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36 エリザベート、再会する

 ドアから入ってきたのは、ジュールの言ったとおりシュテファン、ハンス、そしてゲオルグの3人だった。先頭をきって入ってきたシュテファンが、エリザベートの姿を認めるなり、近づいてきてガバッと勢いよく抱きしめた。


「エリー……! よかった、無事で……」

「……っ……」


 思わず偽名を呼ぶことも忘れてエリザベートを抱きしめるシュテファン。自分の身体に回された手が微かに震えていることに、エリザベートは気づいた。


「エヴァン……ごめんね、心配かけて。私は大丈夫だから」

「うん、うん……よかった。本当によかった……」


(何時もしっかりしているから忘れそうになるけど、シュテファンって私よりも年下なのよね)


 いつも冷静なシュテファンをここまで心配させてしまったことに、とてつもない罪悪感を覚える。安心させるようにポンポンと背中を叩くと、エリザベートを抱きしめていた身体から少し力が抜けるのを感じた。


 そこへ、一瞬にして髪と目の色を茶色へと変えていたジュールが「マスター」として彼らを出迎えた。


「お客様、まだ開店時間には早いですよ」


 エリザベートを抱きしめたまま首を捻ったシュテファンが、ギロリと剣呑な視線を投げた。


「この女性は僕たちの連れだ。数時間前から行方不明になっていて、探していたんだ」

「それはそれは。何らかの手違いでここへ転移してしまったようで、私もどうしたらいいのか困っていたんですよ。お仲間と再会できて何よりだ」

「……手違い? あんたが細工したんだろう?」

「何を根拠にそんな言いがかりをおっしゃるので?」


 シュテファンの剣幕にもどこ吹く風のジュール。彼にしては珍しくイライラした様子で、シュテファンはジュールを問い詰めた。


「彼女の魔術の腕前は一流だ。ちゃんと転移の座標も正しく設定されていた。その証拠に、一緒に転移したガッシュ──こっちの大きい男だが、彼は目標の座標近くに来ている。ガッシュがちゃんと転移しているのに、リジーだけがここへ転移するのはおかしい。そんな芸当をやってのけるのは、あんたくらいしかいないだろう……ジュール・ポワティエ殿?」


(シュテファン……やっぱり気づいてたんだ)


 エリザベートの驚きをよそに、ズバリ正体を言い当てられたにも拘らずジュールは苦笑気味に肩をひょいと竦めてみせた。


「ふふふ、想像力が逞しいんですね。残念ながら私はご指摘の大魔術師などではないですよ。私には一切魔術なんて使えないですし」

「よくも白々しく……前に一度会ったことがあるだろう? 『世紀の大マジック』とやらを拝ませてもらったが?」

「身に覚えのないことを言われても困りますね」


 あくまでしらを切りとおすマスターとの会話に、シュテファンが見切りをつける。


「……もうこれ以上話すことは無さそうだ。彼女が世話になったね」

「いいえ、どういたしまして。良かったですね、お嬢さん」

「あ、はい……どうもお世話になりました」

「もう二度と()()()()()()しないよう気をつけて」

「…………はい」


(自分でここに呼んだくせに、よく言うわ……)


 含みのない顔でにこりと微笑むジュールは、相当の食わせ者だと思う。それでも彼にまた会いたいと思ってしまう自分は、どこかおかしいのだろうか?


「行こう、リジー」

「うん。心配かけてごめんね」

「いや、君が無事ならいいんだ」


 シュテファンに背中を押されて店を出る間際につい気になって振り向くと、穏やかな顔で微笑む口角が僅かに上がった気がした。


 宿についてから、一人の部屋でエリザベートは例の聖女の日記を開いてみた。すると、見覚えのある文字で書かれた一枚のメモが挟まっていた。


『ガザリンドで会おう』


(一体いつの間に……)


 さっき話していた間も、ジュールがこの日記に触れた記憶はない。とはいえ、稀代の大魔術師にかかれば、これくらいは朝飯前なのかもしれない。


 ガザリンドに着いたらまた今日みたいにどこかへ飛ばされるのか、それとも前のように街中に現れるのか。そういえば、ジュールは追跡魔法でエリザベートの居場所が分かると言っていた。追跡魔法を使うには、相手の体液を摂取することが必要で──。


「〜〜〜〜〜っ!」


(私、()()ジュール・ポワティエとキスしちゃったんだ……)


 「続きは、また今度」と耳元で囁かれた言葉を思い出して、エリザベートはベッドの上で一人悶えた。


(続きって……もしかしなくても、そういう意味だよね!?)


 シュテファンは気になるようだが、ジュールがお子様のエリザベートに本気になったりなどしないことは分かっている。ジュール・ポワティエという名前さえ本名なのか怪しい、素性のわからない男。そんな男に憧れ以上の感情を持たない方がいいと、頭では分かっているのに。


(よく物語とかで見る、どことなく危険な香りがする男に惹かれてしまうというやつなのかしら?)


 そんなことを考えていると、ドアのノックとともにこれからの行程の確認をすると言われて、シュテファンの部屋に集まった。


「とりあえず、明日にはここを出てガザリンドへ向かおうと思う」

「ええ、それでいいと思うわ」

「そうですね」

「賛成」


 満場一致でガザリンドへ向かうことが決まり、細かいルートやトラブルがあった場合の対処法などを検討する。今後の予定が決まったところで、宿の一階にある食堂で食事をとることにした。


「エリー。さっきの男、本当はジュール・ポワティエなんだろう?」

「……うん」

「やっぱり……」


 大きな溜息を吐いたシュテファンが、窺うような視線をエリザベートに向けた。


「ジュールは何のためにエリーを呼び寄せたんだろう? あいつに何かされてない?」

「ええ、大丈夫よ。ガザリンドにある聖女教会に行けば、聖女の日記の文字が読めるって教えてくれたただけ」

「……へぇ? でもそんなの前に日記を渡した時に伝えれば済む話だよね? なんでわざわざエリーだけを呼ぶ必要があるんだ?」

「まあ、確かにそうね……」


 ジュールとの間にあったことを、ここで言うわけにもいかない。自分から「弟子にして欲しい」とお願いした挙句にキスされてしまったなんて。とてもじゃないけれど口にできない。

 何となく気まずくて目を逸らしたエリザベートを、シュテファンは注意深く観察していた。


(大丈夫だなんて言ってたけど、やっぱり何かあったんじゃないか……?)


 食事中にもどこか上の空なエリザベートを見て、シュテファンは一抹の不安を覚えたのだった。


ここまでお読みくださいまして、どうもありがとうございました。


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