5 追って来る影
(まさか、追手がまだ残っていたの……!?)
「お兄様、早く──」
急いで転移門に入ろうとしたエリザベートだったが、近づいてくる人影に見覚えがあることに気づき動きを止めた。
「エリー!!」
「………ナターシャ?」
豊かな金褐色の髪を波打たせて駆け寄ってきた少女が、勢いよくエリザベートに抱きつく。
「急に、こんな……こんなことになるなんて……」
「ごめんね、ナターシャ。ちゃんとお別れを言いたかったのだけど」
「ううん、いいの。……それよりも、大丈夫なの?追われているんでしょう?加護魔法が無くなってしまったら、もしかしたら……し、死んでしまうかもしれないのよ……」
エメラルドグリーンの大きな瞳を潤ませて心配してくれる親友に、エリザベートはにっこりと笑った。
「ふふ……私を誰だと思っているの?全校魔法対抗試合で三年連続優勝を誇る、天下のエリザベート・シュタインベルクよ?」
「………そうね、そのとおりだわ。聞いた私が馬鹿だった」
「そういうこと!私に勝てるのは、ジュール様だけよ」
「出たわ、ジュール様……」
「だって仕方ないじゃない。好きなんだもの」
「ふふっ……相変わらずね、エリーは」
「あはは…!」
いつも通りのエリザベートを見て安心したのか、思わず笑い出したナターシャにエリザベートも笑顔になる。
同じく五大魔道爵家の一つリーベル家の令嬢であるナターシャは、エリザベートと同い年で幼少からの一番の親友である。彼女を巻き込まないために魔法で手紙を飛ばして此処には来ないようにと書いたのだが、居ても立っても居られなくて来てしまったのだとエリザベートに白状した。
「もう戻った方がいいわ。またいつ追手が来るか分からないし、そろそろ会議で私の追放が承認される頃だろうから」
「……行く先は教えてはくれないのよね?」
「ごめんね。…….ちゃんと手紙は出すから」
「分かった。多分エリーと仲が良い私もしばらく監視されると思うけど、なんとかやり過ごすわ」
「迷惑をかけて本当にごめんね」
「何を言ってるの!エリーはなにも悪いことなんてしてないじゃない!全部あのアホ王太子が──」
「ナターシャ嬢。悪いがそろそろいいか?」
「……っ、エルンスト様!はいっ、失礼いたしました!」
エルンストに声をかけられて急にカチンコチンになるナターシャに、エリザベートはニヤけてしまう。ナターシャは昔からエルンストに片想いしているのだ。重度のシスコンであるエルンストは全く気づいていないのだが。
(私が居なくなって、この2人の仲が進展するといいな)
「別れが惜しいだろうが、行くぞエリー」
「はい、お兄様。ナターシャ、どうか元気で。……お兄様とうまくやるのよ」
「ちょ……っ、エリー!」
兄には聞こえないように小声で付け足したエリザベートに、ナターシャが慌てた顔をする。じゃあね、と手を振り、エリザベートはエルンストに続いて転移門へと足を踏み入れた。
「エリーも元気でねー!」
背中にナターシャの声を聞きながら、空間を移動する。空間を無理やり捻じ曲げる魔法のため、ある程度の魔力がないと耐えきれずに空間の狭間に取り残されてしまう。とはいえ、魔力が多いエリザベートでも体にかなりの負担がかかることには変わりない。
(さすがに、連続転移はキツイわ……)
追跡されにくくするため、3回の転移を繰り返してようやく最後の転移地点までたどり着いた。森の中にあるこの転移地点は、知る人ぞ知る秘密の場所である。
「……エリー、大丈夫か?」
「ええ……なんとか。お兄様は?」
「私は普段から鍛えているからな。……少し休むか?」
「そうね……でも、あまりゆっくりしている時間もないでしょう?」
乗り物酔いのような気分の悪さを覚えながら答えると、エルンストが少し迷うように周りを見回した。
「どうしたの、お兄様?」
「いや……確かに此処だと伝えたはずだが……」
誰かを探しているような素振りを見せる兄を見て、エリザベートは内心で首を捻った。
この転移門に来ることができる人物は限られている。シュタインベルク家一門の者、もしくは一門の者に認められた者。数としては、両手で足りるくらいだ。
「エリー、すまないが少しだけ待ってくれないか?あと5デル待っても来なければ先に行くことにする」
5デルというのは、地球時間でいえば大体5分ぐらい。聖女だった前世では、時間などの単位が似通った世界から召喚された。少しでも馴染みやすくするためだと後から召喚を行った魔導士に告げられたことを思い出した。
(……お兄様は一体誰を待っているの?)
この場に現れる可能性がある人物に、一人だけ思い当たる。しかし、それがもし自分の想像通りの人物だとするならば、エルンストはどうやって連絡をとったのだろうか?
一刻も早く国境を越えたいエリザベートにとってはとてつもなく長く感じた数分が過ぎた頃、エリザベート達が現れた地点と同じ場所に金色に光る魔法陣が現れた。ちなみに魔法陣は使い手の家門によって色が分かれており、シュタインベルク家は紫色である。そして、金色の魔法陣を使う家が何処なのかは、国中の者が知っている。
(金色ってことは………まさか、フランツ殿下……!?)
「金色の魔法陣だと……?」
エルンストの驚愕に満ちた独り言から察するに、彼にとってもこの事態は予想外のものであるようだ。いつでも魔法を放てるよう臨戦態勢に入った2人の前に、3つの人影が現れた。
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