスゴイのかしら?」

「やだ、エマってば!」


 キャッキャと(かしま)しく噂話に花を咲かせるメイド達は、まさかこの会話を誰かに聞かれているとは思ってもいないのだろう。


(ふーん……今日はゾフィーが来てるのね)


 メイドの話から察するに、いつもはエリザベートの目を盗んで2人でよろしくやっているらしい。フランツのことはどちらかと言えば嫌いなので今更何とも思わないが、何故ゾフィーが今日に限ってエリザベートが来るタイミングに合わせて来たのかよくわからない。


「行きましょ、ハンス」

「あ、はい」


 居心地が悪そうな顔のハンスを促しつつ、いつもエリザベートのために用意された部屋へ向かう。すると、ドアの前で王太子付きの騎士であるリヒャルトが待っていた。


「リック?どうしてここに…?」

「久しぶりたな、エリザベート」


 兄エルンストの友人であるリヒャルトもまた、エリザベート達と同様に五大魔導爵家の生まれである。魔法、剣技ともに優れた者しかなれない魔導騎士の一人であるリヒャルトは、アカデミアを卒業後フランツの専属騎士として王城に勤めている。


「たまには友人の妹の顔でも見ておこうと思っただけだ」

「ふぅん?珍しいこともあるものね。女性に絶大な人気を誇る魔導騎士様に待ち伏せされるなんて、後ろから刺されても文句は言えないわね」

「王太子の婚約者が何を言ってるんだ」

「婚約者、ね……」


(まぁ、それもいつまで続くかわからないけど…)


 フランツが一方的にエリザベートとの婚約破棄を宣言したものの、国王と王妃はまだそれを認めていない。いくら聖女との呼び声が高いとはいえ、何の後ろ盾もない平民出身の娘を王太子妃にするなど非現実的すぎるからだ。


 エリザベートの微妙な反応に思うところがあるのか、リヒャルトが美しい形の眉を寄せる。母親が王家出身の彼はフランツの従兄弟にあたるため顔立ちもよく似ていて、当然ながら女性に大変もてる。


「エリザベート」

「なにかしら?」

「前に転移陣が組み込まれたネックレスを見せてくれたことがあっただろう?」

「ええ。それがどうしたの?」

「今それを持っているか?」

「持ってるけど……何故そんなことを訊くの?」


 魔法の研究をしている兄エルンストが、どこまで小さいものに魔法陣を組み込めるかという実験をしていた時に、エリザベートにこのネックレスをプレゼントしてくれた。

 中央にあるティアドロップ型にカットされたアメジストは、エリザベートの瞳の色と同じ薄紫色。派手すぎず普段使いに適したものなので、常に身につけている。


 何の脈絡もない質問の意図を図りかねて、エリザベートが眉を顰める。


「済まないが、それをここで答えるわけにはいかない。……ともかく、いつでも使えるようにしておくんだ。いいな?」

「ええ……わかったわ」


 訝しく思いながらも頷いたエリザベートに、それまでずっと硬い表情だったリヒャルトが初めて口元を僅かに緩めた。


「俺はこれで失礼するよ。……元気でな、エリー」

「……?……ええ、リックもね」


(毎週王城には来ているのに、リックったらどうしたのかしら?)


 すれ違いざま小さな声で囁かれた一言に首を傾げる。

 ネックレスのことといい、今日のリヒャルトは何だか変だ。不審に感じたものの、エリザベートはすぐにこれから始まる王太子妃教育に頭を切り替えた。

 それが、エリザベートを糾弾するフランツによってすぐに中断されるとも知らずに。




*****




(リックどうしてるかな……。フランツに酷い目に遭わされてなければいいけど)


 あの時リヒャルトがネックレスについて言及してくれたおかげで、王城騎士に取り囲まれた時すぐに逃げることができた。王太子を裏切ってまで友人の妹を助けてくれたリヒャルトにはいくら感謝してもしきれない。


「何を考えているの?」

「あ……うん、ちょっとね。地下牢に入れられそうになった時のことを思い出してたの」

「ああ、そのこと…」


 ガタンゴトンと揺れる荷馬車の荷台で、シュテファンが苦い顔をした。


「ねえ、知ってる?君が魔女だって言い出したのは、ゾフィー・リンブレッドらしいよ」

「え……」

「ついでに言うと、僕が兄上にとって脅威となるって話もそう。"偉大なる聖女様"が天のお告げを受けたんだってさ」

「聖女が、お告げを受けた……?」


 シュテファンの言葉に強い違和感を感じて、エリザベートは無意識に胸元のネックレスをギュッと握った。


ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。

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