37 聖女の歌
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
はるか古の世
人の業より生まれし禍いあり
幾つもの年月が過ぎ去りし間
禍い増じて世を覆う闇となれり
皆が集いて呼び寄せし
異なる世より聖女来たり
其の瞳と御髪の色
闇の如き漆黒なり
萬災いのあるところ
永久の恵み与え給え
聖女は天に祈りけり
其の祈り百と八日を数えたり
聖女の祈りに応えるが如く
乾いた地には恵みの雨
やがて大地は緑に覆われ
禍い減じて世の闇晴れり
遠い遠い昔に異世界より召喚された聖女が眠る地、ガザリンド。人口数千の小さな街の中心にある広場に、吟遊詩人の歌声が響く。ケラフと呼ばれる三弦の民族楽器を手に聖女にまつわる詩を歌う姿は、秋の収穫祭ではお馴染みの光景だ。
(懐かしいわ、この歌……いくつかある聖女讃歌のうちでも、特に古いものの一つね。メロディーは長い年月を経てだいぶオリジナルとは変わってるみたいだけど……)
元の歌は、前世で自分が好きだった歌謡曲のメロディーをそのまま使わせてもらったのだ。著作権とかその辺は異世界だからオッケーということで、問題はないはずだ。
実際には大昔のこととはいえ、自分にとってはついこの間のことのように感じる。あの頃もこうして、各地を回って旅をしていた。そして、その旅の道中でいつも隣にいたのが──
(──あれ?誰だっけ?)
何故かその人物のことを思い出そうとすると、その部分だけ黒く塗りつぶされたように何も出てこない。この感覚には覚えがある。そう、あれは幼い頃飼っていた犬が死んでしまった時、泣き止まない自分に兄がかけた魔法と同じもの。
「リジー、探したよ」
「………エヴァン」
広場の雑踏に紛れて上手く隠れることができたと思ったのに、1時間も経たないうちに見つかってしまった。リジーと呼ばれた少女ががっくりと肩を落とす。
「完璧に気配を消したと思ったのに……何か変なセンサーでもついてるんじゃないの……」
「せんさぁ?……なにそれ?」
「いいえ、こっちの話よ」
少女が小さく首を振ると、肩までのくすんだ小麦色の髪がサラサラと揺れる。
「……で? 探してたって言ったけど、何かあったの?」
少女の問いに、少年が明るい空色の瞳を細めた。
「2,3日以内にこの街を出よう。おそらく5日ほどで追手が来る」
「え……もう? 前の街を出てからそんなに経ってないわよね? いくらなんでも早すぎない?」
「ああ、僕もそう思う。それについてはこれから皆で話し合うつもりだ。だから、悪いけど──」
「分かったわ。帰ればいいんでしょ」
「──物分かりが良くて助かるよ」
ホッとしたように息を吐いた少年が、少女の手を取って歩き出す。
「ちょ、ちょっと! 一人で歩けるわ」
「僕がこうしたいんだよ。またリジーがどこかへ行ってしまいそうで不安なんだ。……ダメかい?」
「……べっ、別に……」
「うん、じゃあ行こうか」
(ドキドキなんてしてないんだから……!)
赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いた少女には構わず、少年は機嫌良く鼻歌を歌いながら歩いている。
シュテファンは、プラチナブロンドに空色の瞳を持ち、人目を引く整った顔立ちをした少年だ。今は追手の目を誤魔化すため魔法で焦げ茶色の髪と瞳という目立たない色に変えているにもかかわらず、こうして一緒に歩いていても、すれ違う女性たちからの羨望と嫉妬の視線をビシバシ感じる。この半年ですっかり背が伸びて、今ではもうエリザベートよりも頭半分くらい大きくなってしまった。
繋いだ手から伝わる体温と慣れ親しんだ手の感触が、一緒に旅をしてきた半年間の出来事を甦らせる。
しかしそんな日々も、もうすぐ終わりを告げようとしている。
(明日はいよいよ聖女の墓所へ入れる……)
この旅の目的地である聖女教会は、約千年前に魔女を封印したとされる聖女が眠っている場所だ。教会の建物部分と尖塔へは何時でも行くことができるが、教会の裏手にある聖女の墓所へは月に一度の月命日のみ一般に公開される。
ジュール・ポワティエから渡された聖女の日記を手に、エリザベートはガザリンドへ着いてすぐに聖女教会へ向かった。教会へ行くと字が読めるようになると言われていたにもかかわらず相変わらず真っ白なままの日記を見て呆然としたエリザベートだったが、月に一度聖女の墓所が公開されると聞いてその場所ならきっと日記が読めるに違いないと感じた。
*****
「おかえりなさい、リジー」
「ただいま」
シンプルな頭冠服に身を包んだゲオルグに出迎えられて、エリザベートはにっこりと微笑む。ゲオルグの後ろから現れたハンスが、シュテファンとエリザベートを見て驚いたような顔をした。
「すごいですね、殿下。本当にすぐ見つけて来るなんて」
「まぁね。愛のなせる技だよ」
「ちょっとシュテファン、何言って」
「うわ……相変わらずだな。ちっとは恥ずかしくないんです?」
「好きなものを好きだと言うことは別に恥ずかしいことじゃないだろう?」
「へいへい、聞いた俺がバカでしたよ」
呆れ顔で肩を竦めたハンスに、ゲオルグが頷く。
「自分に自信があるからこそ言える言葉ですよね」
「……そうなのかな?」
「シュテファン様には自覚がないのでしょう。エリザベート様はお幸せですね」
にこやかに言い切られて、エリザベートはなんとも恥ずかしい気分になってくる。それと同時に、こんなに一途に想ってもらっているのに、想いを返すことができない自分を後ろめたくも感じる。
そんな自分の罪悪感を感じ取っているのか、シュテファンが繋いだままの手をギュッと握ってきた。
「……大丈夫だよ、エリー。まだ答えは出さなくていい。僕らには果たさなきゃいけないことがある」
「えぇ。確かにそうだけれど──」
「すべてが終わった時に、答えを聞かせて。……もちろん、良い答えを聞くために最大限の努力は惜しまないつもりだけど」
茶目っ気たっぷりにウィンクされて、エリザベートも自然と笑顔になる。
「……ありがとう、シュテファン」
「いいえ、どういたしまして。やっぱりエリーは笑っている顔が一番だね」
柔らかく微笑むシュテファンに、心が温かくなるのを感じたエリザベートだった。
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